第22話 亮太の過去
亮太はゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「俺、物心ついた頃には養護施設で暮らしていたんだ。先生も友達もたくさんいたから割と楽しく過ごし。ほら、似たような境遇ってやつでさ仲良くやったよ」
私を気遣ってか、重くならないように話そうとしているのが分かった。
亮太が話しやすいようにしてあげたいけど、いい言葉が見つからずに、ただ黙って聞くしかなかった。
「小学校までは良かったんだけどな、中学に上がると施設外で仲良くしていた学校の友達なんかは俺達から距離を置くようになった。思春期だし、色々と多感な時期に入ったからだろ。親がいない事への同情がこの頃になると、いじめに変わった」
「いじめ?」
「ああ。養護施設って単に親が居ないヤツばかりじゃないんだ。一時的に育てることができないとか、虐待で法的に離されている人もいる。俺はそのどれでもなくて、本当に親が居なかったんだ。俺たちみたいなやつはいじめの標的だよ。ストレスの発散先に持ってこいだったんだろう」
「酷かったの?」
「まあ、女の子には酷だったかもな。最初は陰口だったのが、だんだん表立ってきて、物を隠されたり壊されたり。基本的に先輩のお下がりでやりくりしてたから、馬鹿にされたりさ」
「えぇ……」
「ある日、その的が俺に向いた。何処から仕入れた情報か知らないけど、伏見ん家は一家惨殺されたんだって。一人だけ逃げて生きてるんだぜって。一家惨殺されるには理由があるから、あいつの親はかなりヤベぇことしてたんだ、罰が当たっんだよって」
「そんなっ、酷いっ!」
過去のこととはいえ、つい、感情的に反応してしまった。けれど亮太は冷静で淡々と話す。
「俺、さすがに死んだ家族の事を言われるのは許せなくって、傍にあった掃除用具で殴ったんだよね。その後が大変で、警察は来るは相手の親は怒鳴り込んで来るはでさ。施設長は庇ってくれたけど、世間はそうじゃない。親が居ないからろくな人間には育たない、なんて可哀想な子供だろうって」
亮太はまるで他人事のように話すけれど、話すたびに私を抱きしめる力が強くなっていく。私はその腕に手を重ねて、無言で慰める事しか出来ない。
「俺たちは十八歳を過ぎたら施設を出なければならなかった。進学したいものは奨学制度を利用したり、働きながら通信課程を受けたりと独り立ちをしなければならないんだ。俺は警察学校への進学を決めた。理由はなんだと思う?」
「理由?」
「俺の家族の事件を調べるためだよ」
「っ!」
亮太は中学時代のいじめの後、噂の真実を知りたくて、ある日こっそりと施設長の部屋に忍びこんだという。厳重に管理されてある棚を解錠し、自分の個人観察記録表を取り出した。
施設に来た日付や理由、その時の自分の健康状態が明記されたものだそうだ。
「本当だったんだ。一家惨殺事件は、俺が一歳半の冬に起きていた」
「そんな……」
「その時点でも未解決ってなっててさ、俺が犯人を絶対に見つけてやるって決めたんだ。俺には不思議な力があるだろ? でも、当時の事件だけはどんなに念じても分からないんだ。人の心が読めたり癒やす力はあっても、肝心な自分の過去や未来を探る事が、できない」
「亮太」
亮太は怒りからか微かに体が震えていた。どんなに能力をコントロールできても、能力の種類が違えば役に立たない。
彼の心の嘆きが、痛いほどに伝わってきた。
「ごめん重いけど、もう少しで終わるから」
「ううん! 話して、亮太が話せる事なら全部」
「ありがとう。で、警察官になったんだけど、下っ端な俺は事件らしいものは扱わせてもらえない。やっと任せてもらえるようになった頃には、時効成立でなんの捜査もできなくなってた」
「でも、時効って廃止になったんじゃないの?」
「死刑に値する程の事件に対してはそうだけど、俺の家族の事件は、経緯も犯人像も見えないものだったらしくて、それに値しなかった。ひょっとしたら、親父がトチ狂って殺った事かもしれないしな」
トチ狂って殺った事かもしれない。それを私は否定できなかった。なぜならば私の両親は、そのおかしな人に殺されたからだ。
「家族ってものを俺は知らないだろ。奏の家に行っておばあちゃんに会った時に思ったんだ。離れて暮らしていても、その人の事を想って生きている。たまにしか会わなくても、変わらない笑顔で迎えてくれるのが、家族なんだなって」
「うん。お祖母ちゃんはいつもそう。私に両親がいない分、寂しがらないようにそうしてくれてるの」
「俺にできるか分んねぇけど、こんな俺でも、いいならっ」
亮太が言葉を詰まらせた。その瞬間、私は腕を解き彼の方を振り向いた。
彼は口をへの字に結んで、涙を我慢しているようで心臓が掴まれたように痛んだ。
「亮太っ、あなたじゃないとダメなんだよ。強がりで捻くれてて、頑固で、泣き虫な私には、亮太じゃないとコントロールできないの!」
私は言い終わると、思いっきり亮太に抱きついた。
私にだって彼を慰めたり癒やすことができるはずだよ。一人で暗闇の中に閉じこもったりしないでと、気持ちを込めて飛びついた。
「痛ってぇ」
勢いよく飛びつきすぎて、また頭をぶつけてしまう。
「あ、ごめん。大丈夫? 痛かったよね。本当にごめん」
「っう。それ、本当にごめんの態勢じゃねえぞ」
「えっ? あ!」
なんと私は亮太に馬乗りになって、今から襲うぞの態勢になっている。
(なんて事してるんだろ私!)
慌てて降りようとしたら、亮太に腰を両手で押さえられ「傷害事件で訴えられたくなかったら、責任とって」と言われた。
「責任?」
「そう。頭の痛みがなくなるような事、シて」
最後のしてが、シてに聞こえたんだけど気のせい?
亮太の顔をじっと見てみると、あの悪戯な表情はなかった。
どうしたらいいか悩んでいると、亮太に片方の腕を引かれた。
(それって……こういうこと?)
私は亮太の顔の横に膝を突いて、初めて自分から唇を寄せた。
出来るだけ優しく、私の思いが伝わるようにチュ、チュと軽く上唇と下唇を交互に触れた。
前に亮太がしてくれたように、唇の合わせを舌先で横に撫でてみる。
するとふわっと亮太の唇が開いた。
「んっ」
これまた三十年、生きてきて初めて自分から舌を入れた。
(どうしようっ。この後、どうするんだっけ)
これまでが相手任せで、自分だけが気持よくなっていたのではないかと気づいてしまう。
舌を入れっぱなしで、私は固まってしまったのだ。
「ブッ、ハハハッ。おまっ、もしかして自分からは初めて?」
「だったら何よ!」
「怒んなよ。俺が、教えてやる」
(そんな真剣な顔で言うの、反則)
さっきまで何ともなかった心臓が、ドキドキ、バクバク鳴り始める。
私、多分、顔が真っ赤だ。
「ほら、来いよ」
今度は亮太に引き寄せられて、再び唇が重なった。
亮太は何度かその唇で食んだ後、舌を隙間から入れてきた。私の舌を探るように動いて、見つけると絡みついて来る。付け根から尖端を撫でたり吸ったり、歯列をなぞったり。
「ふっ、ん」
息苦しいけれど、とってもとっても気持ちが良かった。薄っすらと目を開けたら、なぜか亮太の顔が上にあった。
(あれ? 私が下になってる。ちょっと亮太、凄い色っぽい顔してるんですけど! 私、負けてない?)
「バーカっ! 男に色っぽいとか言うな」
「だって、それが素直な感想だもん」
亮太はふわっと笑ってゴロンと私の隣に寝っ転がった。そして、私の手を強く握った。
亮太も辛い思いをして、今、此処に居るんだね。
出会えてよかった。そう思った。
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