第9話

 香港には、日本から1時間遅れた夜が漂っている。


 更新したブログに、早速反応が来ている。ああ、よく連載を読ませてもらっている漫画家さんからも。こんな時間に描いているのかな。漫画家も大変だ。


 溜め息を付くと、部屋の狭さを強烈に感じる。東京より遥かに家賃が高い。この狭い街には、無数の狭い部屋があり、空間を目いっぱい使って各々が野心を膨張させている。


 とにかくエネルギーに満ちた場所だ。歩くスピードは速く、新しいビルはどんどん建ち並び、街は深夜まで賑やかだ。

 昨日は友人に誘われてクラブに行ったから、さっきまでそのことに絡めたブログを書いていた。学生時代には、こんな遊び方、したことも無かった。


 型にはまった就職活動が嫌で、英語力を武器に飛び出してみた。

 ここではいつも意見が飛び交い、能力さえあればどんどん登用される。残業より仕事のスピードが大事だから、就業後は語学学校に行ったり、友人と遊んだり。

 Twitterやブログもそんな中で開設した。現地採用者ネタを欲しがる人は結構いるらしく、幸いお小遣い稼ぎくらいにはなっている。


 最近、ライターの道で生きたいなと思うようになってきた。だけど今はまだまだPVが足りない。宣伝力? 構成力? 

 明確なのは、もう少し文章力を鍛えるべきだなということ。

 せっかくの美しい夜景も、楽しい体験も、いくら工夫したって陳腐な言葉にしかならない。


 そう、この作家さんみたいになれたら。


 Webで活動している小説家さん。アマチュアで、自作の短編をTwitterに投稿している方。

 一応自分はこれでもかつては文学少女だったけど、日本語の小説は手に入れづらく、最近Web小説によく触れている。今晩の更新は、ちょうど、海外で過ごす女性をテーマにした話だ。


「浜風が、水面に映る都市の光をゆらめかせる。その間隙を縫って故郷の海の冷たさが俄に姿を見せ、泡沫とともに消えていく。

 残された光に空虚さを覚えた途端、酷く自分勝手な感傷だなと一笑に付す。

 この街の夜空にも満月は浮かび、夜が繋がっているのだから、それでいいじゃないか。目を細めて、いっとう明るい夜空に自分の夢を託してみる。……」


 まるで私だ。

 大した目標も無かった。親には反対され、当時の恋人とは話し合った末に別れた。日本の友人ともなかなか会えない。だけど、私はここで、道を見つけ始めている。


 読んで、書く。そう、ただそれだけ。

 表現をいくらでも吸収して、自分の言葉にする。自分の中に無い物を出せる訳がない。

 逆に言えば、手に入れた言葉が私を成長させる。


 ハートマークを押して、テキストエディタを立ち上げた。

 書くんだ。この街では、止まっている余裕など無い。


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