第9話 小学校の竹馬はハイパーでホラーなのか



 おかめちゃんを助けたから。


 それが運命の大きな分岐点だったのかもしれない。


 でもそれ以前に、会話に私が違う言葉をかえしたからかもしれないし、突きつめれば息をするタイミングが違ったからの可能性もある。


 確かなのは、二人を元の世界と変えてしまったのは私であるということ。


「おかめちゃんを助けたことはやっぱり後悔してないし、できない。でも、だけど!」


 元の世界に、戻りたいなとも思ってしまう。


 ぎゅっ、と牛乳パックを握る手に力がはいる。ほとんど飲み終わっていて良かった。


「ヒカルぅ、またサッカーすんぞ」


「おう。じゃ、校庭行こうぜ」


 ドタドタと男子たちが教室をでていく。


 低学年のうちは私も一緒に遊んでいたが、四年生ともなれば急にみんな男女を意識しはじめる。

 同性と遊ぶべき、という雰囲気があってヒカルともなかなか遊びづらいのだ。私は気にせず絡んでくけど、ぎこちなく返される。



 家では、妹たちと仲良くすごしている。本当に可愛い妹たちだ。

 でも一週間前に言われたことがまだずっと頭に残っている。



『おねーちゃん、どーん!』


『ここねぇちゃん、ちゅどーん!』


『ぬわー』


 小学校からまっすぐ帰ってきた日。妹のあいちゃんがお腹に突進してきて、その後ろから愛ちゃんの一個下の妹である一希いつきが突進してきた。

 ここねぇちゃんとは、心理ここりお姉ちゃんの略だね。


 顔をあげ、ニカっと笑う二人は可愛いらしい。


『愛ちゃん、一希。幼稚園楽しかった?』


『『うん!』』


 元気よく答え、私の周りをぐるぐると回りだす。

 まだ二人が幼いからかも知れないが、愛加あいかから愛へ名前の変わった愛ちゃんは、まだ元の世界との大きな違いは感じない。

 一希は……弟だった一希はずっと外泊中で、よく似た妹の一希が家にいるような、なんとも言えない感覚。


 寂しさを感じる時もあるけれど、二人とはうまくやれてると思う。


 そう考え、目の前の微笑ましい光景に頬がゆるんだ時。ピタリと立ち止まった愛ちゃんが、首を傾げてきいた。


『ねえ、おねーちゃん』


『なぁに愛ちゃん』


『いつきは、いつきなのに。どうして愛ちゃんには、ちゃんってつけて愛ちゃんってよぶの?』


『ここねぇちゃん、どーしてー?』


 一希も愛ちゃんと共に、どーしてどーしてと、また回りながら私へ問いかける。



 私はハッとした。


 一希には別人のように思い接し、愛ちゃんには……愛加の略称であったその呼び名でしか呼んでいない。


 結局私は答えられず、回り続ける妹たちを優しく止めただけだった。





「こーりちゃーん。こーりちゃん?」


「わ!……おかめちゃんか。びっくりした」


 ぼんやりしていると、おかめちゃんのおかめ顔が真ん前にあった。十歳になってもカケラも失われないもっちもち頬、すごい。


「竹馬、しよー」


「給食たべ終わったんだね、私も片付けてくるよ。竹馬かあ……い、いいよ行こう」


 おかめちゃんが食べる速度はゆっくりで、もうお昼休みは半分ほどだ。中学生になり、短い制限時間の中でお昼を食べることができるんだろうかと時々心配になる。



 乱雑に竹馬や一輪車の放置された、専用の置き場につく。


「おかめちゃん、竹馬は危ないからね。焦らないように気をつけてね」


「わかってるよー。だいじょーぶ、おかめ竹馬得意なのー」


「確かにすごいとは思うんだけど……」


 そう、おかめちゃんは竹馬が得意だ。いつものゆるふわな動作からは想像できないくらいに。


「お、おかめちゃんが乗ってるの見るの怖いんだよね。前につんのめるように倒れたと思ったら、すんごい速さで前進するんだもん」


「しゅっぱーつー」


「待ってー!」


 大きく一歩を踏み出し、ぐんと前に倒れたかと思うと、サカサカと器用に棒をあやつり進みだす。


 少し遅れて私も乗り込みついていく。


 見た目は危なっかしいが、得意というだけあって楽しそうに乗りこなしていた。

 しばらく校庭の端を駆けて遊ぶ。



 やがて、校庭の真ん中でサッカーをしていた男子たちが解散するのが見えた。


「おかめちゃんそろそろ戻ろうか」


「そうだねー。……あ、ヒカルくんがいるよ」


「ヒカル? ホントだ。ボール片付けてるのかな、珍しく一人だ」


「今ならお話できるねー」


「おかめちゃん?……まさか」


 おかめちゃんは私に嬉しそうにいい、元気よく走りだした……竹馬に乗ったハイパーおかめちゃんのまま。



「……よっと。早く戻ろ」


「――く、ん」


「ん?」


 呼ぶ声に振り返るヒカル。


 ヒカルから見える光景は、凄まじい勢いでせまるおかめちゃんのはずだ。



「ヒ~カ~ル~くーん」


「ぎゃあーーーー!!??」



 後ろにすっころび、ボールがコロコロと離れてゆく。


 きゅ、と砂ぼこりをあげておかめちゃんは華麗に止まった。



「間に合わなかったか……。ヒカル大丈夫?」


「な、コっコケシ! てかおかめの、何だよ今の! 竹馬に乗ってあんだけ速いとか反則だろ。しかも高いとこに本体あるのにサカサカ動いてくるとかホラーだかんな!?」


 ヒカルが全力で抗議している。相当、怖かったらしい。


「まあまあ、悪気はなかったんだし」


「そりゃ分かんけどよ……」


 この一瞬でぐったりした様子のヒカル。

 残り少ない休み時間、おかめちゃんとヒカルと私とで騒ぎつつ教室にもどる。


 ヒカルと、また話しやすくなった。


 それはこんなささいなキッカケなのだ。そう思うと、すごく前向きな気持ちになれる気がした。

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