第24話 相手を想って己を知る

 翌朝、若干寝不足気味で始発を見送りなんとか朝礼までこぎつけた。

 だんだんと体力の衰えを感じるアラサーである。


「お疲れ様でした」


 ロッカーでスマホをチェックしたけれど、昨日の昼から亮太から何も連絡は入っていない。基本的にツンな人だから、恋人っぽい甘いメールはないんだけど。


 ―― おはよう。今から帰宅します、夕飯のリクエストある?


「よし、帰るとするかっ」


 自宅の最寄り駅で降りスーパーに向かった。途中でスマホを確認したけれど、返事も読んだ形跡もない。

 まだ十時過ぎだし、普通はみんな始業したばかりだから忙しいので仕方がない。適当に買い物を済まし帰宅した。


「ただいまぁ」


 一人暮らしが長いと誰もいなくても喋る。要は独り言は増えても減りはしない。何をするにもぶつぶつ言ってしまう。

 テレビにだって突っ込み入れる。


 シャワーを浴び、どっと疲れが出てしまいそのままソファーで寝てしまった。

 目が覚めた時は午後一時を過ぎていた。


「お腹空いたなぁ。何を食べようかな」


 考えながらスマホに手を伸ばす。亮太からの返信はない。

 警察官だから何か事件でも追いかけているのかもしれない。亮太は真面目だから勤務中はスマホ見ないのだろう。


(でも、昨日はくれたよね)


「さて、お昼お昼」


 キッチンに立って気づいたけれど、もしかして亮太は昨夜、帰っていないのかもしれない。

 何かを飲んだり食べたりした気配がなかった。


(大丈夫よね? 亮太……)


 そう言えば、一晩中犯人と追いかけっこをしたと言っていた。事件が解決するまで帰れないようだ。

 それより亮太は何課なのだろう。初めてあった時は警護の仕事していたし、この間は制服着たとも言っていた。交通課ではないと言っていた気がする。


(地方警察官だかこき使われてんのかな)


「ああ! もうっ。心配しすぎ」


(亮太にとっては日常のひとつだよ。急に彼女ヅラするんじゃねえって嫌味言われちゃう)


 じっとしていると亮太の事ばかりになるので、掃除をする事にした。あちこち掃除機をかけて、フローリングを拭いて、キッチンのシンクを汚れてもいないのにゴシゴシと磨いた。


「あー、スッキリした。あっ、もうこんな時間だ。夕飯作ろっと」


 亮太もよく考えたらアラサーだ。それにしても成長期かというくらい食べるので、余裕がある日は品数を多めに作る。


(すっかり亮太好みだよこれ。私って尽くすタイプだったのかな)


 夕飯を作り終えて、スマホを覗いてみたけれど何の通知も来ていない。


「お腹空いたぁ。もう九時回ったよ。何か連絡くれたらいいのに」


 さすがにちょっとイライラして来た。遅くなるとか、帰れないとか一言でもいいから欲しい。


 ―― 遅くなるの? 帰れないのかな。ご飯先に食べるね。


 私は夕飯を済ませて、再びお風呂に入った。今度はお湯をためてじっくりと体を休ませる。寝る準備は万端になった。

 それに、明日は休みだから心理的に余裕はある。


「しかたないな、待っててやるか」



 ◇




 時計はとっくに日付を跨いでしまった。未だに亮太からはなんの音沙汰無し。流石に心配する。


 ―― 生きてますか!


 こんな時に役に立たない私の能力に腹が立った。自分が望んだものの未来が全く見えない。予兆はないから無事だと信じたい。


(いや待って。最近の私、変だったよね。耳鳴りじゃなく頭痛がしたり、映像を先に見て耳鳴りがしたりって……)


 まさか、亮太の事を感じる事ができなくなったのではないかと不安になった。

 考えれば考える程、悪い方向にしかいかない。


「もう! バカッ!」


 一人でイライラして、叫んだけれど何も変わらない。


「りょうたぁ、なんか連絡入れてよ。何でもいいから」


 心配しすぎて眠れないと思っていたのに、前日からの運行停止などの対応も加わり、夜勤明けの脳は疲労困憊になる。


「うぅ、私って薄情。眠くて死にそう」


 私はいつの間にかスマホを握ったまま、ソファーに突っ伏して眠ってしまった。



 ◇◇◇



 奏から、連絡がないから大丈夫だと思っていたのは間違いだった。単に、途中でスマホの電源が落ちていただけだったって事が恐ろしい。

 慌てて電源を入れた俺はフリーズするしかなかった。


「だよな! 普通、そうなるよな!」


 未読30件

 着信あり

 メッセージあり

 スクロールしないと全部見れないなんて、かなりヤバイ。しかも全部同一人物だぜ。

 

(うわぁぁ、俺、殺させるんじゃねえの?)


 静かに玄関のドアを開けたのは午前二時半。さすがに寝ているかと思っていたら、リビングの電気が点いていた。


(起きてるのか⁉︎)


「ただい……ま?」


 なんの音もしないリビングを見渡すと、ソファーに突っ伏して眠っている奏を見つけた。しかもスマートフォン握り締めたままだ。

 そっと手の中からスマートフォン取ると、送信しかけの俺宛のメッセージが見えた。


 ―― 生きてますか? 一人にしないで下さ……


「っー。ごめん奏。俺、生きてるよ」


 夜勤明けで疲れ切っていたんだろう。奏の肩を揺すってみたけど起きる気配はない。ベッドに寝かせようと奏を抱え上げた時、奏の頬には明らかに泣いた後があった。

 心臓をギュッと掴まれたような痛みがはしった。

 何故か俺は奏の部屋じゃなくて、自分の部屋のベットに運んで寝かせた。

 そっと髪を撫でると、奏は身じろいで反対を、向いてしまう。俺が昨日の朝放り投げたパーカーを、奏は抱きこんだ。


「マジか……うわぁ」


 奏のそんな姿を見たら、申し訳なさすぎて一旦部屋を出た。

 シャワーを浴びて頭を冷やすためだ。


「明日何て言うかなぁ。怒るよな、泣くかな……ああくそっ、何やってんだよバーカ!」


 イライラしたって仕方が無い。悪いのは俺だ。

 頭から水を被ってバスルームを出た。水を飲もうと冷蔵庫を開けたら、俺が好きなやつばっかりが。タッパーに入っていた。

 (なんでだ、頬が熱い)

 指で触ったら濡れていた。


「はっ。俺、泣いてんの?」


 誰が家で待ってくれているとか、誰かに心配されるとか、そんな日が来るとは思ってもいなかった。

 俺はキッチンで立ったまま、それを貪る。


「うめぇ」


(俺があいつを、奏を護るって言ったのにな。俺の方が護らてんじゃねえの? 助けられてんじゃねのかな)


「くそっ」


 いつか一人になってしまう奏を俺が護って、俺があいつの家族になってやってって、思っていた。けれどそれは、俺自身が、もう一人になりたくなかったんだ。

 俺は奏が眠る隣に静かに潜り込んで、後ろからそっと抱きしめた。


「あったけえよ、おまえ」

「んーっ……ん」

「ふっ、起きねえのかよ」


 怒られても殴られてもいい。絶対に離さないって、決めた。


(明日は初の土下座をする日になるのか……いや、もう今日か)


 久しぶりに人の温もりを感じた俺は、信じられないほど深い眠りに落ちていった。

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