第27話 豪運、そしてマウの夢

「ブラックジャック。」

「お~~……!!」


一等遊技場に居るお客さんたちが沸く。いつの間にか僕の周りには人だかりが出来ており、青ざめたディーラーが何人も交代していった。


「すげぇ! すげぇよ兄貴ぃ!」

「流石です! コーイチさん!」

「……どうも。」


あれから連戦連勝を重ね、僕の前に山のように高く積まれたチップがその呆れるような惨状を物語っていた。今ではアンジーさんもバックヤードから飛び出してきてディーラーに忙しなく指示を飛ばしている。

……まあそうだよね。だって軽く見積もっても、このチップの量だと換金したら金貨何千枚になっちゃうのかわからない。王家や貴族が使う白金貨でも何十枚分になるのか……。


「あ、あの、お客様~?」

「はい?」


考え事をしてると、アンジーさんが脂汗を滲ませながら引き攣った笑みで声をかけてきた。


「お客様は随分とブラックジャックを長くプレイされておりますので……宜しければ他のゲームもお楽しみになられてはいかがでしょうか?」


ん~……ブラックジャックはルールも単純だし、僕にとってはただカードを捲る倍々ゲームだから楽だったんだけど。


「え~っと、そうですね。どんなゲームがオススメですか?」

「!! そ、それでしたら、あちらのルーレットなんか大変オススメでございますわ!」


そう言って指さしたのは、もうなんか明らかに挙動不審なディーラーが待ち構えてるルーレットテーブルだった。あのディーラーはさっきからアンジーさんに指示を受けていた人だ。仕込みがされてるとすれば間違いなくあそこだろう。

でも、これはチャンスとも言えた。だってここのルールのブラックジャックだと倍にしかならないけど、ルーレットならシングルナンバーで36倍になるし、誘われたんだからそこで大賭けしても不自然はない。


「……そうですね。僕も飽きてきたところだったんで、ルーレットやってみようかな。」

「それはよろしゅうございます!!さ、あなた達、お客様をご案内して差し上げて!」

「はっ!」


チップを乗せるカートも一台じゃとても乗り切らないので何台にも分けて運んでもらう。ちょっとの移動でも大変な騒ぎだ。


(しめたっちゃ……! ルーレットの細工は上々! ここで散財してくれれば少なくとも大金を失わずに済むっちゃよ!)


余裕が無くなってるせいか、考えてることが手に取るようにわかってしまう。

……可哀想だとは思うけど、ここは何も考えないようにして僕はチップを置く代わりにベットテーブル上の黒の7を指さした。


「え?」

「シングルナンバーに全部賭けます。」


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


幸一無双が繰り広げられているころ、室内公園のマウはボールプールで子供たちに囲まれて楽しそうに遊んでいた。


「わははは~! 吾輩、こんなことも出来るのじゃ~! ちょりゃっ!」

「すっげぇ~!」

「わ~! すごいね~マウちゃん!」


ただ小さな体を利用してボールプールに潜り一気に羽ばたいてボールを巻き上げただけなのだが、子供たちはキラキラした目でマウを見る。気分上々なマウは「うははは~」と笑っているが、端から見ているエシェットはため息。


(あの馬鹿者め……己が野良竜族であることなどとうに忘れておるな。)


本来なら魔竜がああして人と戯れているなんてまず有り得ない。基本的に小型であり、群れを成さねば生存競争に生き残れない魔竜にとって人間も天敵なのだ。精神魔法が扱えるのは危機的状況をなんとか回避するための種族的な努力と言える。

そんな状況を打破しようと試みたのか、魔竜たちは他種族よりも優勢であると示したかったのか、群れが蹶起したのが人の戦争が佳境を迎えた今から約2年前。突如として他種族へ襲い掛かった。しかしはじめに相手にしてしまったのが運悪くエンシェントドラゴンであるエシェット。羽ばたき一つで撃退され、散り散りになってしまい計画は頓挫。

しかしある者は国を操り、またある者は他の魔物をそそのかして再起を企てるなど、まだ諦めはしなかった。

そうして出会ったのが今はマウとなった魔竜だった。


「ねぇ、あの金髪のおねーちゃんがマウちゃんの飼い主さんなの?」

「むむ、それは違うのである! 吾輩の主様はもっと素敵な御方なのじゃ!」

「じゃあマウちゃんはその人にテイムされてるの?」

「ぐっ……痛いところを突きよって……! わ、吾輩はまだテイムは……その~……。」


指をつんつん突き合わせながら、目を泳がせるマウ。


「オレ知ってる~! テイムするにはあいじょーがなきゃダメなんだってさ~!」

「ええ?! じゃあマウちゃんはあいされてないの?!」

「そ、そんなわけがなかろう! 吾輩と主様は海より深い愛情で繋がっておる!」

「それならなんでテイムされてないの?」

「そ、それは……その……。」


普通の魔物なら、もう現時点でテイムされていてもおかしくない。しかしマウがテイムされていないのには種族的な要因が大きい。

魔竜はそもそも、個体差が無に等しい種族。その見た目も、声も、能力も、思考も、全てが同じという特殊な生き物なのだ。故に、ただの一個体であるマウはどれだけ寵愛を受けようともテイムされることはない。一個体だけが別の付与を持ち得ることが出来ないのだから。


『のう、お主はいつまでコーイチと共にいる気じゃ?』


エシェットはかつてそんな質問をマウにぶつけた時の事を思い出していた。

普通なら魔竜が天敵である人間に懐くなど有り得ないことであったし、エシェットにとってもかつて自らを襲おうとしてきた一味。すぐそばで監視できるならそれで良いとは思っていても、魔竜という存在を知っている彼女にはマウという個体が不自然でならなかったからの質問だった。

しかし、マウから返ってきた台詞は想像にもしていなかった言葉。


『吾輩、主様にテイムされるのが夢なのじゃ~。』


馬鹿な、と思った。魔竜の一個体が夢を見る? 人間にテイムを望む? そんな話、聞いたことが無い。計算高い魔竜のことだから、何か良からぬことを考えているのではと。


『あっ、誰にも言ってはなりませんぞ? いくらお師匠と言えど、言いふらしたら許さぬからの!』


有り得ない。有り得ない……が、エシェットの目には嘘を言っているようには到底見えなかった。


「……テイム、か。」


呟く。

マウはまだ子供たちとギャイギャイ言い合いを続けているが、そんな様子を見てエシェットの心には本来なら生まれ得ない思いが芽吹いていた。


(出来ると良いな、マウよ。)


そんなことは絶対にあり得ないし、残酷な夢である。しかし自らがテイムした時、マウは「おめでとう」と言った。本当なら悔しいだろうに、それでも本気で「おめでとう」と。

だからこそ思う。前例のない、エンシェントドラゴンをテイムすると言った所業を成し遂げたコーイチなら。

エシェットはひっそりマウの行く末を願うのであった。願わくば、この矮小な生き物に、微かな希望でも与えたまえと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運だけの男が平穏を求めて異世界を生き抜くようです。 @aruru-aruru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ