第25話 帰る場所はいつも君の所

(んっ、暑い。それに体が動かない!もしかして金縛りにあった⁉︎ 起きなくちゃ、起きたい、ううーん。なにこれ動こうとすると、もっと縛られるっ!)


「う、うあっ! はぁ、はぁ」


 なんとか私は目を開けることに成功した。息を整えながら目に入った景色に疑問が浮かぶ。

 ここは私の部屋ではない。ベッドは大きいし、窓のカーテンも違う。起き上がろうとして更に違和感を感じた。だって、まだ体が動かないから。

 慌てて自身を観察すると、お腹の所に誰かの手があり、背中に誰かがぴったりとくっ付いている。


「ひぃっ!」


 私の体の反応にその絡みついた手が緩んだので、その隙に思い切って振り向いてみた。


「……ぇ。りょう、た?」


 もっと叫ぶような大きな声が出ると思ったのに、案外情けない声しか出なかった。亮太は、いつの間にか帰って来ていた。


(いつ、帰ってきたの?)


 なんて無防備なんだろう。疲れているんだとは思うけれど、スースーと穏やかな寝息だ。

 それを見て、なぜか無性に腹が立ってきた。死ぬほど心配したのに、何にも連絡がなかったことだ。


(そりゃ機密事項だらけな仕事だから仕方がないけど。 でも、でも、ものすごく心配したんだからっ!)


「ぶはっ」

 鼻を摘まんでやった。でも起きない。

「んーっ」 

 耳を引っ張ってみた。それでも起きない。

「ん、んぐっ……」

 ほっぺを両手で挟んでむにむにしてやった。イケメンが台無しになる。


「んふっ、ふふふっ」


 笑えて来た。

 亮太は、こんな事を私にされているって知ったら何て言うだろうか。まつげが長いなんて贅沢な男。唇も薄いとかもう反則だと思う。

 亮太のお父さんがイケメンさんだったのだろうか。それとも、お母さんが美人さんだったのかな。


「はぁ。憎めないやつ」


 溜息と諦めと、惚れた弱みというものがどっと押し寄せてきて力が抜けた。生きて帰って来たからよしとするか、みたいな気持ちになっている。


「怒ってねえの?」

「うわぁぁ」


 一息ついた所で、突然亮太が目をパチリと開けてそう言った。当然私は驚いてちょっとベッドの上で跳ねてしまった。


(起きてたの!)


「化けもんが出たみたいな顔しないでくれよ」

「だって、何しても起きなかったから」

「何してもって、何したんだよ」

「いろいろだよ! なんか急に腹が立ってきた。怒ってないのって、どういう事?」


 そう言うと、亮太は起き上がってシュンとした表情で「ごめん」と謝った。


(素直すぎるんですけど? 悪いと思っているらしい)


「仕事、大変なのは分かるけど、生存確認だけは送ってほしい」

「うん」

「ねえ、なんで返信くれなかったの? 犯人追い詰めてたとか?」

「それがさ、スマホの電源が落ちてたんだ。奏から連絡ないから大丈夫だろうって思ってたんだけど、そうじゃないって気付いたのは署を出る直前だった。ホント、ごめん」


(なんだ、スマホの電源か)


 私から何も連絡なくても、合間でチラ見でもしてよと心の中で愚痴った。言葉にしなかったのは、亮太の姿が耳を下げて、尾っぽを丸めて小さくなった子犬と重なったから。


(なんだこの生き物はっ!)


「もういいよ……」

「えっ。怒鳴ったり、殴ったりしないの?」

「あのね、私はそんなに凶暴じゃありません」

「ごめん」

「それにわざとじゃないんだし、警察官は機密事項だらけだし、事件だったら仕方がないし。でも、ほんの少しでも時間があったなら、スマホの確認はしてほしかった。それだけ」

「ごめん」


 これ以上口を開いても、叱りつける言葉ばかりだ。現に目の前のワンちゃんは反省している模様。仕方がない、ワンちゃんをヨシヨシしてあげよう。

 私は正座をしたまま、項垂れる亮太の頭を抱き込んだ。急で驚いたのか「うおっ」と言っているけどそれは無視。

 頭をわしわしと少し乱暴に撫でる。でも、亮太は大人しく撫でられていた。

 これじゃあ恋人同士の甘い空気とはほど遠い。完全に母性が勝ってしまっているみたい。


(もうぅ、バカ)


「奏」

「ん?」

「俺、犬じゃねえし」

「え、バレた? だって尾っぽ丸めてたんだもん。可哀想になっちゃった」

「でもそれ、犬じゃなかったらどうする」

「犬じゃなかったらって、どうゆ……ん、ん――」


 犬ではなく、狼だとでも言いたいのだろうか。

 初めこそは噛みつくような勢いでキスをしてきたけれど、唇と舌で優しく撫でたり、舐めたりしてご機嫌を取ろうとしてくる。


「なあ」

「はい」

「もう焦らさいでほしいんだけど。俺、そうとうヤバいことになってんだぞ」

「え? え、え……なんで、今そういう流れになるの?」

「奏が悪い。めちゃめちゃいい匂いさせて、俺の顔を胸に押し付けてヨシヨシするからだろ!」

「亮太さん、見て。爽やかな朝ですよー」


 私は、ごまかすためにカーテンに手を伸ばした。けれど、亮太に背中から抱き込まれてベッドに沈んだ。

 しっかり、ガッチリ押さえ込まれてて抵抗できない。こんな時に警察官スキルを発揮するなんて、あんまりだ。


「俺、奏のこと絶対に一人にしないから。仕事で何日も家空けて、連絡もよこさない日があるかもしれない。でも、絶対に帰ってくる。奏の所に。それだけは誓う」

「うん」

「だから、言うことを聞いて」


 耳元でとてつもなく、色っぽい声で囁かれたら、撃沈するだけだ。もうジタバタする気力も、反抗する言葉も出てこない。


(だって、好きなんだもん)


「かなで、だめ?」

「……ょ」

「え、聞こえねって」


 私は思い切って振り向いて、恥ずかしいのを我慢して答えた。


「だからっ。いいよって言ったのっ」

「ありがと」


 初めて亮太の満面の笑みを見た。こんな笑顔もできたんだね。その笑顔を見たら、自然に私の頬も緩む。完全に私の負けでだ。


「りょうたぁ」

「なに」

「私の事、好き?」

「っ、な、なんで」

「聞いた事ないから聞いてみたい」

「決まってんだろー」

「んんっ、ちょ、まって。やっ」


 結局最後まで亮太は言わなかった。あんなむず痒いセリフは言うくせに、たった一言の好きが恥ずかしくて言えないようだ、


(言わせてやる! いつか絶対に言わせてやるんだからっ)

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