第12話 土曜日の早起き

 携帯電話の着信音が亜珠美を起こした。

 今日は土曜日、目覚ましもかけずに寝ていいはずの休日であった。

 

「はい、もしもし」


 時計はまだ八時を指しており、少しくらい不機嫌になっても罰は当たらないだろう。

 しかし、電話をかけてきた相手はそんな事を思っていないようで、ハキハキとした口調で批判してきた。


『おはよう、もう八時だよ。まだ寝ていたの?』


「あら、ごめんなさい。昨日は誰かさんが帰っちゃってから、色々と大変だったの」


 電話の相手は平山で、声の様子では起きたばかりという風でもないので、未だ寝床にいる亜珠美とは意識の高さが違うのかもしれない。

 

『しかたないじゃないの。それでどうだったの?』

 

 平山なりにコチラの心配をしている事がわかり、亜珠美は笑った。


「どうって死にかけたよ」


 亜珠美は昨夜の顛末をつらつらと語り、平山は素直に驚いていた。

 

「それで、お詫びにお昼はケーキを奢ってくれるんだって」


『ふうん、そうなんだ。私も行こうかな?』


「いいんじゃない。平山さんにも迷惑かけてるし、ヒロミも嫌とは言わないでしょ」


 集合時間など、諸々を伝え電話を切ると、亜珠美は時計を見た。

 十二時の約束だから、一時間前に起きればいいとしてまだしばらくゆっくり出来る。

 たまらない多幸感に包まれながら、亜珠美は二度寝の沼に沈んでいった。


 ※


 駅前では既にヒロミと平山が待っており、走ってくる亜珠美に手を振っていた。それもその筈で、亜珠美は十二時に平山の電話で再度目を覚ましたのだ。

 あわてて着替えて、走って、到着した時には約束の時間よりも三十分が経過していた。

 寝癖も直していない。服も適当なジーンズとパーカー。

 言い訳を考えながら走り、それでも二人の少し手前で足を止めざるを得なかった。

 平山が制服を着ているのはまあ、いい。

 しかし、ヒロミがスーツを着ていたのだ。

 いつものウェーブがかった髪の毛も丁寧に束ね、足にはヒールのついた革靴をはいている。

 そうしてこれがまた、完璧なまでに似合っており、亜珠美は急に自分の格好が恥ずかしくなった。

 なぜ自分は中学生時代に買った格安のデッキシューズなど履いてきたのか。

 

「こら、最後まで走り抜きなさいよ!」


 応援歌の様な文句で平山が怒鳴り、亜珠美も仕方なく足を進める。

 

「ちょっとヒロミ。なんなのよ、その格好は?」


 ケーキを食べに行くのに向いた格好ではない。

 お洒落にこだわりがありそうな平山が制服というのも解せない。


「なにって、ほらついでだからさ」


 へへ、と笑い照れくさそうに笑う。

 

「平山さんはなんで制服なの?」


「さあ。ヒロミちゃんに電話したらちゃんとした格好しろってことだったから」


 確かに制服は冠婚葬祭にも恥ずかしくないちゃんとした服装には違いない。でも、問題は何故ちゃんとした服が必要なのかという点だ。

 

「ヒロミ、これからどこへ行くつもり?」


「え、科学魔術部でケーキ食べに。いってみれば校外活動?」


 言いながら視線を逸らす。

 

「まちなさい、ヒロミ。どこで食べるかきちんと言って」


 わかりやすく狼狽えるヒロミを逃がさず、亜珠美は距離を詰めた。

 

「まあ、いいじゃないの軽羽さん」


「止めないで平山さん、コイツ絶対なんか企んでる! だいたい、服装コードも平山さんに伝えるなら私にも伝えろよ!」


 おかげで見た目も三者三様であるのだけど、亜珠美は特に中学生のような自分の格好に恥ずかしくなった。

 

「と、とりあえずさお店に行こうよ。ね、ヒロミちゃん」


 くってかかる亜珠美とヒロミの間に立ち、平山が取りなした。


「そうねぇ、そこのケーキ、すごく美味しいんだよ」


 ヒロミも乗っかって誤魔化す。

 しかし、本日の目的はケーキであって、それは間違いなのだから亜珠美はトボトボといった体でヒロミの後をついて行くのだった。


 

 ※


 ヒロミがここだと指さした建物を見て、亜珠美と平山は目を丸くした。


「県警本部?」


 亜珠美は警官が杖を持って立っている入り口の横、大きな金属看板を見て声をあげた。

 

「ヒロミちゃん、さすがにこれは……」


 平山もフォローしきれず、額を抑えている。


「あ、違うって。本当にケーキをね! ほら、とにかく行こう」


 ヒロミは二人の友人の先に立ち、手招きをした。

 そのヒロミを警官がじろりと見ている。

 

「ここまで来たし、行きましょうか」


 他の人の邪魔になってもアレだし。

 平山が言うので、仕方なく二人して入り口をくぐってエントランスホールに入る。

 明るく、広々とした空間にはそれなりに人がいて、そうか警察に休日はないのか、などと当たり前のことに亜珠美は気づく。

 

「ていうか、入っていいの?」


 ここまでくればコチラのものとばかりに笑っているヒロミに、亜珠美は尋ねた。


「大丈夫。エントランスや売店は誰でも使えるから。そんでほら、あの喫茶店もね」


 ヒロミの指の先には確かに喫茶店の入り口があり、横にはささやかな看板がケーキフェアであることを告げていた。

 しかし、時間は真昼時。


「満席じゃん」


 平山の言うとおり、扉の入り口には『ただいま満席』と書かれた赤い札が下げられていた。

 

「あちゃぁ、本当だね。まあ三十分もすれば空くでしょ。ちょっと待っていようよ。あ、そうだ知ってる? 県の魔術監理委員会事務局ってこの建物にあるんだよ。ちょっと挨拶したかったしさ、先に行ってもいい?」


 魔女は悪い顔で笑う。

 なるほど、こちらが本命の用事か。

 亜珠美はパーカーのポケットに手を突っ込んでため息を吐いた。

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科学魔術の魔物退治トリオ イワトオ @doboku

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