4. ともだち《十六歳のサキュと姪》

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポ、ピンポーン、夕方というにはまだ早い平日の昼過ぎ、慌ただしくインターホンが鳴る。居間リビングにいた俺は、またかと思いながらも解錠してやった。何度言ってもこいつは止めやしない。ディスプレイを見る前から予想がついていた。解錠するドアの鍵を外すと扉が外れるんじゃないかという勢いで開く。ノブを握っていたら一緒に外に飛び出していたろだう。


 その扉が開き切る前に黒い塊が飛び込んでくる。

「ねえねえ、サキュいるよね!」

 その正体は、俺の姪の肇子けいこ十六歳、年の離れた兄の娘だ。走ってきたのか息が荒い。

 俺と兄とは仲がいいとは云えないなか、なぜか俺に懐いている。小さい頃から、会うといつも俺の後ろをついてきていた。年頃になったのか最近は避けられてしまう。なのになぜか、少し離れた街に住んでいるのに時々遊びに来る。

 濃い紺色のセーラー服のスカートをひるがえし、振り返りざまに歓声をあげる。

「あー、サキュだぁ。来たよー」

「いらっしゃい。来たねー」

 リビングの手前、寝室のドアから十歳くらいのサキュが顔を見せる。

「おい、家主には挨拶なしか?」

「あはは、叔父さんに会いに来たわけじゃ無いからね。あ、でも家主には挨拶しないと失礼か。

 お邪魔しまーす」

 こいつと来たら悪びれずもせず、ペロッと舌を出してそのまま寝室に逃げ込む。十六歳の女の子が夢魔と遊ぶって大丈夫なのか? 仲が良さそうなことに俺が心配してもしょうがないのか? 

 サキュの事を知っていると聞いて心配もしたが、平気だと言う。俺としては、サキュが夢魔と知っても黙っていてくれているので助かるが、やけに親しそうなのが気になる。


 そもそも、サキュと知り合い、その特性のおかげで小説家として成功した俺が、この部屋に移り住んだ時にお祝いと称して押しかけてきた。その時は、サキュのことを編集のお手伝いとか適当にごましていた。疑いを持った肇子がサッキュに突撃して聞き出したのだ。油断して口止めをしていなかった。サキュは自分は夢魔で俺にとりついていて、それで才能が開花したことを簡単に教えてしまった。それ以来、何を考えたのか来る頻度が増えた気がする。

 いまは、それが頭痛の原因でもある。いつの間に仲良くなったのか、いくら聞いても二人とも顔を見合わせて笑うだけで教えてくれない。


 何気に三和土たたきに目を遣ると靴がきれいに揃っている。俺の脱ぎっぱなしの靴まで揃えてある。サキュがこんなことするわけないので、あいつか。いつの間に。なんだちゃんとしてるじゃないか。なんで俺と話すときは愛想なく落ち着かなさげなんだか。中・高と女子と付き合ったこともないから、年頃の女の子のことはわからん。

 しかし、考えてみれば、サキュ以外とも付き合ったことがない。サキュは人間じゃないから、そうか、俺は女性と付き合ったことがないのか。その俺が恋愛モノも書く売れっ子小説家なんだから世の中は分からんものだ。


 さらに彼方へ彷徨いかける思考を押し留めて我に帰る。あいつら俺の寝室で何をやっているんだ。自分の寝室なんだからと声もかけずに、いや、開けた後に声をかける。

「おい、俺の寝室で何やってんだ…… 」

 俺がドアを開けきる前に二人の姿が視界に入る。

 肇子はベッドに腰掛けてスカートの裾をもってパタパタと仰いでいる。合間に水色の縞々パンティが丸見えになる。サキュは肇子と同じくらいの年齢、十六歳くらいの格好でベッドにうつ伏せで肇子に注いでいた視線をこちらに向けた。こちらも丈が伸びた分黒いパンティのお尻が見えている。

「きゃー、叔父さん。サイテー。えっち。ちかん。

 やめてー。私を犯さないで」

 散々俺を罵倒する。て、十六歳の女の子が「犯す」なんて口にしたらダメでしょ。

「何言ってる。それより、肇子、女の子が『犯される』って口に…… 」

「サキュ助けて! やっぱり、このオヤジは私を犯すつもりだわ!」

 サキュはニヤニヤしてこっちを見ている。

「修治、そんなに溜まってるなら混じる?」

 それで、気がついた。こいつら俺をからかってる。

「勝手に言ってろ」

 ドアを閉めて、リビングに退避逃げ出した。


 読んでいた本の続きを読むことにした。断りきれなかった書評の依頼が溜まっていた。ソファに浅く腰掛け、オットマンに足を投げ出して、ほとんど仰向けに近い姿勢で続きを読み始める。しばらく読んでいたがどうも集中できない。オレンジ色を帯びた光が足元に伸びてくる。もう秋も近い、まだ昼だと思っているうちに世界はたそがれていく。手元のリモコンでブラインドカーテンを閉じた。

 部屋に光が溢れる。俺の好みの暖色系の灯りが自動的に部屋を照らした。


 二人のことが頭の端から離れない。どうも気になる。こういう時には考えが口に出てしまう。

「あいつら、本当に何しているんだ」

 サキュと肇子の話が合うとも思えないんだが。共通の話題なんかあるんだろうか。女子高生と夢魔の取り合わせ。これが身内の話じゃなければ、妄想が膨らんで、膨らんで、悶えるような話が一本書けるんだが。

 サキュが肇子となんかするとは思えない。でも、あいつは相手の望みで体を自由に変えられる。悪魔だし。まさか、肇子の初体験の相手。いやいや、それは妄想が過ぎるだろ。と、自分にツッコミを入れつつ呆れている。しかし、走り始めた妄想は、簡単には収まらない。作家の性か、次々と色んなシチュエーションが浮かんではウズウズしてしまう。とりあえずメモを取っておく。


「だめだ。気になる」

 そうっと廊下を歩き寝室の前に移動する。ドアに耳を付けて様子を伺うが、防音がしっかりしてるのが仇になる。ちっとも中の様子が分からない。微かに喘ぐような声が聞こえた気がした。一所懸命耳を当てていると話し声がボソボソと聞こえた。そのあと、物音がしたので慌ててドアから離れる。

 途端にドアが開き額をしたたかに打ち付けた。

「あ痛! 」

「あっ、ごめん。痛かった? それで、修治なにしてるの」

 サキュがおれの額に触れて、様子を見ようとする。やばい。その手を押しやり弁解した。

「いや、トイレに行くところ」


 サキュはニヤニヤしている。これはばれている。視線を逸らそうとして、彼女の向こうにいる肇子が目に入った。薄暗くした寝室のベットの上、上半身を起こしてタオルケットにくるまっている。床に制服セーラー服が落ちていた。どことなく顔が赤い。俺と目が合うとプイと横を向いてしまった。

「遅くなってごめんね。これから夕食用意するね。

 ケイちゃんも食べていくよね? 」

 サキュがドアを閉めならがら問いかけると、中から返事があった。

「うん、いただく…… 」


 三人で摂る夕食は微妙だった。肇子は、ずっと黙々と食べている。質問すると返事するが、自分からは話題を出すことはなかった。俺も、さっきの寝室でのことには触れないようにしていたため、どこかぎこちない。いつになく楽しそうに話しかけてくるサキュとは対照的だった。


 居心地の良くない夕食の後、肇子は帰って行った。サキュには笑顔で夕食の礼と別れの挨拶をかわすが、俺の方は見ようとしない。そんなに見られたのが嫌だったのか?

「ねぇ、修治。気になるでしょう。

 後であたしとするなら、教えてあげる、ケイちゃんのヒ・ミ・ツ」

 最近余裕がなくて溜まってたのと、この一言に観念する。それに、サキュとの行為はとても気持ちがいいのだ。それはもう命の危機を感じるくらいに。


 息も絶え絶えになりながら聞き出せたのは、肇子には好きな人がいて、その人の気をひく方法を知りたかったという事らしい。あの子は可愛い方なのだから直接アプローチすればいいのに『なんで夢魔に聞く? 』と疑問を口にすると、サキュは笑っている。それ以上は約束したと言って教えてもらえなかった。


 何げに律儀な悪魔だ。

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