第7話

 ハッと目が開く。淡い照明の中で、掛け時計の針は夜の深い時間を示していた。またリビングの床でうたた寝してしまったらしい。フローリングの上だから腰が少し痛い。


 高校生の息子の顔が、ドアからひょこっと現れる。


「母さんまた寝てたん?お風呂入るよ」


 ドアの閉まる音を聞きながら、まだ入ってなかったん、と呻くような声が出た。起き上がる気にもなれず、床に落ちているスマホに手を伸ばしたところに、猫が前を通りかかった。


「ユキちゃんもまだ起きてたん」


 彼女は何も答えず、私の懐まで歩いて丸くなる。ユキちゃんは真っ白な毛並みだから、目や耳が隠れるとお団子みたいだ。

 これも写真か動画に収めようと、今度こそスマホを手に取る。寝る前に投げたユキちゃんの動画が結構な反響を読んでいたみたいだ。コメントもいくつか付いていて、引用リツイートしてくれた人もいる。

 ああ、あのいつも面白いことをツイートしている女の子だ。送った相手は父親?うちも飼ってという刷り込み? ふふふっ。


「でもユキちゃんが一番かわいいもんねー」


 体をふわりと撫でてあげると、彼女は気持ちよさそうに「ふにー」と鳴く。


 旦那は単身赴任中、長女の明美は就職で家から出て、今は息子の宏と二人暮らし。息子も最近は部活だったり、最近できたらしい彼女(長女情報)とのラインだったりにご執心だ。

 長女が就職した頃、寂しさと以前からの憧れが混じってユキちゃんを飼い始めた。あまりの可愛さに、Twitterでの投稿もすぐに始めて、今はすっかり猫動画の人。


 タイムラインをスクロールする手が止まった。ああ、今日は漫画を上げている!


 最近密かに追っている漫画家さん。時々、4歳の息子との日常を題材にした子育て漫画を上げていて、それがなかなか面白い。今日はおもちゃ屋で勝手にあれこれ手に取っていたのをたしなめたら、実は正しい場所に整理をしていただけだと気付き、褒めてあげた話。


 明美にも、宏にも、たくさん手を焼いてきた。勝手にどこか行ったり、転んで泣きわめいたり、でも時々垣間見える成長の跡に嬉しくなったり。あの長くてしんどくてやりがいだらけの日々があったから、今はユキちゃんとのんびりした生活を送れているのだと思う。


「それに、ユキちゃんはいい子やしねー」


 再び撫でてあげようと思ったら、彼女はのっそり四つ足を立て、電気の消えたダイニングの方へふらふら歩いていった。

 つれないなあ、もう。

 苦笑してから、漫画家さんのツイートにハートマークをあげた。このハートが大事。漫画も、子育ても、応援していますからね。


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