大事な私の親友は。

ハル

大事な私の親友は。

目の前でお皿が音を立てて割れる。強い衝撃で頭がクラクラする。当たりに血が飛び散る。絶え間のない怒鳴り声で耳がおかしくなる。

「お前はなんでこんな簡単なこともできないんだ!こんなこともできないお前に生きてる価値なんかあるわけねぇーだろ!」

暴言を吐かれては、血が出るまで殴られ続け、力が入らなくなるまで蹴られ続ける。こんな生活をいつまで続ければいいのか。


「すごいよねー、美里は。あの清水 雅樹の彼女なんだから。あんな人、一生に一度会えるかどうか」

友達はみんなこう言う。雅樹は確かにかっこいいし、私も雅樹のことが嫌いになった訳じゃない。今だってこんなんでも雅樹が直してくれるなら私は構わない。あざだって傷だって思い出にできる、わたしなら。


 土曜日の夜、私は雅樹から早めに家に帰ってくるよう言われていた。

「ってか、俺、もう飽きたわ、お前。お前もう必要ねぇーよ。消えていいよ?」

別れ話のためだった。

雅樹はぐったりして動けない私を見下しながらそう言い捨てた。

「私を捨ててどうするの?」

自分でも力のない声だと思った。息をするだけで体が痛い。

「あ?そーだな。お前の友達の大妻 莉奈とかどーよ?」

莉奈は私の親友。小さい頃から助けてもらってばっかりでとても頼もしくて、笑顔がきらきらしてる私の親友。二人ともお兄ちゃんがいてその影響でよく変なライダーごっこなんてしてたな。二人でよくいたずらをしては二人で怒られて、でもなかなか懲りなくて。懐かしい思い出が頭をよぎる。

「莉奈にもこんなこともするの?」

自分の声が遠く感じる。体が重い。

「だとしてもお前には関係ないだろ?うるせーな、黙ってくたばっとけよ」

雅樹はそう言って軽く私の体を蹴って部屋を出ていった。私は捨てられた。


気がついたら朝になっていた。何時間くらい寝ていたのか、もう頭も体も重くてわからない。いや、殴られ続けて気を失ったのか。

 部屋中を見渡すとカーテンが閉まってて、暗い中にも雅樹が暴れたために乱れたリビングが目に映った。

「ケータイ、どこだろ。」

ゆっくりと体を起こす。あちこちがズキズキする。

「あった。」

開いてみると雅樹からメールが入っていた。

「なによ、これ……。」

メールには『お前はもう必要ない。莉奈ちゃん、かわいいな』という文面と一緒に雅樹が莉奈と仲良く自撮りしている写真が送られていた。

 自然と涙が溢れてきた。耐えたのに報われない絶望感、友達を取られてしまった孤立感、そんな自分に対する哀感。いろんな気持ちが一気に押し寄せてきて込み上げてきて溢れた。

「莉奈は絶対に私が守る。」

私は声に出してそう言った。心に強く決めて私はまた泣き疲れて眠ってしまった。


 次の日、打撲で痛い寝過ぎでだるい体を起こし時計を見ると7時37分だった。学校は今日は8時40からだ。

「お風呂入ろう。」

 ところどころ血も滲んでいる体にとって熱いシャワーは少し染みる。

 いつもよりも優しく体を洗い終え、お風呂場を出る。

 鏡に映る自分の顔は泣いたことと殴られたことで腫れていた。幸いにも顔は直接殴られることはなかったので目立つ外傷はない。時間が自然と治してくれるだろう。

 でも首から下の外傷の多さは尋常ではなかった。至るところに大きなアザ、打身、切傷、擦り傷、皮がめくれているところもあった。

 涙が出てくる。こんなにも惨めな体をしている自分が何より情けなかった。

 「莉奈もいずれこうなっちゃうのかな……。」

 私は拳を強く握りしめた。


 学校へ行くと莉奈が近づいてきた。

「おはよー、美里。この間雅樹くんと会ったの、偶然にも!写真撮ってとか言われて撮っちゃった!すごいよね、ほんとにカッコいい!!まじで美里うらやましいわー。」

 私を見た瞬間饒舌に喋りだす莉奈。偶然会った、ね。これも雅樹の作戦だとしたら?そう考えると何もかもが疑わしい。何も信じられなくなってくる。

 「ねぇー、美里聞いてる?あ、もしかして怒ってる?ごめんてばー。でもちょっとくらいよくない?ダメ?」

 きっと険しい顔をしてたんだろうか、莉奈が心配そうに覗き込んでくる。

「あ、雅樹くん!」

考え込んでた私はその声にはっとして振り返った。付き合いたての頃は名前を聞くだけでわくわくして、嬉しかったのに今は名前を聞くと、怖いという思いの方が強い。

「よお、莉奈!この間はありがとうな、久しぶりにすげー楽しかったよ。」

 近づいてきた雅樹は私に目もくれず莉奈にだけ一方的に話かけた。

「もー、そんなことないでしょー?だって雅樹くんには美里がいるんだからー」

そう言って莉奈は私を見た。莉奈もまんざらでもなさそうな態度で雅樹に接しているし、雅樹もまるで私に見せつけるよう。

 莉奈を取られた気がして私は雅樹が許せなかった。さっきまでの気持ちはこんなじゃなかったのにいざ目の前で莉奈と話されると自分でも押さえきれないくらいの嫉妬が隠してる本当の気持ちの中から溢れそう。

 「んじゃ、またねー」

莉奈に手を振った雅樹はそう言ってその場を後にした。

 「莉奈、話があるの。」

私は莉奈にすべてを話すために人気のあまりない公園に向かった。



 「……そー、なんだ……。」

私の話のすべてを聞き終えた莉奈は暗い顔をして口数少なめな相づちを打つ。体のあざも見せた。莉奈はそれを見て顔をしかめて苦い表情をした。

「私、美里がそんなに辛いの我慢してたなんて知らなかった。あたし、一人ではしゃいじゃって、本当にごめん……。」

悲しそうにそう言った莉奈に私は言った。

「ちがうよ、莉奈が悪いんじゃないよ。大丈夫、莉奈はあたしが守って見せるから。」

 そう言ったところに誰かの話し声が聞こえた。男の人の声。

「雅樹……。」

そこに現れたのは雅樹だった。電話をしていたみたいだ。私たちに気づいた雅樹は私たちの間に流れる空気から何となく察したようだった。

 「お前らなにやってんの?なに話してたの?美里。」

意地の悪そうな笑いを浮かべて私にそう言いながら近づいてきた。このままだと私と一緒に莉奈も殴られるかもしれない。大丈夫、それでもまだ距離がある。今ならまだ間に合う。

 「美里……。」

私は莉奈の不安げな声を聞いて莉奈の方を振り返った。

「莉奈は私が守るから。」

私は莉奈にそう言ってポケットに閉まっていたナイフを莉奈の首に当てて一気に引いた。

「スターダストエモーション!!」

私は大声で叫んだ。

ものすごい量の血が辺り一面に飛び散った。

自分の手や服にまで血がかかった。ぬるっとした感覚が手にまとわりつく。生暖かい。

 「……おま、なに、やって……。」

ひきつった顔で後退りしてしりもちをついた雅樹。私が少し近づいていくと叫び声をあげながら地面を這うように逃げていった。

 

 小さい頃。

「美里ちゃん!スペースライダーごっこしよ!莉奈が赤ライダーやるから美里ちゃん青ライダーやって!」

二人ともお兄ちゃんがいる私たちはお兄ちゃんが見ている日曜の特撮ヒーローものの技なんかをよく真似して遊んでいた。

 「大丈夫か、青ライダー!敵にやられたのか、だか、もう大丈夫だ!おれがお前に回復魔法をかけてやるからな!」

莉奈は昔から青ライダーの私に回復魔法をかけたり、敵から守ってくれたり、私を『守る』役をやることが多かった。私は気が弱くて小さいときからいじめられてばかりだった。莉奈はそんな私をいつも助けてくれた、ヒーローごっこでも。

 「スターダストエモーション!!」

私が敵からやられると莉奈は決まってこの回復魔法をかけて私を助けてくれた。

 「青ライダー!もう大丈夫だ、立てるか?」

―― 私は莉奈を助けたことがなかった。莉奈は私よりも強くて私が助ける前に自分で何とかして解決してしまう子だった。


 私は血が抜けきってぐったりしている莉奈を振り返り、微笑んだ。

「莉奈、私、やっと莉奈を助けられた!」








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