第16話 き、危険です
伏見さんに、ヒーリングと読心術があるらしい事は分かった。
そして、なによりも私自身が彼の傍に居ると心地良いと感じてしまうようになった。それだけ彼がもつ能力は長けているのだろう。
今まで付き合った人は片手でも余るくらい少ないけれど、みんな私と相性のいい人だったはず。
でも、伏見さんが放つ周波のようなものは、過去の彼らとは比にならないほど温かかった。
私は伏見亮太という男の事がもっと知りたいと思い始めていた。
「森川さん、交代です。ホーム立てますか?」
「はい。大丈夫です」
ちょっと暇になると、私の頭の中は伏見亮太でいっぱいになってしまう。
(勘弁してぇ。これじゃあ恋する乙女じゃん。やだぁ)
―― 3番線、列車が入ります。黄色の線まで下がってお待ち下さい。
午後四時を過ぎると帰宅する学生が増える。若さは素晴らしいと思う。彼らは階段を二段飛ばしで上がってくるのだ。
(すごいな男子高生の脚力……)
「よっしゃー! 間に合ったぁ。おまえ奢れよ」
「えー、俺、金無えし」
お客様が乗り込んだのを確認し、モニターでホームと階段、エレベーターを確認した。
「階段よしっ、エレベーターよしっ」
必ず指差し確認をする。
―― ドアが閉まります。駆け込み乗車はお止めください。ピピーッ、ピ!
ドアクローズのサインを出すと、車掌も再確認して電車のドアは閉まる。そんな時、耳鳴りがした。
―― キーンッ
(いったぁ……久々に来た!)
目を閉じると、列車が緊急停止する映像が見えた。どこかの遮断機が、下りかけて止まっている。そこには自転車に乗った青年が!
「えっ‼︎」
(どこなの! 踏切の場所が、分からないっ)
「ここから離れてる場所の予兆が、見えるって、どういう事なの」
私は痛むこめかみを押さえながらホームを降りた。
途中、お客様に時間と乗り場を聞かれて案内をした。
今度は六番線に特急列車が入る。在来線からの乗り継ぎは五分だ。私は気持ちを作り直してマイクを握った。
―― 自由席は一号車から五号車まです。六号車からハ号車までは指定席です。
その時、無線で社内連絡が入った。
『東市井駅付近で接触事故発生。上り下り運行見合せ、復旧時間不明』
(もしかして、さっきの映像のやつとか⁉︎)
私は今後の対応の指示を貰うために、事務所に走った。
「先ほど、無線でも言いましたが踏切事故です。詳細は不明、現場検証が終わるまで止まります。まもなく帰宅ラッシュに入りますので、お客様の対応よろしくお願いします!」
「「はい!」」
駅職員は復旧するまで帰れないので、私は一応の同居人にメッセージを送った。
『踏切事故が起きたので、帰れないかもしれません』
(よし、気合い入れなきゃ!)
学生達のラッシュが終わると、会社員が増え始める。疲れたサラーリーマンの、不平不満がここで発散されるかもしれない。
(あー、たちが悪いお客様に当たりませんようにっ)
◇
(お、終ったぁ。久しぶりに気を使ったぁ)
事故の原因は、青年が下りた遮断機を押し上げて無理に渡ろうとした事だった。渡り切った直後に自転車の後輪が電車と接触。
幸いにも死傷者は出なかった。でも、現場検証や安全確認に時間を取られ、数本の運休。終電は一時間遅れで出発した。
その最終に私も乗って帰ったというわけだ。
「疲れた……」
『いつ来るの、なんで特急が先なわけ?』
『申し訳ございません』
『一般客は後回しかよ! ざけんなーっ』
『(そうじゃねーよオヤジっ!)申し訳ございません』
鉄道会社の所為ではないけれど、ひたすら頭を下げた。予想通りの展開ではあったけれど、それもまた私たちの仕事なのだ。
最寄り駅の改札を抜け、やっと長い息を吐いた。
「お疲れ」
「ひっ! 伏見さんっ。びっくりしたぁ」
やっぱり彼は神出鬼没だ!
「体、大丈夫なのかよ。いきなり、残業なんかしちゃって」
「うん、大丈夫。それに、緊急事態だったから帰れなくて」
「そっか。帰るぞ」
「うん。って、もしかして! 迎えに来てくれたの!」
「・・・」
その反応からして、やっぱり迎えに来てくれたんだと思った。何時になるか分からないのに、家で待てばいいのに。返事はそっけないのに、やる事はなんで優しいんだろう。
(うっ……なんか、胸が苦しい)
「あっ!」
「なんだよ」
「やっぱいいや。もう遅いし」
「もしかして、朝言ってた、取り調べか?」
「……うん」
前を行く伏見さんがちょっとだけ速度を落として、私と並んで歩き始めた。
駅前のマンションなので徒歩二、三分の距離だから、ゆっくりでもすぐにつく。
いつも変わりない態度でいるけど、この人の頭の中はどうなっているのだろう。
(私も読めたらいいのにな)
前は私にも聞こえていた。けれど、中学生の時以来聞こえなくなってしまった。
「おい」
「はい?」
「歩くのも遅せぇから、ほらっ」
伏見さんはポケットに突っ込んでいた手を突き出した。私は意味がわからず、その手を見ていた。
(これは? どうゆうこと?)
「ちっ!」
「ひっ」
彼は、大きな舌打ちと同時にその手で私の手を握り、ずんずんと大股で進んで行った。
「わわっ、ちょっと!」
そして、無言でエントランスの鍵を開け、エレベーターに乗り部屋の前まで帰って来た。
そこでようやく手を放してもらえたけど、離れた後の空気の冷たさに私は驚いた。
当たり前だけど、手を繋ぐと体温が直接伝わってくる。伏見さんの手はとても温かい。
「いつまで突っ立ってんだ。早く入れよ」
「ああ、うん」
(どうしよう、私、伏見さんの顔が見れないよ)
私は言われるがまま部屋に上がったけれど、恥ずかしすぎてそのまま自室に飛び込んだ。
(意識しすぎ! だめだ、このままだと本当に手を出してしまうかもしれない。出よう! 早くこの同棲を解消しなければ)
【強姦罪】だけは避けなければならない。女が男を襲っただなんてあってはならないからっ。
「おい! もう寝るのか?」
私は意を決して部屋のドアを開け、勢いのまま彼に伝える事にした。
「私、ここを出ます! じ、自分の家に……帰ります?」
「……」
(こ、怖いって。無表情は止めて! なんか言ってください、お願いします!)
勢いで言ってみたものの、伏見さんの雰囲気に耐えかねて再びドアに手をかけそっと閉めた。閉めっ、閉まらないっ!
見ると、ドアノブの遥か上の方で、伏見さんが手でドアが閉まるのを押さえていました。
「え、ちょ」
「分かんねーのかな」
「何が? どわぁぁーっ」
その押さえていた手がいっきにドアをこじ開けたので、私の体は前のめりになった。そして目の前は真っ暗だ。
トクン、トクン、トクン……と一定のリズムを刻む音がする。背中を押されて、顔は彼の胸に押し付けられ上げることができない。
「伏見、さん?」
「黙れ」
「ひっ」
どすの利いた低い声で「黙れ」と言われた私は、脳が危険信号を出したので大人しく従うことにした。
私は伏見亮太に再び抱きしめられています。
今度は正真正銘の
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