外伝 鉄塔の上の天使(3)


 しかし、永遠に続くと思っていたその日々も長くは続きませんでした。

ある日、包囲網の警官たちは活動拠点の中心に存在する鉄塔を破壊すべく大型の車両をそこに投入してきました。前兆は勿論ありました。そのための異様に巨大な道路の整備が砦と化した鉄塔の周囲まで伸びてきたこと、土を盛った大きな駐車場が出来たこと……。

そしてとうとう、運命の戦いの日がやってきました。

 巨大な鉄塔に向かう車両、警官、そして、それに対抗する鉄塔下の要塞。その様子はさながら、戦場でした。

「負けるな!闘え!我々は引いてはならないのだ!」

「我々の戦いに流す血と汗の一滴一滴が一億人民の血であり、涙なのだ!」

 ジュラルミン盾を持った人の津波が押し寄せ、父ら角材と火炎瓶の集団は負けじとそれを押し返す、激しい戦いでした。僕は運悪く鉄塔内に居たため、戦いに巻き込まれました。

「火炎瓶、一ダース持ってきました!」

 遥翔さんに言われるまま、僕は最前線へ武器と食料を運びました。

 しかし、戦いは凄い勢いでこちら側が劣勢になっていき、勝負の行方も三時過ぎには片付き、ついに鉄塔にワイヤーが巻き付けられました。

 負ける、その時僕が思ったのは革命の事でも、飛行場の事でもありません。自分と一緒に居たい人と一緒に居れる場所が無くなる、その恐怖でした。

「鉄塔!だれた鉄塔!鉄塔に登れ!警官は人が居ると倒せない!」

 遥翔さんの声が聞こえました。

 次の瞬間、僕は夢中で鉄塔を駆けのぼりました。そして、あの日彼女と会った鉄塔の上へとたどり着きました。そして、僕は持ってきた巨大な旗を取り出し、それを塔の上で旗を振り始めました。

 赤い旗、この飛行場建設に反対する一団の団結旗、それがどういう意味かも分からず僕は降り続けました。ここを守ることが、彼女たちとの絆、思い出を永遠につなぎとめることにつながる、そんなことで頭が一杯でした。

 取り囲んでいた警官隊たちは少しの間鉄塔への攻撃を躊躇しました。

やったぞ!との喜びが体を駆け抜けました。これでまだ彼女たちと居られるという喜び。

さらに強く僕は旗を振りました。

離れたくない!離れたくない!反芻される感情の激流の中で僕は何度も心の中で叫びました。


しかし、終わりはいつか来るものです。

遠くに一台の車がやってきて、中から何人かの人々が下りて警察の人たちと何やら言い争っていました。そして、短い諍いが終わった後、重機は動き始めました。

 後から調べれば、その時自分がいたことで警官隊は鉄塔を破壊するのを躊躇していたらしいですが、やって来た人々による強引な指示で破壊を再開したそうです。

 同時に地上でも戦いの流れが大きく変わり始めました。掘られた塹壕が突破されて警官が次々と党に向かってきました。

 ワイヤーを取り付けられていた鉄塔は大きく傾き始めました。それでも、僕は旗を振り続けました。

やがて、塔が立っていられないぐらい歪んだ時、鉄塔の上まで彼女が登ってきました。

「よくやった。でも、もう総崩れよ。仲間たちにも撤退の指示を出した。」

わかりました。一緒に脱出しましょう!と僕が言う傍らで、数秒、彼女は固まったように空を見つめ何かを考えていていましたが、すぐに視線を自分の方に戻し、言葉を投げかけて来ました。

「ねえ、君、空を飛んだことある?」

 突然彼女は、そんなことを聞きました。鉄塔は、もう数秒で倒れる、そんな時でした。答えはノーと返しました。すると彼女はどこからか持ってきたベルトを僕に巻き付け、「飛ぶよ!つかまって!」と力強く叫びました。抱き締められた肩の向こうの翼が魔力放射で光り輝き、強烈な上に牽引する力に引き寄せられました。

鉄塔が倒れたのは、その時でした。


 夕日が照っていました。空を遮るものはありません。

 始めて、僕は空を飛びました。

 彼女の白い翼に抱きしめられたまま、僕はあの人同じような夕暮れの空を彼女と二人で飛びました。丁度、抱き着くような形になっていた僕の目の前には彼女の肩越しで大空が遮るものなく見渡せました。魔力放射で光る翼から視線を逸らし、地面を見下ろすと、昨日まで這いつくばっていた陣地が、いつも学校へと向かう道がはるか下にあり、そして、水平線に視線を移すと夕焼けの空はどこまでも澄んでいて終わりなく続いていました。

 無限の空、果てしない自由の世界。

 今まで当たり前だと思っていた山や川は実はただの障害物だと気づかされました。気が付かないうちに僕は大地の皴に希望を奪われて、この今まで本当の自由を知らなかったということを僕は初めて知りました。遮るものの無い、意思さえあればどこまでも飛んで行ける世界の中を遥翔さんは何にも恐れることなく翼を広げて飛んで行きました。

「凄いよ……凄いよ!!遥翔さん!いつもこんな世界を見ていたんだ!」

夢中になって首をひねりました。

「そうだよ。ここが、私の空さ!」

その天と地の狭間の世界の光景を、決して忘れまいと僕は必死に目を凝らしてその光景を記憶に焼き付けてようとしました。


「あー、これで暫く地下に潜らなやいけなくなったかなあ……。」

僕を警官の追手が来ない所に下ろした彼女はこれからの自分の生活の苦労について、独り言を言って笑っていました。

僕は笑えませんでした。それは彼女との別れを意味することを、分かっていたのです。

「君にもいろいろ迷惑かけたね。ごめん、でもありがとう。明日から君は元の生活に戻るし、私は新しい戦いの旅に出る。」

そこまで言って僕が寂しいと思っているのに気付いたのか、にっこり笑った彼女は何やら一枚の写真を取り出して僕に差し出しました。

「これ、再会の時のために持っていてくれない?もし、また会うときがあったら、その時返してもらうわよ。」

と、手渡してきたそれは一枚の写真でした。

「これ、おじさまの写真、私なんか絶対かなわない勇敢な戦士だったの。ここよりもっとでかい鉄塔だって造ったんだ!」

「そのおじさんは?」と聞くと、逃亡中、と彼女は笑って答えました。

「キミといた時間は楽しかった。ずっと一緒に居れなくてごめん。でも、これ以上一緒に居たら、キミと私、どっちかがどっちかについていってもきっと悪いことが起こる。だから、いったんお別れ。」

 じゃあね、と言う彼女に僕は勇気をもって叫けぼうとしました。

 連れて行ってください。

 しかし、僕の口からその言葉が出ることはありませんでした。

「お前はお前の居場所で生きろよ!」

その言葉を別れ際に残して僕の前から飛び去って行きました。

こうした、僕の物語は終わりました。あの大鉄塔をめぐる闘争の中の僕の物語は。


 五月を迎えた盛岡で、今僕はこの文章を書いています。

 その後僕は養子出されました。危険を悟った父が、僕に対していろいろと細工をしてくれたおかげで。僕は警察からの追尾リストに載ることが無く現在まで生きていけました。瀬戸大橋を渡って大阪で土木関係の仕事に就き、皮肉にも、国のための工事を多く請け負う大手に勤務して安全と安心を手に入れました。

彼女の行方は知りません。どこかで殺されたかもしれないし、もしかしたら、世界の片隅で未だ戦いが続いているのかもしれない。私は彼女には感謝しています。そうでなければ、ぼくはあの小さな村しか知らずに大人になってしまっでしょう。鳥の目を、彼女は教えてくれました。

 僕は後悔しています。あの時、連れて行ってくださいという一言を言えなかった自分を恨んでいます。僕はあの日の笑顔をもう二度と見れないのですから。僕は、空しい幸せと引き換えにその権利を失いました。そして、この度の震災でその儚い安全の妄想を完全に失いました。

 これは、罰だと思います。きっと、自分に素直になれなかった自分に対する神様からの罰だったんだと思います。僕はこの罰を甘んじて受けるつもりです。罪を背負い、この地獄の苦しみを、これからも抱きしめていきたいと思います。


だけどもし、もう一度機会があるのならば……。

                               2019.May.5

(手記はここで途切れている。)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Fairy Tales : Ace May cry 森本 有樹 @296hikoutai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ