第十四話 埋葬

   

 ファバの葬儀が行われたのは小さな教会だったため、その教会の敷地内に、墓地など用意されていなかった。ファバの亡骸が埋葬されるのは、いくつかの教会が一緒に使っている共同霊園であり、少し離れた場所――ほとんど街外れといっても構わない区域――にあった。

 夕方。

 葬儀に参列した人々は、ファバのひつぎと共に、教会を出て、その共同霊園へと向かう。

 ただし、参列者の全員が埋葬に立ち会うわけではない。「教会での式に参加するだけで十分」と判断した人々は、共同霊園には行かずに、教会で解散だった。

 特に、今回の葬儀に出席した大人たちの多くは、ファバ自身ではなく、ファバの父親であるレグ・ミナの知り合いだ。故人の顔なんて知らないという人々は、わざわざ埋葬にまで行こうとは思わないのが普通だった。

「ゲルエイさん。私は、これで帰るとします」

 ゲルエイ・ドゥの隣に座っていた露天商も、そうした『ファバではなくレグの知り合い』の一人だった。商人は朝が早かったり、あるいは夜のうちから翌日の準備をしたりする場合もあるから、必要以上に遅くまで付き合いたくはないのだろう。

「そうかい。あたしは一応、最後まで見届けるとするよ。占い屋なんて、特に準備することもなく、この身一つで出来る商いだからね」

 ゲルエイだって、レグの露天商仲間に過ぎず、ファバとは一度も会ったことすらない。それでも、息子に先立たれて一人になったレグのことを思うと、誰かしら一人くらいは最後まで残ってやるべきだと思うのだった。

「そうですか。では、ゲルエイさん。レグさんのこと、よろしくお願いします。また明日、広場で会いましょう」

「ああ、また明日」

 その露天商が立ち去るのを見届けてから。

 ゲルエイは、教会から共同霊園へと向かう人々の列に、合流するのだった。


 一面の草原というほどではないが、周囲には木々が生い茂っているし、土の地面のところどころには、自然の草地や、後から植えられた芝生も見られる。そんな緑あふれる場所であったが、誰も、そこを公園か何かだと勘違いする者はいないだろう。

 立ち並ぶ十字架が示すように、そこは、亡くなった人々を埋葬するための墓地だった。

 今、その共同霊園の中に、多くの人々が集まっている一区画があった。彼らのいる辺りだけ、特別な緑の布が敷かれており、取り囲む人々の中央には、深く掘られた穴がある。

 これからファバの棺を埋める、そのための穴だ。

「お集まりのみなさん。故人との最後のお別れです」

 教会から一緒に来ている神父が、その場の人々に告げる。

 すでに棺の蓋は閉じられており、亡骸なきがらの顔を見ることは出来ない状態だ。それなのに『最後のお別れ』というのも、少し変だろう。

 ゲルエイは、そんなことを思いながら、その場の人々を見守る。彼女は、人々の集まりから少しだけ距離を置いて、近くの木陰に半ば身を隠すようにして、一人でポツンと立っていた。

 彼女のすぐ近くには誰もいないが、別の方向には、ゲルエイと同じように『人々の集まりから少し距離を置いている』という者の姿も結構あった。だから、特にゲルエイが奇異に見られる、ということもないだろう。

「故人の魂は天に昇り、いつまでもみなさんを見守ってくれることでしょう。そして故人の肉体は、こうして土に還るのです」

 教会での説教と同じような内容を、あらためて神父が告げた。

 ゲルエイたちが暮らす北の大陸は、かつて火の魔王と火の神が争った大陸という伝説にちなんで『火の大陸』とも呼ばれている。しかし、葬儀におけるキーワードは『火』ではなく『土』だった。

 今回の葬儀は、教会で行われたことからもわかるように、この世界で最も主流な宗教『教会神教』の流儀に則っている。だから埋葬も、昔ながらの『土葬』となっていた。近年勢力を広げつつある『勇者教』では、それぞれの大陸の属性を重視して「『火の大陸』ならば火葬!」という話もあるらしいが……。まだゲルエイは、そうした葬儀には出席したことはなかった。


「さあ! 神から与えられた肉体を返し、大地と一体となる時が来ました……」

 神父のその言葉が合図だったらしく、横に控えていた二人の男――教会の関係者――が動きだす。

 おそらく、教会で雑事をこなす下男げなんなのだろう。彼らは二人がかりで、ファバの棺を、穴の中へと移動させる。ゆっくり、そろりと、丁寧に慎重に……。

 そして穴の奥で棺が着底すると、下男たちは、用意してあったシャベルを参列者に渡す。

「さあ、故人への想いを込めて、土をかけてやってください」

 神父の言葉に促されて、まず最初にシャベルを手にしたのは、穴の一番近くにいたレグだ。彼は亡くなったファバの父親であり、唯一の遺族でもあったため、当然、その役柄を果たすべき人間だった。

「ファバ……」

 故人の名を口にしてから、さらに何か呟きながら、レグは棺の上から土を被せていた。これこそが『最後のお別れ』なのだろうが、その内容は、ゲルエイの場所からでは聞き取れない。「どうせ、たいして意味もない言葉に違いない」ということで、ゲルエイは特に気にしなかった。

 彼女が遠巻きに眺めていると、終わったレグからシャベルを渡されて、他の者が同じように、棺に土をのせていた。それが次々と繰り返されて……。

「みなさん、もうよろしいでしょうか?」

 確認の意味で、問う神父。

 実際には、その場にいた人々の半分もおこなっていないのだが、残りの人々は、最初から「そこまで参加するつもりはない」ということらしい。遠くから見ているだけのゲルエイも、当然、わざわざ近寄ってシャベルを手にすることなど、しない側の人間だった。

「では……」

 神父が目で合図をすると、二人の下男が、棺に土をかけ始めた。これまでの参列者とは違って、埋めるためなので、ザッ、ザッと激しい勢いだ。

「……これにて、終了です。故人の冥福を祈りましょう」

 心から冥福を祈っているとは思えない、形式的な口調で神父が告げる。

 埋葬式の解散宣言だった。

 まだ下男たちはファバの棺を埋めている最中さいちゅうであり、棺は完全に土に覆われたわけではない。だが、神父は既に立ち去ろうとしており、それを見て、参列者の多くも帰り始めた。

 もちろん、作業中の下男たちの他にも、まだ何人か、その場にとどまる者はいる。

 ファバの父親レグも、その一人だ。

 レグは、棺が埋められていく穴のすぐ近くに立っており、そこから一歩も動こうとしなかった。ただ黙って、息子の棺が土で覆われて見えなくなっていくのを、いつまでも見続けている。

 そうした光景をゲルエイは、少し離れた木陰から、じっと見守るのだった。


 やがて。

 空が暗くなってきた。

 まだ夜というほど遅い時間帯ではないが、天候が悪くなってきたらしい。昼間は雲ひとつない青空だったのに、今や空の大部分が黒雲に覆われていた。

「これは、降ってくるかもしれないねえ。いわば涙雨か……」

 空を見上げて、ポツリと呟くゲルエイ。

 特に偉人が亡くなった時には、天がその死を悼んで、雨を降らせるという。もちろんファバという少年は、それほど特別な存在でもなかったはず。しかし場所が場所なだけに、自然とゲルエイの口から『涙雨』なんて言葉が飛び出したのだった。

 埋葬作業を終わらせた下男たちも、すでに霊園から立ち去っている。いまだに残っているのは、じっと立ちつくすレグと、それを見届けるゲルエイだけだった。

 彼女は、木陰から足を踏み出し、そっとレグに歩み寄る。

「なあ、レグ。そろそろ帰らないか? それとも、今晩一晩、ここで夜を明かすつもりかい?」

 突然ゲルエイが現れたのだからレグは驚いたはずだが、そのような心の動きは、彼の態度には現れなかった。すっかり感情をくしてしまった者のように、淡々とした口調で、レグはゲルエイに対応する。

「ああ、ゲルエイさん。あなたも、来てくださったのですね。しかも、こんな遅くまで残っていただけるとは……。ありがとうございます」

 ゲルエイの問いかけには一切返答せず、レグは、それだけ言うと、また口を閉ざしてしまった。

 レグの視線は、出来たばかりのファバの墓に向けられている。棺が埋められた跡には、先ほどの下男たちの手によって、十字架が設置されていた。白っぽい、少し灰色がかった十字架だ。十字架の下部には、台座を兼ねたプレートも用意されており、そこには簡単な一文が刻まれていた。

「『騎士を夢見た少年、ここに眠る』か……」

 あえてゲルエイが口に出して墓銘を読み上げると、彼女の言葉にレグが反応を示す。

「本当は……。ファバ自身は、騎士になりたいという気持ちはなかったんだと思います。むしろ、ファバを騎士にしたいというのは、私のわがままでした」


 レグ自身が小さな頃にいだいた、立派な騎士への憧れ。そんな人物に自分もなりたい、と思いながらも、家業を継いで、野菜売りになるという現実しかなかった。その夢を、レグは息子に託してしまった……。

 そうした事情を、ポツリポツリと、レグは語るのだった。

「あの子は、親思いの優しい子だったので、私の希望に沿って、騎士学院に通ってくれて……。でも、その結果が、この有様です」

 別にファバは、騎士学院に殺されたわけではない。だが、そこで知り合った悪友たちに誘われて『魔女の遺跡』で遊んだ結果、呪い殺された――あるいは「呪われた」という思い込みからノイローゼになって自殺した――のだから、レグが「騎士学院のせいで」と思うのも、仕方がないのかもしれない。

 そんなことをゲルエイが考えていると、レグが突然、大きく腕を動かした。ファバの墓に立つ十字架に、ビシッと指を突きつけたのだ。

「見てください。こんな十字架が一つ、残っただけです。これが、息子の人生の結果です。酷い話じゃないですか。こんな話、親としては、どう受け入れるべきなのか……」

 ファバは、悲しみで声を震わせていた。最初にゲルエイに挨拶を返した時の淡々とした口調とは、すっかり別人だ。

 悲しみはポジティブな感情ではないが、それでも、無気力無感動よりはマシなのではないか。ゲルエイは、そう思ってしまう。

 それまで墓を見ながら話していたレグは、ここで、ゲルエイの方に向き直った。

「ねえ、ゲルエイさん。占い師のゲルエイさんは、魔法って、どれくらい使えます?」


 大きく話題を変えられて、ゲルエイは当惑する。

 実のところ、彼女は様々な魔法を使いこなす優秀な魔法使いであり、市井で占い師なんてやっているような人物ではない。他の魔法使いのように、官吏として召し抱えられて、国や街を動かすような仕事に携わるべき存在だった。

 しかしゲルエイは役人嫌いなために、自分が魔法を使えることは隠して、そうした職種にスカウトされるのを避けてきた。占い師として魔法使いっぽい格好をしているのも、逆に人々に「街の占い師が魔法なんて使えるはずもないが、魔法で的中させる占い師というハッタリで、あんな格好をしているのだろう」と思わせるためだった。

 露天商仲間であるレグも、ゲルエイのことは「本当は魔法使いではない」と思っているはずだ。それなのに、なぜ、ここで、このような質問をぶつけてきたのか……。

 ゲルエイが言葉に詰まっていると、

「そうですよね。魔法使いという体裁で占い屋を営んでいる以上、本当のところは、商売上の秘密ですよね。すいません、少し聞き方を変えます」

 レグは、あらためてゲルエイに尋ね直す。

「ゲルエイさんは、呪術って出来ないでしょうか? あるいは、それが出来る人を、ご存知ありませんか?」

 どうやら、レグが本当に関心あるのは『魔法』ではなく『呪術』の方らしい。ただ、魔法に疎い彼にしてみれば、魔法も呪術も似たようなものであり、それで先ほどのような質問になってしまったようだ。

 だが、昔の『魔女』の逸話に出てくる呪術も、魔術を応用した呪術だったと言われている。「魔法も呪術も似たようなもの」と考えるのも、あながち間違っていないのかもしれない……。

 そんなことを考えてしまい、ゲルエイは、すぐには返答が出来なかった。レグから見ると「またゲルエイは言葉に詰まっている」と思えたようだ。彼は、少し言葉を補足する。

「占いと呪術を一緒くたにするのは、確かに失礼かもしれません。でも、ゲルエイさんは、相談を受けたり占ったりする中で、他人の秘密を知る機会も多いのでしょう?」

 レグの言う通り、占い師という商売には、そうした側面もあるだろう。

 無意識のうちにゲルエイが小さく頷くと、それを確認した上で、レグは話を続ける。

「そんなゲルエイさんなら、呪術者を知っているのではないか。あるいは、探せるのではないか……。そう思った次第です」


 幸か不幸か、ゲルエイの知り合いに、呪術の出来る者などいない。だが、それを告げる前に、ゲルエイは、一つ確認しておきたかった。

「なあ、レグ。あんた、誰かを呪い殺したいのかい? それほど恨んでいるのかい?」

 ゲルエイには、今のレグの姿が、かつて復讐屋として対面した依頼人たちと、少し重なって見えた。今のレグが、強い恨みをいだいているように思えたのだ。

 ゲルエイ自身は、人を呪い殺すことなど出来ない。だが、弱者に代わって恨みを晴らすことならば……。

「『呪い殺す』って、言い方は悪いですが……。まあ、はっきり言ってしまえば、そうですね。ええ、今の私は、あの三人組を、酷く恨んでいます」

「あの三人組……?」

 一瞬ゲルエイには、レグが誰のことを言っているのか、よくわからなかった。しかし、

「だって、そうでしょう? 恨んで当然ですよ! なんで、肝試しを企画した彼らが呪われずに、無理に参加させられた息子が呪われるのか……。理不尽じゃないですか!」

 激昂したようなレグの言葉を聞いて、ゲルエイにも理解できた。

 息子ファバに降りかかった『魔女』の呪いそのものではなく、その原因を作った三人組――フィリウス・ラテスとグラーチ・シーンとブラン・ディーリ――に対して、レグは憤りを感じているのだ。

 一般的に、仲間と一緒に遊んでいたのに一人だけが犠牲になった場合、親としては「うちの子だけが死んで、なぜ、あいつらは無事に生きている!」というように、納得できない部分もあるのかもしれない。

 それだけならば、周りからは「たまたま運が悪かったのだ」と言われてしまうだろうが、今回の場合、少し事情が異なる。レグの言葉にもあるように、ファバは『無理に参加させられた』からだ。

 ファバの自由意志で参加した肝試しならば「仕方ない」と思えるかもしれないが、もともとファバは気が進まないのに、断れなくて『魔女の遺跡』へ赴いたという状態。その結果、行きたくなかったファバだけが死ぬことになり、発起人であった三人は生き残った……。

 これでは「理不尽だ! とばっちりだ!」という思いが生まれても、おかしくはない。そして、恨みの矛先が三人組に向くのも、理解できる。

 だがゲルエイは、ここで素直に「気持ちはわかる」とは言わなかった。代わりに、こう告げる。

「前にも言ったけど……。本当にファバが『魔女』に呪われたのか、定かではないよ。そんなものなかったのに、そう思ってしまっただけかも……」

 しかしレグは、首を横に振って、ゲルエイの言葉を遮った。

「あれが本当は呪いじゃないのだとしたら、余計に酷い話です! 三人の悪戯わるふざけで、息子は『呪われた』と思い込んで……。その結果、自ら命を絶ったことになります!」


 レグの語気の強さを見れば、彼の気持ちは、ゲルエイにも明白だった。

 ファバが『魔女』に呪われたにせよ、あるいは、呪いなんてなかったにせよ。どちらにしても、レグはフィリウスたち三人を恨む、ということらしい。

「もうはらわたが煮え繰り返る思いですから……。あの三人も教会に来ていましたが、彼らの顔なんて、まともに見ることも出来ませんでしたよ。怒り狂って、自分が何をしでかすか、わかったもんじゃないですからね」

 口調こそ落ち着いた雰囲気に戻っていたが、レグの口から出る言葉を聞けば、まだ彼が心穏やかでないのは明らかだ。むしろ、静かな怒りを胸に秘めている、という感じに思えた。

 ここで、ゲルエイは、ふと考える。教会からこの共同霊園まで来た人々の中には、騎士学院の学生たちの姿もあったが、その中に、今話題にしている三人は――ファバと仲が良かったと思われている三人は――含まれていたのだろうか。

 レグの「あの三人も教会に来ていました」という発言には「教会には来たが、この墓地までは来ていない」というニュアンスも感じられる。だとしたら、なんとも薄情な話だが、むしろ今のレグには――まともに顔も見られないというレグには――、むしろ良かったのかもしれない。

 色々と考えた結果、

「なあ、レグ。あたしは呪術なんて出来ないし、それが出来るという知り合いもいない。しかし……」

 ようやくゲルエイは、レグの質問に対する答えを返す。

「……占い師として知り合った人々を通じて、呪術者を探すことくらいは、出来るかもしれない。アテはないけれど、少なくとも、努力はしてみるよ」

「おお! それは朗報です!」

 レグの表情が、少し明るくなった。


 こんなレグの姿は、今日、初めて見る。気休め程度の言葉であっても、自分の発言がレグの心にプラスになるのであれば、ゲルエイとしても嬉しくなる。

 しかしレグは、ゲルエイの言葉を『気休め』ではなく、真剣に受け取っており、実務的な話にまで踏み込むのだった。

「これまで私は、ファバを騎士学院に通わせるために、かなりの大金を費やしてきました。騎士となるまでには、今後も結構かかるでしょうから、頑張って稼いで貯めてきました。でも、そんな教育費も、もう無駄なものとなりました……」

「いや、レグ。お金はいくらあっても『無駄』ではないよ」

 ゲルエイが挟んだ言葉など聞こえないかのように、レグは話を続ける。

「……ですから、そのお金を、呪術者への依頼金にしたいと思います。ただ、ここには持ってきていないので、明日、広場でゲルエイさんにお渡ししましょう」

「ちょっと待っておくれ。まだ、あたしは呪術者を見つけてはいないんだよ? 頑張って探してみるが、確実に見つかるという保証もないし……」

 話が性急に過ぎると感じて、ゲルエイはレグを止めようとするが、

「ええ、構いません。あくまでも、見つかった時のため、ということで……。とりあえず、見つけ次第すぐに依頼できるように、早いうちに一部だけでも渡しておきたいのです。手付け金として、必要になるでしょうからね」

 レグは、朗らかな顔で、そう言い切った。

「まあ、あんたが、そこまで言うなら……」

 レグがゲルエイに『手付け金』を預けることで精神的にラクになるのであれば、それくらいは構わない。一時的に預かっておくだけの前金ならば、いつでも返却できるのだから。

 そう判断して、ゲルエイは頷く。そして、最初に声をかけた用件に、話を戻した。

「じゃあ、レグ。そういうことで……。今日は、そろそろ帰らないか? ほら、雨も降ってきそうだよ」

 ゲルエイは、軽く空を見上げることで、レグの注意をそちらに向けさせる。

「あんたも適当なところで、踏ん切りをつけないと……」

「そうですね」

 レグは、ゲルエイの言葉を肯定したものの、

「でも、天気が悪くなら、なおさらです。ファバを一人には、しておけません」

 そう言って、一緒に帰ろうという誘いは固辞するのだった。

「しかし……」

「大丈夫ですよ、ゲルエイさん。さすがに、一晩中ここに留まるつもりはありません。夜遅くなるまでには、帰りますから。ゲルエイさんこそ、遅くまでありがとうございました。どうぞ、もうお帰りください」

 そこまで言われては、ゲルエイとしても、もう、かける言葉はない。

「そうかい。じゃあ、お言葉に甘えて、あたしゃ帰るとするよ」

 最後にそう言って、ゲルエイは、帰路につくのだった。


 ゲルエイは、結局、レグを墓地に一人で残す形になってしまったので……。

 彼女は、知らなかった。

 ゲルエイが立ち去った少し後、まるで彼女と入れ替わるようにして、ニュース屋の女――ディウルナ・ルモラ――がレグのところへやって来た、ということを。

   

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