協力(3)

とある山の麓に、その子犬は捨てられていた。1歳にも満たないその犬は主人の乗る車を追いかけるが、少しずつ距離が離れ遂には見えなくなってしまう。それでも犬は歩くことをやめない。自分の家に帰る為。主人とまた遊ぶ為に。半日は歩いたであろう犬は空腹と疲労により限界であった。記憶の中の主人の顔にも靄がかかり、自身の名前すら思い出せない。いや、そもそも名前はあったのだろうか。何度も転びもう満身創痍、その場に座り込んでしまう。大きな車が近づいてくる。もう走る気力もなくなっていた。ぶつかる事を覚悟したその時、身体が浮いた。持ち上げられたのだ。柔らかく、温かい腕に包まれ、衝突を回避する。息を切らしながら笑顔を向けるその女性に、犬は安堵し目を瞑った。


「残念だけどその子は助からなかった。完全に死んでるよ。」

ティフォが哀れみの表情を浮かべながら、現実を突きつける。

「そんな……でも、ちゃんとここに……。」

だが、膝の上にいる子犬にはちゃんと温もりがあり、息もある。小さくだが、心臓の音も腕を伝って聞こえてくる。

「今ここに居るのは私がどうにか繋ぎ止めてあるから。でもその子はもう生きてない。」

助けられたと思った小さな命。子犬にはまだまだこれからがあったはずなのに。

「くぅ〜〜ん。」

悲しそうな声をだす犬に、私は罪悪感で押し潰されそうになっていた。そんな状況を眺めていたティフォが静かに口を開く。

「でも、まだ生き返らせる事は出来るよ。あんまりそういう事しちゃいけないんだけどね。」

その言葉に反応した脳がその手段を全力で推測する。現実では不可能、だが目の前に君臨しているのは神である。そんな事が出来ても不思議ではない。

「優希とか他の人であれば不可能だけど、誰も存在を知らないその子なら、生き返らせても怪しまれない。」

「一体どうすればいいんですか。」

子犬を助けるのに、何かしらの事をしないと受理されないだろう。願えば叶うほど、この世界はできていない。その言葉を聞いたティフォは一瞬、驚いた様な表情を浮かべた後、私に内容を告げる。

「思ってるような事はさせないよ。ただ私の手伝いをして欲しいんだ。」

「手伝い?」

「そう。その手伝いをしてくれるなら、その子を生き返らせて上げる。どう?」

「やります。やらせてください。」

即答する私の表情は真剣だった。ただ私が壊してしまった子犬の「生」を取り戻す為に。

「いいね。いい返事。その言葉を待ってたんだ。内容も聞かないで手伝うなんて、最高にカッコイイよ。優希。」

そうだ、子犬を助ける事しか考えず、内容を聞くのを忘れていた。ここで無理難題を押し付けられたら詰みだと自覚が遅かった。

「大丈夫。そんな難しくはないと思うよ。手伝いっていうのはね。実は今、新しい世界構築をしてるんだけど。色々と問題があってね。それを解決して欲しいんだ。その子と一緒にね。」

詳しい事は向こうで聞かせてくれるらしいが、断る理由はなかった。黙って首を縦に振るとティフォは笑顔で伝えてくる。

「それが終わればその子も、優希の意識も戻して、ついでに傷も治りやすくしてあげる。」

これ以上ない位の好待遇に文句のつけようがない。クラムチャウダーを飲み干し、子犬を撫でる。それを見計らってティフォが声を掛けてくる。

「じゃあ、食べ終わったみたいだし、最後にケーキだね。なんのケーキがいい?」

その言葉に私はこう答える。

「ケーキは大丈夫。意識を戻して、私はユリと食べます。」

そういうとティフォはそっか。と呟いて思い出した様に話を進める。

「じゃあさ、その子の名前は?これから一緒にいるんだから名前を付けなきゃ。」

「名前ですか、そうですね。」

再度子犬を顔の前に持ち上げる。名付けるのならば、ちゃんと付けなければいけない。これから一緒にいる。私のせいで道連れにしてしちゃった。

「『チヅレ』。この子の名前は『チヅレ』!どうかな?」

「……いいと思うよ。とっても。」

優しい笑顔でティフォが返答する。

そして名前を受け入れるかのように、チヅレは私の頬を舐めてくれた。

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