Live.07『打ち解けあい事変 ~I WAS ADLE TO I RECONCILE WITH THE ACTORS~』

《マリカくん、聞こえてますか? 聞こえていたら応答してください!》


 両機が沈黙してから十数分。現場には緊張が走っていた。

 ゼスランマとゼスモーネが撃破され、そのアクターたちは未だに応答をしない。ゼスマリカに至っては姿を変えた“カイジュウ・ハザード”との物理的接触をしてから他と同じように無反応を維持している。


 何度呼びかけても動くどころか返答もない。レベッカは不安に陥っていた。


《ふむ……。どうしたものかネ……》

《支社長……一体彼はどうなっているのでしょうか?》


 この異常事態にオズ・ワールドリテイリングJPの社長を務める男、ウィルフリッドも困惑を隠せない。

 嵐馬と百音は睡眠に近い状態になっていることは情報として把握している。しかし問題なのが鞠華の方である。


 のだ。鞠華の生体反応がゼスマリカから確認されない。まるで今だけ無人になっているかのようで、生死の判断すら付けられない状態となっている。


《如何せんこちらからでは何の情報も無い以上、下手な動きは出来ないだろうネ。回収もままならない今、彼を信じるしかない》

《……そうですよね。うう、頑張って、マリカくん……》


 無力さに苦しむばかりで何も出来ないことを悔やむ二人。

 沈黙から間もなく三十分を過ぎようとしている。このまま何事もなく終わってくれる保証も無い今、本社で無事を祈る他出来ることはなかった。






 そして、その鞠華はというと──



「ってことはつまり、二人は“虚無世界ヴォイド・ワールド”とは本当に無関係だったってこと?」

『はい。理解していただけて何よりです』


 一通り説明を受け、ようやく納得を口にする鞠華。ほっとした表情で事態の収束を向かえられそうな未来が見えたことにカタリは安堵する。

 現在地は裏世界。この一切の妨害がなされることのない絶対安心な空間に鞠華を呼び、誤解を解くという試みは無事に成功したようである。


「なーんだ。それならそうと早く言ってくれれば……」

『そう言ったつもりだったんですがねぇ……。仲間思いの鞠華さんには少しばかり配慮の足りない言い方だったのは反省するべき点でした。申し訳ありません』

「ちょっと、バーグさん! 言い方!」


 つい先刻の戦いをネチっこく追及するバーグを宥めつつ、三人の課題は次に向けられる。

 鞠華との和解が完了しても、表世界でのドンパチについては何ら解決されていない。戻ったらどうするべきかを話し合う。


「とりあえずこのことはボクから皆に伝えるよ。支社長なら多分受け入れてくれるだろうし、百音さんも良い人だから事情を言えば許してくれると思う。ただ問題なのはランマの方かな」

「そ、そんな問題のある人なの? ランマさんて……?」

「んまぁ、うん……。悪い人じゃないんだけどね、ちょっとこう……正義感強いっていうか、融通が利かないというか……。とにかく変なことにはならないようにはするから安心して!」


 ストッパーとしての役目を買って出る鞠華。安心を保証しようとするが、正直なところカタリは心配でしかなかった。

 動画では視聴者みんなのイジられ役という形が浸透しているものの、その口の悪舌さは先の戦いでも露見していた。声のみならば動画の嵐馬よりも印象が悪い。


『とりあえず表の世界に戻りますよ。後のことは全てお任せしますので』

「分かった。あー、でも何て言おうかな……」


 先行きの不安は解消されきらないものの、今は鞠華を信じる以外に手段は無い。

 状況が好転してくれるのを願いつつ、ここにはいないノベライザーの頁移行スイッチが発動。カタリとバーグ、そして鞠華は表世界へと帰還した──











 オズ・ワールドリテイリングJP支社。社長室。


「Welcome to ようこそ我が社へ! 指折り数えて待っていたとも!」


 前回の世界と同様に社長室に通されたカタリたち。入って早々香水の匂いが鼻を突く。

 強からずも弱からずな匂いの発生源はおそらく目の前の六十代半ばと思われる黒い和服の男性。その人物に大いに迎え入れられた。

 腕の中は猫。銀色の毛を持つ青い双眸は支社長と同じくカタリらを見る。


「初めましてカタリィ・ノヴェル君。ワタシは支社長のウィルフリッド=江ノ島えのしま。そしてこの仔は愛猫のエド。フフッフーン……五歳のオスだ、実にかわいかろう?」

「あ、えっと、はい……」

『あ、可愛い猫ちゃんですね! これはなんの種類でしょうか? 毛並みも良くて大人しくていい子ですね~。よく支社長さんに懐いているのが分かります』

「お、もしかして君は分かるタチかネ!? ハッハッハァーン、そうだろうそうだろう。異世界の使者でも理解してくれる者がいるとは驚きだネ!」


 唐突に訊ねられて困惑するカタリに対し、バーグはそれにすぐさま対応。猫に反応して支社長へへつらうようにコンタクトを取っていく。

 猫に反応するのは意外だったのか、一瞬驚いてから愛猫を褒められたことに笑顔を見せるウィルフリッド。カタリらを見ていた猫の頭を撫でながら人生で初めてであろう別世界の存在との会話を楽しんでいる。


 そんな中で突如として咳払い。それを発したのはウィルフリッドの隣に立っていたレベッカ=カスタードだ。

 それを見てかウィルフリッド。バーグとの会話を途中で切り、本題を切り出す。


「おっと、すまないネ。では本題に戻ろう。今回の不手際、本当に申し訳ないことをしてしまったね、ワタシからXES-ACTORゼスアクターの三人に変わって謝罪をしよう。折角のお客様に対してこんな手荒な歓迎をしてしまいすまなかったネ」

「あ、いえ。こちらこそLSBの最中に乱入して、画面までハッキングして放送を中止させちゃったりしたので、どっちかと言えば僕らの方に非があります。すみませんでした……」


 お互いに謝罪をする二人。今回の騒ぎは鞠華の宣言通り何とか和解にまで持ち込むことが出来た。

 結局あのLSBは中止となってしまったものの、その代わりLSBにて被害を受けた街の修復をすることで手を打ち、事なきを得た。


 ノベライザーの力により街の損傷は修復され、同時に異世界からの存在であることを強く証明する証拠となり、一行にとってはそう悪くない結末を迎えることとなる。


 異界よりの来訪者──それを認めたウィルフリッドに本題を持ち込んだ。

 自分たちが何のためにここにいるのか。その話せる全てを打ち明けた。


 彼らにとって──どの世界にとってもそうだが──信じられないような話に一際深刻な顔を浮かべたウィルフリッド。しばらくの沈黙を経てから、ある提案をする。






 そして、提案を聞き入れた一行はレベッカの先導の下、社内を案内されていた。

 そこはまるで会社の中というよりかは娯楽施設のような場所である。社員もスーツなどではなく、多くが私服を着込み、ジュース片手に会話しながら自由なスタイルで仕事をしている。会社感の無さが伺える不可思議な世界だ。


「バーグさん。ここ、本当に会社なの?」

『はい。大手アパレルメーカーの支部で、ご覧の通りの内装ですが間違いなく会社です。従業員数も他の企業に引けを取らず、各種保険やサポートも充実。お給料も周辺一帯の企業と比べ遙かに高給。超一流企業と言っても差し支えないでしょう。カタリさんも全てが終わったらこういう会社に勤めるべきかと』


 検索によりオズワールドの情報が淡々と伝えられる。カタリの脳内にある会社の形とはまるで正反対な空間に驚きを隠せない。

 そんな様子を見てレベッカ。小さく笑いながら説明を付け加える。


「オズワールドでは製服以外にも様々な事業に取り組んでいるわ。宇宙開発にも携わっていたり、他にも色々と──」

「アーマード・ドレスも事業の一つ何ですか?」

「あ、ええ。実を言うと最初の頃はドレスの存在を隠していて、鞠華きゅ……くんがチャンネルで存在を勝手に公表しちゃったのを切っ掛けに支社長が新しい事業にしてしまったのがLSB。今じゃ大人気コンテンツで、プラモデルの開発計画も上がっているくらいなの」


 へぇー、と告げられた情報を素直に知得する。LSBは鞠華の勝手な行動から始まったのだという裏話を聞きつつ進んでいくと、とある一室に連れてこられた。

 無論、この後に何が起きるのかは理解出来ている。むしろ今までの社内案内こそついでのようなものなので、こちらが本題と言える。


 ドアをノックし入室。ここには生身では初めて会うがいた。


「鞠華くんたち、いる? 例の子を連れてきたわよ」

「お、お邪魔します……」


 恐る恐る開かれたドアを通ると、そこには三名もの麗人……否、女装したパイロットたちがいた。


「ようやく来た! ようこそ、改めて初めましてだね。ボクは逆佐鞠華。よろしくね」

「この子がさっきのアーマード・ドレスのアクター? やだぁ、小動物系でカワイいじゃ~ん! あたし百音、よろしくね~☆」

「……ふん」


 それぞれがらしい態度で歓迎してくれる。先ほど戦ったゼスアクターたちだ。

 鞠華、百音、そして嵐馬。初遭遇時の時にも思ったが、LSB主要人物が全員生身で揃い踏みしているという光景。ファンとしては興奮ものの光景だ。


 内心あらゆる意味でドキドキが止まらないカタリ。如何せんファーストコンタクト時のことが気がかりなので、どうにも対面に気まずさを感じていた。

 しかしながら挨拶されれば返さねばならぬのが礼儀。カタリは畏まりながら返事の挨拶をする。


「か、カタリィ・ノヴェルです。よろしくお願いします……」

「ほら、ランマも。相手だって緊張してる中でしっかり挨拶してるんだから、ランマも返さないと!」

「う、うるせぇな……。ちっ、古川嵐馬だ。まぁ、なんだ……さっきは変に疑ったりして悪かったよ」


 鞠華に急かされ、ひとつ遅れて挨拶をする嵐馬。それだけに終わらず、あろうことか先の戦いのことについて謝罪までしてくれた。

 確かに鞠華の言葉通り最悪な事態にはならずに済みそうである。そこにほっと一安心して本題へ移る。


「鞠華くんから話は聞いていると思うけど、カタリくんは正真正銘本物の異世界人よ。昔マンガや小説で流行ったアレ。私もあまり信じられなかったけど、証拠も見たから信じることにしたわ」

「嘘くせぇ……。どういうことなんだよそれは……」


 レベッカは改めてカタリがどのような人物なのかを紹介してくれた。

 やはり鞠華経由で聞かされていたとはいえ、おいそれと信じられるものではないのだろう。上司であるレベッカの言葉でも未だ半信半疑の様子。


 普通の世界は異世界の存在などを認めてはいない。故にそのような反応が出てしまうのは当然と言える。むしろ驚かない方が珍しいくらいだ。


「支社長からの指示で、しばらくカタリ君はオズワールドの管轄に入ってもらうことになったわ。何でもある目的のためにこの世界にいないといけないらしいの。そのための拠点として利用するとのことよ」

「短い間かもしれませんけど、よろしくお願いします。僕らもなるべく早い目的の達成を目指してるので、それまでの間お世話になります」


 そしてレベッカから告げられるウィルフリッドからの命令。その内容はカタリの身柄についてだ。

 先に全てを話した支社長は実に話が分かる人物で、この世界に置かれている状況を重く捉え、こうして会社に一時的に籍を置く許可をくれたのだ。


 いきなり現れた存在の言葉を信じ、そして行動してくれる。普通なら到底考えられないようなことではあるが、カタリらにとってそれはとても喜ばしいことである。

 前回の世界と同様、信じてくれた人のためにもいち早い目的の達成を心がけねばならない。


「ところでその目的って何なんですか?」

「あ……それなんだけどね、鞠華くん……」

「ど、どうかしましたか……?」


 疑問を口にした途端、レベッカの表情は強く曇りだす。

 オズワールドがカタリらを認めてくれた理由は、何も異世界人であることの証拠だけではない。むしろこちらが大きいと言える。


『実はこの世界には危機が迫っているのです!』

「んなっ、この声は……! どこから声を出してやがる!?」


 すると不意にバーグの声。一際明るげなそれに驚いて、どこから聞こえたのかと辺りを見渡す嵐馬をよそに、カタリは手に持ったままだったタブレットを三人の前に出す。


『初めまして。ゼスアクターの方々。特にモネさんとランマさん。お二方とはこうした形でお話するのは初めてですね。私はリンドバーグ。皆さんが“虚無世界ヴォイド・ワールド”の使者と呼んだ機体の声の人ですよ』

「た、タブレットの中だとぉ!?」

「これも異世界人なの? どこに繋がってるんだろ~?」

『ふふん、どこにも繋がってませんよ。私はとある世界で生まれた超高性能AI。言ってしまえば科学技術が超絶に進んだ異世界出身なのです!』


 バーグの登場に目を奪われる先輩アクターの二人。よもやあのアーマード・ドレス、もといノベライザーがカタリの操縦、バーグの対話という二人体制で行われていたなどとはついぞ思うまい。

 サプライズな登場となった二人目の異世界人の出現。これで信じざるを得ないだろう。



 話は戻り、バーグはアクターの三人に全て話した。

 危機が迫っていることの意味──エターナルと呼ばれる世界の天敵が出現し、それが今この世界に潜伏しているということ。そしてそのためにカタリらがいるのだと言うことを。


「……世界を滅ぼす敵、かぁ」

「あの時の化け物がまさかそんな大層な敵だったなんて、あたしの人生まだまだ何が起こるか分からないにゃあ」

『ご理解いただけて何よりです。あの時の戦闘もエターナルとどこまで戦えるかのテストだと思っていただければと。決して敵意があったわけでないのは、ここで改めて言わせてください』


 一通りの話を聞き終え、場は静まりかえる。アウタードレスとはまた異なる別の世界の敵がすでに潜んでいること、そして一度それと邂逅しているという事実は流石のアクターたちも驚きを隠せない。


 三人との戦いを制したノベライザーですら負ける可能性のある敵、エターナル。ウィルフリッドがカタリらに協力したのは、世界の天敵たるそれを危険視したことが最も大きい。


「一つ聞くが、お前たちはそれに勝てるのか?」

「正直なところちょっと分かんないです。前のは現地の人と協力して勝てたけど、一人だとどこまでやれるか……」


 嵐馬からの問いに対し、弱気な回答を見せるカタリ。

 前回の世界──美央と神牙の世界ではキサラギと防衛軍の協力、さらには海外からの支援もあって撃破に成功出来た。それはあのエターナルがそれほどまでに強力な存在だったからだ。


 今回のエターナルがどこまで強いのかが分からない以上、単騎で勝利出来るかの断定は出来ない。それがこれまで戦ってきた中で得た答えだ。


『この世界のエターナルは衣服を収集するという特異性を確認しています。これが何の意味を持つ行動なのか検討も付かない上に、そもそも姿の捕捉すらままなりません。現段階での判断は保留──つまり現状では出来ることはありません』

「そんな……」


 現状の無力さに思い悩むのは何もカタリたちだけではない。世界滅亡へのカウントダウンを知ったアクターたちも今の状況を懸念している。

 終わりの始まりが来るその時まで待つしか方法が無いという厳しい現実の前に、誰もが言葉を失わざるを得ない。


『何であれ相手は目的を持って行動しているのは間違いありません。なのでその理由を読み解くために警察関係者や被害者から情報を聞き出し、徹底的に洗い出します。ですのでオズワールド、ひいてはアクターの皆様方には改めてエターナル撃破のご協力をと思います』

「もちろんだよ! ボクらの世界は滅亡させてたまるか!」

「そうだにぃ、あたしもまだやりたいコトとかたぁくさんあるし、ここで終わらされるワケにはいかないよねぇ?」

「一通り聞いてても妙に現実味は無ぇが……、でもマジな話なんだろ? そんなの手を貸すしかないだろ」


 画面の奥で深々と頭を下げるバーグ。カタリもつられて二度目の会釈をする。

 どの世界でも自分の世界に危機が訪れようとしていれば、誰であったとしても協力的になるのは道理。三人の反応は寛容なものだった。


 今回の世界も無事に現地人の協力を仰ぐことができ、ほっと胸を撫で下ろす。

 あとはどうやってエターナルを見つけ出すか。大きな壁はまだ残ったままだ。

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