第2話 危険人物⁉︎

 あの一件からは平和に業務をこなし、終電を見送って仮眠を取る。

 私は眠ると必ず夢の中で一日の復習をしてしまう。

 構内のざわつき、走る男の子、追いかける母親、救出のために飛び降りる私。


「はぁ」


(これじゃぁ、寝るのが嫌になる。同じこと夢の中でもさせないでよね。疲れる)


 一度、心療内科に通った事があるけれど、睡眠を助ける薬の影響で時間通りに起きられなくなった。仕事に支障をきたすので通院を止めてしまったけど、慣れたら夢なんてなんてことはない。

 ただ、溜息は毎回ついてしまうし、愚痴ってしまう。体調が悪くなるという事もないので、とりあえずは良しとしている。


「始発列車、通常通りです」

「了解しました」


 引き継ぎをして早番の人と交代を済せた。ロッカールームで着替えていると後輩が入ってきた。


「森川さん、今日のVIPの件、聞きました?」

「ん? 詳しくは知らないけどSP付がどうとかって聞いたけど」

「そうなんですよ。どこかの政治家らしいです」

「なーんだ。ハリウッドスターじゃなかったか」

「ねー。残念ですよね。政治家ってことはおじさんだし」


 彼女は私の四年後輩で、田畑結城たばたゆうきさん。明るくて仕事もさばけるいい子だ。毎年、一人ずつ増えてきた女性職員も今では特別視されなくなった。女性の職種を超えた進出で、男性も変わりつつある。もちろん、良い方向にね。


「わぁ……外、ピリピリしてる」

「本当だ。やだなぁ」

「結城ちゃん頑張れ。じゃあね、私は帰りますっ。お疲れー」


 今日は土曜日、通勤客は少ない。私服に着替えた私は帰宅するため再び改札を通った。

 駅職員だから、というわけではないけれど電車通勤をしている。

 リズムよく階段を上がって、七番ホームへ上がる。同僚やクリーンスタッフに挨拶をしながら、ホームの北側で電車が入るのを待った。


 ―― キーーンッ!


(うわっ! なにこの耳鳴りっ。痛っ)


 最近にないほどの異常な耳鳴りに驚いた。こんなに激しくなったことはない。


「やだ、何よ……」


 周りを見ても特に気になる人はいない。けれど、耳鳴りはやまない。

 すると、自動販売機の影から全身真っ黒な男性が現れた。上下黒のスーツに黒の革靴。ネクタイまでも黒だ。

 よく見ると、腰には何やら機具が装着され、耳には後頭部から伸びたイヤホンを挿していた。


「あっ、もしかしてSPの人?」


 僅かに上半身が張って見えるのは、防弾チョッキを着ているのだろうか。

 保護対象者を安全かつ迅速に目的地に送るため、使用するホームの下見でもしているのだろう。ゴミ箱から自販機の裏まで綿密にチェックしている。


(もしかして、あの人に何か起こるとか? それってヤバいんじゃ……!)


 彼に何か起こるとしたら、保護対象者を護るための犠牲が考えられる。という事は、銃弾に倒れるとか刃物で刺されるとか、もしくは爆弾に――!


「でも、どうして? 予兆が聞こえない。なにも、見えない」


 いつもなら少し先の会話が聞こえてきたり、映像が見えたりするのに、今回は激しい耳鳴り以外はなにも起きない。

 私は二年前の事を思い出した。あの日も確か耳鳴りがひどくて対象者を特定できなかった。結果、サラリーマンはホームに転落し、列車にはねられてしまった。


(誰? 何が起こるの⁉︎ 教えて、繰り返したくないの。誰にも死んでほしくないのっ!)


 ―― うっ、痛いっ。頭が揺れる!


「……ぶか?」


 私は立っていられなくなり、ホームに膝をついた。


「おいっ! 聞こえるか!」

「えっ!」


 耳を抑えて座り込んでしまった私は、誰かに声を掛けられていた。声をかけてきたのは、さっき私が見ていたSPだ。

 私を見るSPは、短髪の黒髪を前に垂れないようにカッチリと整髪剤で整えていた。顔立ちはシャープな顎のラインに鋭い眼光を放ち、薄い唇と少し尖った耳、そして凛々しい眉。


(SPさん、若くてイケメンだった!)


「大丈夫ですか」

「あっ、すみません。大丈夫です」


 耳鳴りはいつの間にか治っていた。


「ならいい。早くここ離れた方がいいです。もうすぐここは騒がしくなるので」

「はい」


 彼はすっと立ち上がり、足早に去って行ってしまった。彼のそっけない態度に、なぜか残念に思う私がいた。


(SPって、ラガーマンみたいな体格の人だと思ってたけど。あの人、細身だった)


 そんな彼の背中を見ていたら、例の白黒映像が見え始めた。

 太った男が襲いかかり、素早く対応した彼があっという間に押さえ込むと言う映像だった。


(なんだ、悪い事は起きないじゃん。……ん?)


 しかしその後、左足を庇いながら警護を続ける彼の姿が見えた。私は気付くと勝手に体が動いていて、さっきのSPに声をかけていた。


「あの、左足、気をつけて下さい!」


 化け物でも見たような顔をされたけど気にしない。言うことは言ったので、心残りはない。言わずに帰る方が、気持ち悪いから。

 私はくるりと方向転換し、彼のもとから離れた。


 汽笛が鳴り、電車がホームに滑り込んでくる。私はそれに乗り込んで自宅へ帰るのだ。そうするはずだった。


「は⁉︎」


 なぜか私は、首根っこを掴まれて後退させられる。目の前で閉まるドア、発車してホームを離れる列車の姿……それを見送る私。

 そんな私に向かって手を挙げる、車掌の河上さんは、なぜか笑っていた。


「どういう事?」

「それはこっちのセリフだ」


 振り向くと、何とあのSPがいた。しかも、眉間にシワを寄せて私の顔を覗きこみ、すごんで見せる。


「ひいっ!」

「任務完了まで俺の言う事を聞け」


 耳元で冷たく呟き、そのまま私はSPにロックオンされてしまった。


(え、なに? もしかして私、危険人物扱いされているとか!)


 失礼なやつだと、めいっぱい睨み返すと、口の端を歪めて鼻で笑われた。


(な、な、なぁぁ――! めちゃくちゃ嫌なヤツぅ!)

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