第38話 二人で新しい家庭を作ろう

 おばあちゃんの四十九日から一ヶ月後。

 私たちは入籍をした。

 私、森川奏は森川奏のままだ。

 伏見亮太が森川亮太になりました!


 亮太は親戚とも絶縁状態だったので、苗字が変わることになんの躊躇いもないそうだ。それよりも本当におばあちゃんの孫になりたくて婿入りをしてくれた。


「おばあちゃんなの? 私じゃないんだぁ。複雑だなぁ」

「悪いね。ってかそんな事でいちいち落ち込むなよ」

「別に落ち込んでなんかないよっ」

「へぇ。奏の事だからてっきり姉さん女房な上に、婿を取ったって思われるのが嫌なのかと思ったんだけど」

「むっ!」


(それ! 言われるまで気付かなかったよ!)


「私はそんな古臭い考え方で落ち込んだりしない」

「ふぅん」




 * * *



 こんな感じで半年が過ぎた。


「辞令っ!? 私に?」

「森川さんっ、ついに異動になっちゃったんですね。寂しいよ」

「結城ちゃん! 寂しがってもらえて嬉しいんだけと、急すぎ! ってか、私っ、新婚なんですけどーー!」


 とうとう私にも異動の辞令が下りてしまった。いつかは来ると思っていたけど、何でこのタイミングなの?

 驚きすぎて異動先を確認していなかった。何処だろう。


「え? え、え、嘘っ!」


(実家の最寄駅だ! 確か無人になるとかならないとか言ってなかった?)


 住むところはある。

 仕事も幸い今までやっていた駅員、しかも夜勤なし。

 でも、亮太がいない。


 出来れば仕事は続けたい。でも、亮太とは離れたくない。


(どうしよう......)


 私はそんな答えの出ない事に堂々巡りをしながら、家路についた。


「どうしよう。うっ、はぁ。決心がつかないよ」


 *


「ただい......おい!」

「わぁっ! おか、おかえり」

「電気ぐらいつけろよ。出たかと思っちゃったし」

「なによ、失礼」

「ん? どうした?」


 私の様子がおかしいのを亮太は察知したらしい。電気をを点けてから私の隣に座って、顔を覗き込んできた。

 相変わらず口は悪いけど、心を察することには長けている。


「亮太と離れたくない」

「は? 一緒に居るだろ。なんだよ、どうした」


 私は勢いに任せて亮太に抱きついた。亮太の胸に顔を押し付けたら、私の大好きな匂いがする。


(いい匂いがするなんて絶対に言わない。変態だなって言われるもん)


「誰が変態だって?」

「ちょ、そこだけ拾わないで! ってか読まないで!」

「で、どうした」


 亮太は真剣な表情で私の頬を撫でながら、その先の話を待っている。


「異動になったの」

「何処に?」

「私の実家の最寄駅で駅員の仕事」

「よかったじゃん」

「よくないよ! 私たち新婚だよ? もう亮太とは離れたくないのに、別居婚だなんて」


 私はすっかり亮太に絆されてしまったのか、感情表現が素直になってしまった。

 亮太と離れることが辛くて、それを思うと泣けてきた。

 亮太はそんな私の背中をポンポンとあやすように叩くと、ぐっと引き寄せた。


「奏はいつから、そんな俺無しじゃダメ人間になったんだ?」

「そんなの分かんないよっ!」

「じゃあさ、仕方がないからついて行ってやるよ」

「え、何言ってんの。亮太、本気で言っているの? ついて行くって、..あんな田舎に仕事なんて」

「ごめん。奏に黙って俺、これっ」


 亮太は一枚の封筒を私の目の前に突き出して来た。

 そこには森川亮太殿と書かれてあって、よく見ると県警から亮太に宛てたものだった。


「え?」

「これ読んでくれ」

「私が読んでいいの?」

「奏は俺の嫁さんだから」


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 森川亮太殿


 ○月1日付にて、現行所属部署から○○県□□郡**警察署へ異動を命ずる。

 この日をもって○○県警の配下とする。

 新任地でも活躍を期待します。

 -----------------------------------------


 亮太の異動辞令書だった。


「えぇっ! 亮太! これっ」

「ずっと黙っててごめん。実は、ばあちゃんが死んでから、異動希望を出してたんだ」

「ここ私の実家の隣町だよ!」

「そう。本当は実家の交番を希望してたんだけどな。でも隣町だったら車で十五分くらいだろ? 今より通勤時間も短くなるし、あの家から通える」

「亮太いいの? 田舎だと大きな事件とか取り扱えないよ?」

「ばーか。事件は小さい方がいいし、無い方がいいだろ」

「でも」

「俺、自分の家庭を築きたいんだ。そしてそれを護りたい。俺の夢、奏が一緒に手伝ってよ」


 止まっていた涙がまた、流れた。亮太は苦笑しながらそんな私を優しく抱き寄せた。




 こうして私たちは住み慣れた街を引き上げ、私の生まれ育った町に二人で帰って来た。

 無人になりかけた駅に新しい駅員さんが来たと喜ばれ、遠のいていたお年寄りや通学の学生さんが戻ってきた。お年寄りはICカードを持つのを嫌がるし、自動券売機が苦手のため窓口で切符を発行している。

 その時に世間話をするのが楽しみのようだ。

 殆どのお年寄りの行先は隣町の病院でお薬や病気のお話。


 亮太は車で十五分、隣町の警察署勤務となった。県も変わった為、今までと同じようにはいかないだろう。それに課は分かれていても、実際はなんでも処理しなければならないらしい。

 だけど亮太は生き生きとしていた。交通違反切符も切るし、強盗事件の犯人だって追いかける。それでも以前のように夜通しで捜査をする機会は無くなった。

 とても健康的な生活をしている。

 後で知ったのだけれど、この異動は偶然ではなかった、

 亮太が手を回して掴んだ計画的辞令。因みに私のも。


(だからあの時、あと半年この生活を続けようって言ったのね!)


 今でも時々、予兆を示す耳鳴りがある。

 でも命を脅かすものは殆どなくなった。駅の階段でつまずくお爺ちゃんを事前に知ったり、霧で列車が遅れる暗示があったたり。その度に、改札で声掛けをするようにしていた。


「新しい駅員さんは気がきくから助かるわ」と言ってもらるのが嬉しい。

 単線になっているこの駅ではホームを駆けまわることは無くなった。


 とても平和だ。


「駅員さんの旦那さんカッコいい!」

「ありがとう。帰ったら言っとくね」


 中高生から亮太は絶大な人気があった。この間は制服のまま一緒に写真を撮ってとせがまれていた。田舎でもイケメンは忙しいみたい。


「奏! トマトが出来てるっ! すげえー」

「本当だ。よかったね」


 縮小したけど簡単な野菜はおばあちゃんの菜園で作っています。


 おばあちゃん。私達は元気でやっています。




 ―本編 完―

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