第21話 素直になれる、かも

 おばあちゃんの言う勘は勘ではなく霊感だ。

 きっと亮太なら分かったはずだ。私がいない間、二人は何を話していたんだろう……。




 翌朝はよく晴れていた。


「おじゃましました」

「おばあちゃん、またね」

「気おつけてお帰り。ま、亮太さんなら安心だね。警察官だもの。奏の事をよろしくお願いします」

「はい」


 この妙に信頼しあっているやり取りはいったい何んだろう。やっぱり私がいない間に何かあったんだ。


「奏。亮太さんなら分かってくれるよ。あなたも亮太さんの事を理解しようとしなさい」

「え? う、うん」



 おばあちゃんは私に亮太のことを理解しなさいと言った。彼氏だと実家に連れてきたけれど確かに、私は亮太について知らない事だらけかもしれない。


「ねえ、亮太」

「ん?」

「帰ったら、話が聞きたい。亮太の事、いろいろと教えてほしい」


 運転中の亮太は私に目だけ向けて「ああ」と返事をして、またすぐに前を向いた。


 今更だけどドキドキする。私の知らない亮太を知るチャンスがきた。



 ◇



 帰りの高速は順調に車も流れ、市街地に向けて景色はいつものものに移り変わった。自分が毎日走り回っている駅の前を通り過ぎようとした時、日曜日の人が多い中を救急車が間を縫って駅前に入っていった。

 休日はこう言ったことがよくある。あまり気にしないように信号を見ていたら、


「うっ!(頭が、痛い)」

「どうした、顔色が。まさか、予兆か?」

「でもっ、耳鳴りじゃなくて頭痛なのっ。痛ったぁ」


 ズクン、ズクンと血管が波打つように痛みが走る。予兆ならこの後に何か見えるはず。

 ――血!?

 駅の構内の、女子トイレ……霞んで見えない


「奏。車、停めるぞ」


 目の前のコインパーキングに亮太は車を入れた。


「何か見えたのか?」

「っ、肝心の部分が見えないのっ。イッたぁい。なんで、おかしい」

「奏、触るぞ」


 亮太が私の頬を包み込むように両手で支え、額をコツンと付けた。

 すると、霞んでいた景色が急に開けてハッキリしてきた。

 女の人が倒れている。お腹を押さえて、血が脇から流れている。

 その女の人は、この間事務所で休んでもらった人だ。


「亮太っ。あの人、確か妊娠してるのっ。この間、駅で倒れて、私がっフォローして。どうしよう。彼女、どうして血まみれなの⁉︎」

「落ち着け! 今、救急隊が行ったの見えただろ? 大丈夫だって」


 心臓がバクバク音をたて始め、息苦しくなった。こんな事は今までになかったことだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「奏、俺を見ろ。俺の目、見えてるか? ほら、見て」

「りょ、うた。はぁ、はぁ、苦しい。背中、背中を刺されて……あの人を返してって。きゃっ」

「奏!」


 私は亮太の肩に体を預けて呼吸を整えようと試みた。亮太は私の背中をゆっくりとさすってくれる。


「大丈夫だ、俺の心臓の音を聞くんだ。考えるな、息が整うまで目を閉じて」

「亮太」


 トクン、トクン、トクン 亮太の心音が

 トクン、トクン、トクン 私の心音と重なる


 怖くない。大丈夫、落ち着いて。私はひとりじゃない。

 ここには亮太が居る。



 ◇




「大丈夫か?」

「う、ん。ごめん、もう大丈夫」

「強がんなよ」


 口では大丈夫だと言ってはみたものの、まだ指先が震えていた。亮太のシャツを握った指の爪は色をなくしている。亮太は私の指をそっと両手で包み込んだ。すると、冷えた血管に温もりが送り込まれて来て、次第に私の指先は色を取り戻していった。


「亮太、お祖母ちゃんみたいだね。なんでもお見通し」

「なんだよ。ばあちゃんと一緒にすんな。俺、まだすっげー若いんだけど」

「ふふっ。だね」

「どうする。様子見に、行く? それとも帰るか」

「私が行っても何もできないもん。もう起こってしまった後だもん」

「分かった。帰ろう。その人、生きてるから。お腹の赤ちゃんも、生きてる」

「本当?」

「ああ」

「亮太。ありっ、がと」


 亮太が言った言葉は慰めや誤魔化しじゃないことは分かった。彼の能力はお祖母ちゃんなみだと感じたから。それに比べて私は、中途半端で感情に左右されて、全然コントロールできない。


(なんて情けないんだろう)


 ジワジワ込み上げてくる涙を、私はこぼさないように、何度もハンカチで押さえた。

 窓の外の景色はいつもと何も変わらないのに、自分だけが変わっているような気がした。


「おい、着いたぞ」

「あ、うん。運転お疲れ様」


 玄関のドアを開けて部屋に入ると、なんだか安心する。この空間は本当に心地がいい。


(私と亮太の空間だから?)


 ここは、余計な雑音が一切混じり込まない。私にとってのセーフティゾーンのような場所だ。


「私、自分の部屋。解約しようかな」

「えっ」

「なんで驚くのよ。勿体ないじゃない、家賃。あっちの部屋引き上げて、この部屋の家賃半分負担する。そしたらお互いに経済的でしょ?」

「奏がそれでいいなら」

「ここ、居心地がいいんだ。安らぐの。どうしてだと思う?」

「なんだよ急に」

「亮太がいるからだよ」

「……」

「亮太の傍なら私、怯えなくても強がらなくてもいいのかなぁって……うわぁっ」


 急に亮太が、後ろから飛びつくように抱きついてきた。私の右肩の所に亮太の顔がある。彼はかまうことなく、ぎゅうぎゅうと力を込める。


「ちょっと、苦しっ」

「煽ってんじゃねえよ」

「え、煽ってないって。なんで、そうなるのよエッチ」

「煩ぇ、動くな」


 ぎゅうぎゅうし終わったと思ったら、今度は首の所でスリスリと鼻先を押し付けてきた。


「ちょっとぉ、くすぐったい!」


 これ、もしかしてわざとなんじゃ……。


「りょ」

「なあ、俺の子供の時の話、聞いてくれる?」

「え、うん」


 突然、亮太は真面目な声でそう囁いた。

 亮太の過去って、どんな風に育ったんだろう。なぜか心臓が跳ねた。


「俺、家族は居ないんだ。孤児院で育った」

「――ぇ」


 亮太は私を抱きしめたままフローリングに座った。私は亮太の脚の間に収まっている状態だ。多分、このまま顔を見ないで聞いた方がいいのだと思った。


 私は黙って、その先の言葉を待つことにした。

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