1日目「自室」

測量、インテリア、物品

 一番なじみのある場所から作業を開始した。すなわち、自分の部屋である。


 世界を理解するうえで最も基本的かつ正確な手段は物理量だと私は考えている。だから、最初に測量を行った。


 部屋の角に設置されたポリプロピレンの収納ケースから最大長3.5メートルのメジャーを取り出し、限界まで引き出した上でロックをかけた。これをモノサシ代わりに使って、部屋の幅・奥行き・高さを計測した。


 なお、長さが足りない場合は2メートルおきにマジックペンで印をつけて、何度かに分けて測ったことを注記しておく。


 測量の結果、この部屋は幅291センチ・奥行き581センチ・高さ231センチの基本構造を有することが判明した。加えて、部屋の東側に幅143センチ・奥行き93センチ・高さ231センチのクローゼットと、同じく東側の天井に四角錐台の形をした吹き抜けスペースがある(この空間の測量については、手の届かない場所にあるため断念せざるをえなかった)。


 吹き抜けの上部には風を入れるための窓が南向きについており、内側に突き出た突起部から数珠つなぎのチェーンが床に向けて垂れていた。このチェーンを引くことで窓が開閉する仕組みなのだが、私はこいつの存在を今の今まで完全に失念していた。というのも、私には窓を開けるという習慣がなかったからである。


 測量を終えた私は、次にインテリアの確認に取りかかった。


 北の壁に焦げ茶色の扉、その隣に木製のデスクと六本足のチェア(一日の大半を私はここで過ごしている)、そのまま東向きの壁と交わる場所に二段のオープンラックがしつらえてあった。東の壁に沿ってもう一つオープンラック(但し三段)が置かれ、その先の壁はクローゼットにつながる観音開きの扉になっている。


 南にはハンガーラック・シングルベッド・窓・カーテン・カーテンレール。


 西にはゴミ箱・本棚・窓・カーテン・カーテンレール。


 こうした家具の一つ一つについて綿密な観察を行い、後で読み返せるように詳細な記録をつけた。例えば、この部屋の唯一の出入り口である焦げ茶色の扉は、左上の頂点から14センチの位置に銀色の蝶番が取りつけられており、その上面には、触ると指の腹が白くなる程度の埃がたまっている…………という風に。


 家具についての理解を深める一連の作業は、明白な一つの収穫を私にもたらしてくれた。あやふやだった自室の全体像に確固たる輪郭が与えられたのである。


 私はこれまで、自分の部屋を着座と就寝以外の観点から捉えたことはなかった。本棚は物理的には存在していたが意識の外に置かれ、視界に映っているはずのカーテンは見えていなかった。


 観察を終えた今では、本棚の隣にティッシュペーパーが溢れかえったゴミ箱があることも、西側のカーテンには二十匹を超える鼠と魚のイラストが描かれていることも承知している。他にも、愛用のチェアが昆虫と同じく六本足であるという興味深い知見も得られた。これは明確な進歩といえるだろう。


 インテリアを調べ終わった以上、観察の対象をより小さな細々とした物品に移行するのは極めて自然な流れだと思われる。つまり、机の上に置かれた24インチの液晶モニターや、壁にかけられたリモコンホルダーなどの類いである。


 私はこれらの品物について目録を作ることにした。ひどく単調で退屈な作業だったと告白しておこう。特に、クローゼットに収納された衣服を一着一着検分するのは最悪の体験だった。風呂掃除でもしている方がよっぽど充実感を味わえただろうに。


 だが、インテリアの観察記録がそうであったように、この徒労にしか思えない機械的な行為にも何かしらの意味があるのだと自分を奮い立たせ、黙々と仕事を続けた。流石に三十分も経つとモチベーションが続かなくなったので、作業の味気なさを少しでも紛らわすため、音楽をかけることに決めた。


 私は部屋の北東角に備えつけられたオープンラックの二段目(一段目はポリプロピレンの収納ケース)にあるコンポの電源をつけた。

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