第12話 彼の能力はヒーリング?

 そして、退院の日。


 伏見さんが迎えに来ると言っていたのを思い出して、急に落ち着かなくなってきた。一度、落ち着いて頭の中を整理しなければ。


(どうしよう。なんでこんな事になったんだっけ?)


 考えてみたけれど、やはり受け入れがたい流れであることは間違いない。


「もーうっ!」

「なに頭抱えてんの」

「出た!」


 現れた伏見さんは、私の不用意な一言に機嫌を損ねたのか、私の前に仁王立ちする。そして、腕組みをして私を睨んだ。


「すみません」


 つい反射的に謝ってしまう自分が恨めしい。


(この人、私より年下なのにぃぃー)


「荷物はこれだけ? 精算は終わったの?」

「ハイ、オワリマシタ」


 伏見さんは私の荷物を持つと、空いた手でなんと私の手を握り、病室を出たのだ。

 そしてナースステーションに立ち寄る。


「お世話になりましました」


 あまりにもその動作が自然だったので、私も習うよに頭を下げた。しかも、手を繋いだままで。


「森川さんお大事にね。そして、お幸せに」

「ありがとうございます。……えっ、あっ!」

「落ち着け」


 お幸せにの言葉に動揺した私を伏見さんは、引きずるように病院から連れ去った。

 本当にこれから伏見さんの家に連れて行かれるのだろうか。「嘘に決まってんだろう、バーカ」な展開を切に願い、彼の車に乗りこむ。


「は? 前に乗れって。なにやってんの」


 私が後部座席に乗ろうとしたら、助手席に乗れと指をさす。私は緊張を隠さずに、ぎこちなく隣に乗り込んだ。

 それはそうと、彼の運転はとても丁寧だなと思った。急加速や急な発進はしないし、必ず黄色の信号でゆっくりと減速して停車する。警察官だからよけいにそうなのかもしれない。


(男の人の運転ってイイよねぇ。ハンドル握る手とかシフトに置かれた手とか)


 つい見惚れて、そんなことを思ってしまった自分に身震いした。口が悪いけどカッコいい伏見さんから目を逸らして、自分に呪文をかける。

 だめだ、惚れるな、危険だ……と。


「ちっ!」

「ん?」

「あいつ、信号無視しやがって」

「えっ、さっきの車?」

「こっちが黄色で止まったんだぞ。まだあっちは赤だろ。見越し発車しやがった」

「(え、まさか追いかけたりしないよね)」


 でも、伏見さんの車は青信号を待って、交差点を真っ直ぐ進んだのでホッとした。こんなところでカーチェイスなんてされたら、たまったもんじゃない。


「なにホッとした顔してんだよ」

「えっ、分かりました?」

「あんた分かり易いんだって。それから前も言ったけど、敬語いらないから」

「いやなんか、伏見さんが威圧感たっぷりだからついです、ますになるのよ。仕方ないでしょ」

「俺、交通警備隊じゃないから追っかけないよ」

「なんで分かったの!」

「もうすぐ着く」


(な、流した。私、カーチェイスのこと声に出して言ってないよね?)


 警察官は職務質問をするから、きっと観察スキルがすごいんだろうと思う。こちらが考えていることまで分かるんだから。

 でも、私は分かり易いって言われたから、顔に出てしまっているのかもしれない。


(気をつけよう!)


 こうしてついた場所は、以前私がやらかしたマンション、ではなかった。


「ここっ、どこ!」

「俺ん家」

「前に来た時と違う気がするんだけど。あれっ?」

「引っ越したからな」

「ああ、引っ越したんだ。って、なんで!」


 伏見さんは私の問いには答えることなく、車を地下の駐車場に停めた。そして、無言のまま彼は私の荷物を持ち、ついて来いとでも言うように私の目をみて「ん」と入り口に顔を向けた。


(伏見さんの顔が赤い気がする……なんで!)



 ◇



 伏見さんが越してきたのは、新しくて大きなエントランスのあるマンション。セキュリティも申し分なさそうだ。


「ここだよ。入れよ」

「お邪魔します」


 私が恐る恐る彼の部屋に上がると、伏見さんからいきなり鍵を渡された。


「これ、あんたの」

「合鍵?」

「あんたのこと、監禁するつもりはない。自由に出入りしてくれて構わないから」

「え、だったら自宅に帰ります」

「一部屋、空けてある。いいように使ってくれ」

「ちょっと!」


 部屋は二部屋とリビング、それから対面式キッチン、バスルームは乾燥機能付き、ドラム式洗濯機、広めの洗面台にウォシュレット機能付トイレ。

 全部屋バリアフリーでベランダには手洗い場完備、家具は全て設置済み。


(独身男が選ぶには豪華すぎない?)


 与えられた部屋を覗いてみると、セミダブルのベッドが置いてあった。クローゼットも広い。それに、小さなテーブルとドレッサー、姿見鏡まであった。


「ちょっと何これ!」

「……」

「ってか、なんでさっきから、ちょいちょい私の質問をスルーするのよ」

「俺、不規則だから基本的にはあんまり家に居ないんだ。ここなら目の前が駅だし、雨の日も濡れずに通勤ができる。地下道を通ればスーパーにも直結だから」

「そういう問題じゃなくて。え! 私、ここから出勤するの⁉︎」

「会社には連絡済。でも安静のため、一週間はあんた休みだ」

「ちょっと待って。頭の整理させて」


 一方的に同棲する方向になっていた。しかも会社に連絡済だという。それは、たぶん婚約者のフリが原因だと思うけれど、なぜこうなるのか。

 真面目な話、これは罪にならないのだろうか。


(誰か教えてください! お願いします!)


「おい」

「なにっ!」

「悪かったよ、こういうやり方して」

(なによ、急に)

「俺、知ってるんだ。あんたの不思議な能力の事。だから心配なんだ、あんたの心と身体が」

「言っている事の意味が、分からない」


 私はよけいに混乱してその場に座り込んだ。

 すると伏見さんは座り込んだ私の隣に腰を下すと、私の頭に手を乗せた。そして目を閉じる。


「あんたも目閉じて」


 私に逆らう気持ちは全然湧かず、気づけば言われる通りに目を閉じていた。


(あ……温かい)


 不思議とイライラした気持ちが凪いでいった。じんわり広がるその温もりを感じていると、体がふわんと揺れた。私は倒れないように床に手をついた。


「我慢しなくていい、力抜いて」

「ん」


 その瞬間、完全に身体から力が抜けて伏見さんの腕の中に倒れた。

 抗えなかった。穏やかな空気に包まれて思わずため息が溢れた。


 しばらくして、伏見さんが私の背中を優しく叩くいて合図した。私はゆっくりと瞼を上げて伏見さんの顔を見た。そこには信じられないくらいに、優しい笑みを浮かる彼がいる。


「なあ、ヒーリングって知ってる?」

「何となく」

「俺にはそういう能力があるみたいなんだ」

「へぇ」

「今まではさ、犬猫にしか効かなかったんだけど、あんたには効くんだな」


 聞き捨てならない言葉が聞こえたけれど、残念ながら反論する気力は無かった。完全に私の脳も身体もリラックスしきっていたからだ。


「今から、見せてもらうから。あんたが背負った荷物」


 伏見さんはぐにゃぐにゃの私の身体を横抱きにして、左手を握る。その瞬間、目の前が暗転した。


「いや、ちょっと!」

「大丈夫、実体験じゃない。夢、だから」


 そして、次々と今まで体験した全てが脳裏に蘇る。


(これはいったい、どういうことなの!)

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