第41話 焦らなくてもいいんだけど? ―亮太視点―

『出来ないね......』


 奏の気持ちはすごく嬉しかった。俺との間に赤ちゃんが欲しいって思ってくれている事に感謝している。俺には家族が居なかった。だから奏は俺に家族の温かみを与えようとしているんだ。

 奏、俺その気持ちだけですげえ嬉しいんだ。


「今日は鰻の蒲焼かぁ! うまそうだな」

「でしょ。いっぱい食べてね? 御かわりし放題です」


 なんだか景気のいい食卓だな。

 最近、魚系のおかずとニンニクを使った料理が増えた。アラサーだからって気を使ってくれてんだろう。体力勝負の俺の仕事はすごく助かっている。


 最近の奏は冷えは体に良くないからといってスカートや短いズボンを穿かない。

 もともと穿くことは少なかったんだけどさ。 なんだっけ? 女性は首の付くところは温めないといけないらしい。

 首、手首、足首だって。けど今から夏になるのにのぼせたりしないのか?


 ―― ピピッ、ピピッ、ピピッ 


 早朝、決まった時間に隣から弱い電子音が鳴る。こんな小さな音の目覚ましで起きるなんてすごいな。それに朝寝坊をしなくなったのが一番の変化だ。

休みの日は俺が菜園に入っても外からぼーっと見てるだけだったのにさ。


「手伝うよ」

「え? どういう風の吹き回し?」

「休みだからって、ゴロゴロしてたらデブになるから」

「いや、全然太ってねえし。ってかもっと食っていいんじゃねえの?」

「筋力よ、筋力をつけないと」


 よく分からないけど体を動かすことはいいことだ。というか、むしろ最近の奏は体にいい事ばかりやってるよな。風呂上がりのストレッチなんて「まだやってんの!」ってくらい念入りだし。

 あれか! アンチエージングってやつか! これ言ったら怒るよな、言わないでおこう。


 触らぬ神に祟りなしっと。




 * * *




 そんなある日の夜。

 いつも通り風呂から上がり、ベッドに寝そべりながらストレッチをしている奏を見ている時だった。入念にストレッチを終わらせた奏が、ちょっと赤い顔で様子がおかしい。


「亮太、あのね」

「あ? どした」

「えっと、その......あの。イイよ?」

「は?」


 何やら恥ずかしそうにもぞもぞして歯切れが悪い。

 普段の奏なら歯に衣被せぬ勢いで何でも真っ直ぐに言ってくるじゃないか。


「りょうたぁ」


 おい! なんだ、急に甘えモードになったぞ!

 最近こういう奏を見ていなかったせいか、若干焦っている俺がいた。

 だって、さ。すげぇ、色っぽいんだって。


「お、おう」


 俺が返事をするとベッドの淵に腰を下して、寝そべる俺を熱の孕んだ瞳で見下ろしてきた。風呂上りで温まった体からは、ほんのり甘い香りが漂ってくる。

 おかしい! 匂いが違うんだけどっ。俺たちがいつも使ってるヤツじゃないのか?


「りょうた。今夜はね、いつもより..」

「いつもより?」

「優しく、シて、欲しいんだ」

「っ―!」


 これって、それって! 俺、誘惑されている!?


「ね? お願い」


 奏はそう言うと、そろりと俺の隣に入り込んできた。それをじっと目で追う俺。上気した顔がゆっくりと近づいて来て、俺の肩口にその顔が埋められた。

 お、おわっ。な、なんなんだこの甘い匂いはっ! しかも、全然嫌な匂いじゃねえ。肩で「はぁ」と吐息なんか漏らされて、もう俺のコイツはヤバい事になってて頭はプチパニックだった。


「か、奏? お、あ、え? 誘ってる?」

「うん」


 町民を守る、自称若くてイケてる警察官は今、只の暴走青年へと変身した。


「ぁ......りょう、たっ。優しくって言ったのに」

「こんな誘い方されて優しく出来る奴がいるのかよっ」

「ダメだって、そんなに。や、ちょ。ぉ、落ち着いてよっ」

「煩ぇっ」


 もう誰も止めてくれるな。

 誰も止められやしないと思うが、俺の好きなようにヤりたいようにスるんだっ。




     *



 そして隣でふくれっ面のご機嫌斜めな奏が何やら熱弁中だ。


「もう、もう、もうっ。優しくって言ったのにぃ。毎日、基礎体温を測って半年間データをためたの! 食事も気を使って、適度な運動もして、ストレスも出来るだけためないようにしてっ。なのに! なのにぃ!」


 ようは妊娠しやすい体作りというものをしていたらしい。で、今夜から二日間が一番妊娠しやすい時期にさしかかったのだと。

いや、そんなの俺、知らねえし。


「激しい優しい関係ないだろ? 別に避妊してるわけじゃないしさ」

「あるの! あるの! 最初は女の子がいいんだって」

 

 何処で調べて来たかは知らないけど、女性側の感度がいいと男児が生まれやすく、その逆だと女児が産まれ易いらしい。

本当かよ。若干、いや、かなり疑っている。


「ってかさ、どっちにしても奏すげー気持ち良さそうじゃん」

「なっ!」


 あ、絶句した。だってそうなんだって。

 とうとうプィとそっぽを向いて拗ねてしまった。まだブツブツ言ってるし。


「なぁ、奏」

「......」

「焦らなくていいんだけど? そう言うのは自然に任せればいいだろ。今日はいい、今日はダメって言われると俺、辛いってぇ」

「辛い?」

「だって、俺、男盛りの二十八歳だぜ。コントロールされたらキツイんだって」

「キツイ!?」

「それに、さ。そう言う事は奏一人で頑張ることじゃないだろ。俺にも教えてくれよ」

「え?」

「どうやったら妊娠し易いのか。俺にも教えて欲しい」

「りょっ、亮太っ!」


 奏が勢いよく飛びついて来た。二人でベッドにボスッと埋まる。奏は「りょうたぁ」と俺の名前を連呼していたけど、その声は涙声だった。

 二人の事なんだから一人で責任を背負わないで欲しい。

 俺知ってるんだ。毎月決まった日に奏が眉毛を下げて「はぁぁ」って溜息をつくの。それって今月も赤ちゃん来なかったって落ち込んでたんだろ?


「一緒に、ほどほどに頑張ろうぜ」

「うん」


 奏、ふたりっきりでも家族なんだよ。

 俺は奏が元気に傍に居てくれたらそれでいい。赤ちゃんはおまけなんだから。

 でも、奏の気持ちは死ぬほど嬉しいよ。

 ありがとうな。


 俺は力いっぱい奏を抱きしめ返した。

 ああ、これが【愛する】と言う事なのかと、目を閉じて噛みしめた。

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