第十五話 召喚

   

 霜の月の第七、水氷の日。

 ファバ・ミナの葬儀に出席した翌朝、自分の長屋で目を覚ましたゲルエイ・ドゥは、

「今日は、仕事を休みにしようかねえ」

 なんとなく、そう考えていた。

 占い師として暮らすゲルエイには、定まった休日はない。いつ休みにするのか、それは彼女の気分次第だった。

 昨日、ファバを埋葬した墓地で、ファバの父レグと別れた際には「明日、呪術を依頼するための前金を渡す」と言われていた。また、教会で別の露天商と別れた際には「また明日、広場で」という挨拶を交わしている。

 後者は単なる挨拶だとしても、レグの方は今日、本当に南中央広場でゲルエイに金を渡すつもりなのだろう。その意味では、今日もゲルエイは、いつものように南中央広場で占い屋を開いておく必要があった。

 しかし、あまり気乗りがしない。そもそも、レグには「呪術者を探す」と言ったものの、本気で探すつもりなど、ゲルエイには全くなかった。

 それよりも。

「呪われた息子のことで、悪ガキ三人組を、呪い殺したいくらいに恨む……。これって、復讐屋の案件になるのかねえ?」

 ゲルエイは、レグの頼みを、自分の裏稼業として引き受けてはどうかと検討し始めたのだった。


 強者に踏みにじられた、弱者の恨みを晴らす。

 それが、ゲルエイの裏の仕事、復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスだ。復讐屋は、悪人を裁く正義の味方ではなく、あくまでも、依頼人の恨みを晴らすという存在。そこに善悪の判断は介入しない。

 今回、レグを依頼人と考えた場合、彼は相手を呪い殺したいと言っているのだから、強い恨みを抱いていることは間違いない。

 また、そもそもの発端となった『魔女の遺跡』における肝試しについて考えると、庶民の息子であるファバは、騎士の息子であるフィリウスたちの誘いを断れなかったのだ。そこには「騎士と庶民」という「強者と弱者」の立場の違いが、いくらか反映されているはずだった。

「しかし、これは、はたして『強者に踏みにじられた』というほどの話なのか?」

 自問自答するゲルエイ。

 実際にファバは死んでいるわけだし、レグのいだいている『恨み』の感情に従うならば、フィリウスたち三人を殺すところまで遂行ことになる。だが「強制的に肝試しへ参加させた」というだけで、殺してしまっていいものかどうか。いくら復讐屋は善悪の判断をくださないとはいえ、相手を抹殺するのであれば、命を奪うに値する件なのかどうか、どうしても考えてしまう。

「やはり、仲間と相談するべき案件だねえ」

 復讐屋は裏稼業であり、その正体は秘密だ。仕事を引き受けるために、依頼人に正体を明かす必要が出てくるのであれば、仲間全員で話し合って決めなければならない。全員の合意があっても、それでも軽々しく正体を明かすべきではないくらいだ。

 今回の場合、レグに対して「呪い殺す」という体裁を保ち続ければ――それが出来る術者を見つけたということにしておけば――、復讐屋という正体を明かす必要もないだろう。

 それでも、依頼内容について考えれば考えるほど、ゲルエイは「これは仲間と相談するべき案件だ」と思ってしまうのだった。


 そして。

 ここで、新たな問題が発生する。

 今は『仲間』と呼ぶべき存在が曖昧なのだ。

 この世界では、昔の勇者伝説にあやかって、チームを作るときは四人一組という原則がある。ゲルエイたちが王都で復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスとして活動していた時も、やはり四人でチームを組んでいた。だが、そのうち一人は、既に亡くなってしまった。

 ここ地方都市サウザで復讐屋を再開した時には、ゲルエイ・ドゥ、ピペタ・ピペト、みやこケンの三人に、殺し屋モノク・ローを加えることで、四人のチームを結成していた。しかし、それは暫定的なチームであり、殺し屋モノクは、正式な復讐屋のメンバーではない。

 実際、前回の仕事において、モノクとゲルエイは「仲間になるつもりはない」「主義の合わないやつと仲間になるのは無理」と言い合っており、どちらも「今回に限り一緒に仕事をする」というスタンスを強調していた。

 モノクは、彼女自身の正義に基づいて暗殺を引き受けるというタイプの殺し屋であり、善悪の判断は介入させないという復讐屋の主義主張とは合致しない。ゲルエイは、その点をいやがっていたのだが、実は、口で言うほどモノクをきらっていたわけでもなかった。内心では「一緒に復讐屋として仕事を続けるうちには、彼女も、こちらの理念を理解するかもしれない」と考えており、再びモノクと組んでも良いと思っていたのだ。


「まあ、殺し屋のことは後で考えるとして……。とりあえず、話をするべき相手は、ピペタとケン坊だねえ」

 考えを整理する意味で、口に出してまとめるゲルエイ。

 今度も『幽霊教会』――人の寄り付かない教会跡地――に集まって相談することになるだろうが、前回そこに殺し屋モノクを連れてきたのは、ピペタだった。集まりにモノクを参加させるかどうか、今回もピペタの判断に任せるとしよう。

 そして、南中央広場で先日ゲルエイがニュース屋ディウルナ・ルモラと揉めて、ピペタが仲裁に来た時の話から考えて……。どうやらピペタは、フィリウス――レグが恨む三人の一人――の父親であるアリカムとは、知り合いらしい。しかも、そのアリカムから息子の問題を少し聞いているようだった。

 さらに、昨日ゲルエイは教会で、ピペタの部下の一人を目撃している。その際に聞いた話では、ファバが亡くなる場面に、ピペタの部下が立ち会ったそうだ。

 つまり『魔女の遺跡』における肝試しから始まる今回の事件について、いちいち説明せずとも、かなりピペタは理解しているはずだった。

 ならば。

「『幽霊教会』で集まって話し合うためにも……。何も知らないケン坊には、前もって、少し事情を説明しておく必要があるねえ」

 そう判断したゲルエイは……。

 占い師としても商売道具にしている水晶玉を用意して、それに手をかざしながら、召喚魔法アドヴォカビトを唱えた。

「ヴォカレ・アリクエム!」


――――――――――――


 十一月の日本。

 都内の私立校に通う高校二年生、みやこケンは、体育の授業を受けていた。

 ケンの高校には、都内にしては広い野外の運動場がある。だが二年の体育の授業では、先月くらいから剣道が行われており、場所も剣道場――二つある室内運動場の一つ――を使っていた。

「次! 加藤と菊地!」

「はい!」

「はい! 行きます!」

 教師に呼ばれて、二人の生徒が、中央へと進む。

 壁際に座ったケンが、その様子を何気なく眺めていると、同じく隣に座った友人が、小声で話しかけてきた。

「なあ、キョウ……」

 教室でも隣の席である関口せきぐちであり、ケンを『キョウ』と呼ぶ人間の一人だ。ケンの名字『京』は『みやこ』と読むのだが、親しい友人は皆、彼を『キョウ』と呼ぶのだった。

「やっぱり対戦形式の方が、いい感じだよな。何だか、ゲームみたいで……。キョウも、そう思わないか?」

 これまで剣道の授業では、適当に二人一組になって、面・胴・小手などの型ばかり練習させられてきた。だが今日は、その集大成ということらしい。教師の前で、一対一で戦ってみせる、という内容になっている。

「ああ、そうだな」

「でも、待ち時間が長いのだけは、退屈でマイナスだよなあ」

 適当に頷くケンに対して、そんな意見を口にする関口。

 それよりケンは「剣道の最大のマイナスポイントは、道具がくさいことだろう」などと思っていた。

 当然のことながら、ケンたち学生は剣道の道具一式を持っておらず、学校の備品を使う形になっている。剣道の時間は、柔道の格好で集合し、自分の柔道着の上から、誰が使ったかもわからぬ防具――お面と胴着と小手――を着用することになっていた。

 一応、授業が終わる度に消臭スプレーで処理することになっているが……。長年色々と染み込んでいるとみえて、特に、頭に被る防具『面』は、たまらなく酷いにおいがするのだ。

「ああ、マイナスもあるな」

 そう口にしながら、ケンは「そもそも、なんで全員が剣道とか柔道とかやらなきゃいけないんだろう?」と、ふと考えていた。


 自問自答する形でケンの頭に浮かんだのは「私立の男子校だから、公立の共学とは授業も内容も違うのだろう」という考えだった。

 ケンが通う高校は、世間一般では進学校として名が通っている。しかし、元々は海軍関係の人間が創立した学校であり、昔々は、海軍兵学校という側面もあったらしい。もちろん今では普通の高校なのだが、時代遅れの荒々しい競技ばかりの運動会とか、全校生徒が十五キロも走らなければならないマラソン大会とか、そのあたりは昔の名残なごりなのかもしれない。

 特に、運動会は五月に行われるため、四月に『有名な進学校』と思って入ってきた生徒――それまで勉強ばかりしてきた生徒――の中には、体がついていかない者も出てきてしまう。そのせいか、毎年そこで必ず二、三人の新入生が、骨にヒビが入る程度の怪我をするという。

 体育の授業内容が選択制ではなく、柔道や剣道といった『武道』を全員が一緒に習わなければならないのも、そんな『荒々しい男子校』の一面なのかもしれない。まあケンとしては、一年の時にやった柔道より、今の剣道の方が――防具がくさいという点を除けば――何となく楽しいとも思えるのだが……。


「次! 前田とみやこ!」

 ケンの順番が来た。

「はい!」

 名前を呼ばれたケンは、元気よく返事をした。それまでの思考を振り払うかのように、軽く頭を振ってから、悪臭のする防具――面――に頭を突っ込む。続いて、竹刀を手にして、立ち上がった。

 しかし、その瞬間。

「うっ!」

 ケンは、小さく呻きながら、体がよろめいてしまう。別に正座していたわけでもないので、足がしびれたという話ではない。彼は、めまいを感じたのだった。

「キョウ、大丈夫か?」

「ああ、たいしたことない。めまいくらい、よくある話さ」

 心配する関口に対して軽く返したケンだったが、

「いや、めまいが頻繁にあるようでは、それこそ精密検査でもしてもらった方がいいのでは……」

 むしろ関口は、ケンの言葉を深刻に受け取ってしまったらしい。

「いやいや、そこまで『頻繁』ってわけじゃない。あまり気にするような話じゃないから……」

「そういえば、この間、一緒にボウリングしてた時も、キョウは『めまいがした』とか言ってたよな?」

 何か思い出している友人をその場に残して、ケンは、剣道場の中央へと進む。

 ケン自身、はっきりと理解していた。

 この『めまい』は体調不良などではなく、異世界に召喚されるきざしであることを。

 ゲルエイの召喚魔法が、召喚を知らせる目的でケンに与えた『めまい』であることを。


 召喚魔法アドヴォカビト。

 空間を越えて、別の世界から人間を一人召喚する魔法だ。

 しかも空間だけではなく時間にも干渉するようで、召喚の瞬間から少し前の時点に遡って、対象者に「もうすぐ召喚される」と告げる仕様になっていた。例えばトイレや風呂の途中で召喚されたら困るからなのだろう。

 また、この魔法の『時間にも干渉』の事例は、もう一つある。それは、異世界から元の世界へ帰還する際、召喚された瞬間に戻れるということだ。召喚先の世界でいくら時間を過ごそうが、元の世界では全く時間は進んでおらず、体も完全に同じ状態で戻ってくるのだ。おそらく、周りの人間に召喚という異常事態を知られないための配慮なのだろう、とケンは勝手に納得していた。

 しかし、だからといって、向こうの世界であまり悠長に時間を過ごすのも問題だ。少なくとも、戻ってくる時には「元の世界では何をしている最中さいちゅうだったのか」をきちんと覚えておかないといけない。

 例えば、今。

「二人とも、準備はいいか?」

 教師がケンともう一人に声をかけたように、ケンは、今から剣道の練習試合をするところだ。竹刀を振るったり受けたりしている瞬間に召喚されたならば、帰還もそのタイミングということになるのだ。ちゃんと続きの動作が出来なければ、それこそ周囲から見て不自然になるだろう。

「では、始め!」

 教師の合図を受けて、一歩前へ、ケンが踏み出した瞬間。

 グイッと引っ張られるような不思議な感覚が、ケンの身に訪れた。

 いつもの『異世界召喚』だ。

 そして彼の肉体は、時間と空間を超越して、異世界へと運ばれる……。


――――――――――――


 召喚魔法アドヴォカビトを唱えたゲルエイの前で、ポンという音と共に、白い煙が立ち込める。

 すぐに煙は薄れて、その中に人の姿が見えてきた。

「やあ、ケン坊。一ヶ月ぶりくらいだったかねえ? また、来てもらったよ。元気だったかい?」

 いつものように呼びかけるゲルエイだったが……。

「こんにちは、ゲルエイさん」

 煙が晴れるにつれて、ケンの姿が鮮明になってくる。彼の格好を見て、ゲルエイは、少し驚いた様子を見せるのだった。

「おやおや、ケン坊。なんだい、その姿は?」

 鎧の一種なのだろうか。上半身の一部――胸から腹にかけて――を、硬そうな素材の防具で覆っている。しかし『上半身の一部』しかカバーしておらず、半身鎧ハーフプレートだとしても、あまりにも防御面積が少なく感じる。

 両手にはめたグローブも、一応は防具なのだろう。布ではなく、革か何かで出来ているようだ。

 また、頭には兜を被っている。ただし、目の部分だけスリットがあるわけではなく、前面部の全てが金属の格子になっていた。しかも『格子』といっても、横棒はいくつもあるが縦棒は真ん中の一本だけなので、かなり隙間が多い。

 日頃ゲルエイが目にする騎士たちは、戦争に行くわけでもないからだと思うが、胴体部は鎧で覆っていても、兜なんて全く被っていない。だから、それと比べれば、こんな隙間の多い兜でも「無いよりマシ」と思えるのだが……。

「まるで騎士の出来損ないのような格好だねえ。そんな鎧で、戦えるのかい?」

 ゲルエイは、頭の中で思った通りに、ケンの姿を『騎士』と比較して言ってみる。

「その剣だって、人なんて斬れそうにないけどねえ」

 防具だけではない。ケンが手にしている武器も、形状から判断すれば剣のはずなのに、一見して、木刀にも攻撃力が劣る貧弱な武器に思えた。

「いやいや、実戦の道具じゃないですから、これ。剣道の防具と竹刀です。武道は命のやり取りじゃなくて……。要するに、模擬戦用の装備だと思ってください」

 ケンの言葉を聞いて、ゲルエイは、ふと、仲間であるピペタの話を思い出す。彼は時々「道場剣術と実戦向けのそれとは、微妙に違う」と言っていた。『模擬戦用の装備』というならば、ケンの世界における道場剣術の専用装備みたいなものなのだろう。

「ゲルエイさん、剣道着に興味あります? ならば、この機会に、こっちの世界に置いていきましょうか? 高校の備品だから、こんな格好で召喚されることなんて、二度とないだろうし……」

 ケンの言う『高校』という施設が、彼の世界にある教育機関であることは、以前にゲルエイも聞いていた。その時も感じたことだが、その『高校』でこんな姿に――騎士の出来損ないのような格好に――なるというならば、やはり『高校』とは、こちらの世界における騎士学院に相当するのだろう。ゲルエイは、あらためてそう思った。

 そして。

 普通、そんな施設の備品であるならば、勝手に異世界に『置いていく』ことなど出来ないはず。しかし、それが問題ないのは、召喚魔法アドヴォカビトのシステムが特殊だからだ。

 これは、実際に召喚魔法アドヴォカビトを使ってみるまでゲルエイも知らなかったことであり、ケンから聞かされたことなのだが……。


 魔法でケンが元の世界へ送り返される時。

 こちらに滞在していた間の時間経過とは無関係に、元の世界では、全く時間が進んでいない。召喚されたのと同じタイミングに、同じ状態で帰還することになる。そして、この『同じ状態で帰還する』という現象には、思わぬ副作用があるのだった。

 まず『同じ状態』ということは、こちらの物品を元の世界へ持ち込むことは出来ない、ということだ。例えば、この世界の金貨を握った状態でケンが帰還した場合でも、戻った時には『召喚された時と同じ状態』になってしまうため、その金貨は、手の中から消えてしまう。

 しかし、逆に。

 元の世界の品々を、こちらに持ち込むのは簡単だ。元の世界へ戻る際に、手放した状態で戻れば良い。しかも、何かをこちらに残して戻ったとしても、向こうでは『召喚された時と同じ状態』になるため、それは帰還の際に向こうでも現出する。その結果、同じ品物が、こちらの世界と元の世界と、二つの世界に同時に存在することになってしまう。

 ケンは、これを『召喚複製現象』と呼んでいた。実際、ケンが裏稼業の仕事において武器として使っているルアー竿ロッドは、ケンが彼の世界から持ち込んだものだ。こちらではゲルエイの家の押入れに保管されているが、全く同じものが、ケンの世界では彼の家に存在しているのだという。

 今回の剣道着も、同じ理屈で『複製』してしまおう、ということなのだろう。

「そうだねえ。異世界の騎士鎧……。ピペタが興味を持つかもしれないから、残しといてもらおうかねえ」

「そういえば……。ピペタおじさんは、今いないのですね」

 ケンは、軽く周りを見回しながら、

「次に召喚される時は『幽霊教会』での集まりかと思いましたが……。ここって、ゲルエイさんの長屋ですね?」

「そうだよ。だからピペタなんて、いるわけない」

 この『だから』というのは、厳密には、理由になっていない。以前、ここにピペタが来ている状態で、ケンを召喚したこともあったのだから。

 ゲルエイだって忘れていなかったが、それについては深く語らず、話を先に進める。

「今回ケン坊を呼んだのは、その『幽霊教会』で集まる前に、少し事情説明をしておこうと思ったからだ。話の発端は、先月……」

「ちょっと待ってください」

 いきなり、ケンが話の腰を折る。

「今って、いつです?」

 召喚魔法アドヴォカビトが空間だけでなく時間も超越してしまうために、ゲルエイたちの世界とケンの世界とでは、時間の流れは一致しない。こちらの世界では一ヶ月ぶりの召喚だとしても、ケンの世界でも同じ『一ヶ月ぶり』とは限らないのだ。

「ああ、悪かったね。確かに、暦の確認が先かもしれない。今日は、霜の月の第七、水氷の日だよ」


 今日の日付けをケンに伝えながら、ゲルエイは、以前に彼から聞いた話を思い出す。

 これも召喚魔法の仕様なのだろうが、召喚の際に脳の言語中枢に変化が生じるようで、この世界の言葉が理解できる状態になるらしい。ただし自動翻訳されているというわけではなく、いくつかの微妙に似ている用語は、ケンが意識して置き換えているそうだ。

 例えば、暦などは、その『微妙に似ている用語』のさいたる例だろう。

 こちらの世界でも、ケンの世界でも、一年は十二ヶ月であり、一週間は七日で構成されている。

 こちらの世界の十二ヶ月は、入り口の月、罪清めの月、いくさ王の月、うるわしの月、豊かさの月、絆の月、しるしの月、葉の月、長き月、宴の月、霜の月、走りの月。それぞれおもむきのある名称がつけられているのだが、一方、ケンの世界では、一月、二月、三月……というように、単純に数字で呼ばれるのだという。

 また、一週間の呼び方も、月陰の日・火炎の日・水氷の日・草木の日・黄金の日・大地の日・太陽の日に対して、月曜日・火曜日・水曜日・木曜日・金曜日・土曜日・日曜日だ。これもケンの世界の方が、簡略化した言い方になっているとゲルエイは感じていた。


「霜の月の第七、水氷の日……。なるほど、十一月七日の水曜日ですね」

 自分の世界の暦で言い直すケン。

 これで、話を始める準備は整っただろう。

 そう考えて、ゲルエイは、再び用件を切り出す。

「話の発端は、宴の月の第二十七、大地の日。『魔女の遺跡』と呼ばれる古い屋敷で、騎士学院の若者たち四人が、肝試しをやらかしたことだ」

「『魔女の遺跡』ですか。なんだか、いかにもこの世界っぽい名前の場所ですね」

「ケンの世界には存在しないような屋敷かねえ? この『魔女の遺跡』というのは……」

 ケンは『魔女』という単語に興味を示したらしい。

 その点を重視して、ゲルエイは、昔の『魔女』の逸話から語り始めるのだった。

   

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