ハッピーバースデー(3)

本を片手に下がった眼鏡を直す、一体何度この動作をしたことか。溜め息が響く程図書館は静かで、何故か妙な緊迫感を纏っている。

「……疲れた。」

丁度20棚目の掃除が終わったユリが弱音を溢す。 掃除を始めたのが4時頃なので、2時間は掃除をしている。

「ユリ、分かってるから弱音を吐かないで。やる気がなくなる。」

「えっ?あー、ごめん。」

ユリに脱力する言葉を封じさせ、淡々と作業を続ける。ユリも拍子抜けな声で応答をし、棚を拭いている。実際私も疲れている。

「…優希、あといくつ?」

「あと10くらいかな。どしたの?」

動かしている手は止めず、聞かれた質問に答える。ユリを見るとなにやら神妙な顔つきをしていたので、つい質問を質問で返す様になってしまった。

「いや、なんでもない。あー、後10もあるのかー。どうしよう。」

棚から目を離さず、表情を変えずにユリがポソッとつぶやく。

何故か、その発言の中に嫌味が含まれていることを感じ、珍しく苛立ちが募った。

「そもそも、ユリがあんなこと言うからこういう事になったんでしょ?」

「な、何で怒ってるの?しょうがないじゃん。」

ユリはただまだ時間が掛かると思っての発言で、本当に私が何故怒っているのかは分かっていない様子だった。だがこの時の私は完全に頭に血が上っており、しょうがないという言葉が私の逆鱗に触れていた。

「何がしょうがないの?少し考えれば木村さんが怒るとか考えなかったの!?そもそも木村さんが来るわけないじゃん!」

「え?だって誕生日を祝うんだったら人が多い方がいいじゃん。」

「私は仲がいい人って言ったし、そもそもユリだけでいいって言った!」

私の声が広々と反響する。ユリに怒鳴るのは初めてだった。怯え、涙ぐんだ双眸でこちらを見ているのがその証拠だろう。

反響が収まると、今にも消えてしまいそうなか細いユリの声が聞こえてくる。

「どうしたの…?なんで怒ってるの……?」

未だに状況を理解出来ていないようだった。

無理もない。いつもであれば笑って過ごしているであろう友の笑顔はそこになく、ただ自分に対する言葉が反響し、全方位から攻めてくるのだから。

「え…?だって…。私は…。」

ユリの表情が困惑の色に染まる。

だが、激昂した私にはユリの話を聞く余裕は一切なかった。

「言い訳なんて聞きたくないよ。」

ユリの言葉を遮り、荷物をまとめる。一通りの帰る支度が終わり、図書館の扉を開ける。

「…事情は木村さんに言っておくから、もう帰って。」

それだけを伝え、私は図書館から出ていった。

「うっ……ううっ………。」

方や置いていかれ、図書館内に取り残されたユリの泣き声が響き渡る。

「私は…私はただ………楽しく誕生日を迎えて欲しかっただけなのに……。」

ただ彼女は残りの分を肩代わりし、先に帰宅させる機会を伺っていただけであった。

涙を流すユリ。だが無情にもそんな彼女を慰めてくれる存在はそこにはなく、涙が止まるまで彼女はそこに留まることしか出来なかった。

現時刻 18 : 57

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