第16話 同居人と捜索4

 私が連れてこられたのは、家やコンビニからそう遠くはない場所。

 上を見上げてみるとそこには『HOTEL 愛愛』と書いてあった。

 ここが何だかわからないけど、お酒が飲めるなら別にどこだっていい。


「さあさあ、もう部屋は借りてあるからー」


 私の手を引き建物の中へと入って行く金髪の彼。

 その表情は綻んでいて、歩くペースはさっきよりも早い。


「そんなにお酒飲みたいの」

「うんうん! 君と飲めるのが楽しみで仕方ないよ!」

「ふーん」


 見知らぬ私と飲むのが楽しいとか。

 正直私には全然わからない感覚だ。


 別に私はこの人とお酒が飲みたかったわけじゃない。

 ただ無料で飲ませてもらえるから、この人の後をついてきただけ。

 それにおつまみまで用意してくれてるし、割と親切なのかもこの人。


「エレベーターこっちねー。あ、足元気をつけてねー」


 フロントで受付を済ませると、私はエレベーターに乗せられた。

 中は結構狭くて、2人で乗っていると少し窮屈にさえ感じた。

 でもその間彼は、私の手を取って転ばないように支えてくれていた。


 別に私は足元が不自由なわけじゃないのに。

 支えてくれって頼んだわけじゃないのに。

 それなのに彼は、私を心配してかずっと手を握ってくれていた。


「ねえ、何でこうしてるの」

「んー、それはねー。蓮見ちゃんが転ばないようにだよー」


 私が聞くと彼は笑顔でそう答える。

 やっぱりこの人親切なのかも……。


 と思ったら今度は、私の肩に腕を回してきた。

 別にそこまでしなくても、私は転んだりなんかしない。


「ねえ、何これ」

「こうしてた方が安心でしょ?」

「え、よくわからない」


 彼との距離が一気に縮まり、気づけば私たちは密着していた。

 呼吸や心臓の音がすごく間近に感じられるくらい、その距離は近い。


「ねえ、暑い」

「大丈夫だよこれくらいー。これからもっと熱くなることするんだからー」

「そしたらクーラーつける」


 私は暑いのが嫌い。寒いのも嫌い。

 だから今の状況はすごく居心地が悪い。

 できれば今すぐ離れたい。


「まだ着かないの」

「んー、もう少しもう少し」


 だいぶ時間が経ったと思うけど。

 いつまでここに居なきゃならないんだろう。

 熱くて息苦しいから、早くここを出たい。


「ねえ早——」

「ほらっ、着いたよー」


 我慢も限界に達した頃、エレベーターの扉が開いた。

 これでようやくこの居心地の悪い空間を脱出できる。

 そう思うと私の足取りも自然と早足になった。


「いてっ」

「ほらほら、走ると危ないよー」


 エレベーターの出口でつまずいてしまった私。

 転びそうになったところを、彼が腕を回して支えてくれた。

 危ない危ない。


「セーフ」

「うんうん、セーフセーフ……おほっ」


 彼の腕が私の身体に絡みつき、胸元らへんをがっちりと掴んでいる。

 それがなかったら間違いなく私は転んでいたけど……。


「ねえ、この手何」

「何って、蓮見ちゃんを支えてるんだよー」


 なぜか彼は、私の胸元でわしゃわしゃと手を動かしていた。

 何だか少しくすぐったい。

 それにあまりいい感じがしない。


「ねえ、早く離して。くすぐったい」

「あ、ああー、ごめんねー。怪我とかしなかったー?」

「大丈夫。それよりも早くお酒飲みたい」

「そ、そうだね! じゃあ早く部屋に案内しないとね!」


 上機嫌な彼は、再び私の手を取った。

 ふと目に入ったレジ袋から、プレモルの缶がチラチラと顔を出している。

 それを見るととても楽しみで、お酒を飲むのが待ちきれない思いだった。



 * * *



 部屋に入ると、そこは結構広かった。

 多分うちよりも少し大きいくらいのスペースだと思う。


 床にはテーブルとベット。

 壁には何だかよくわからない絵。

 ソファーなどはないので、私は仕方なく小さめの椅子に座っている。


 照明はオレンジっぽくて少し落ち着いた雰囲気。

 よく見ると他の家具もそれらしい色合いなので、ゆったりとくつろげる感じ。


「ほらほら、飲んで飲んで」


 そんな中私は、彼に言われるがまま、お酒を喉に流し込む。

 ここへ来てからあまり時間が経ってないけど、それでも私はもうすでに結構な量のお酒を飲み干してしまった。


 500mlのビール1本。

 350mlのチューハイ2本。

 そして氷を入れただけの梅酒をコップ二杯。


 どれもこれも美味しくて、ついついグビグビ飲んでしまう。

 おつまみとも相性がいいし、これが全部無料なのはすごくラッキーだ。


「いいねぇー、いい飲みっぷりだよ蓮見ちゃん!」

「え、そう。別に普通だけど」

「顔、少し赤いよ。もしかして酔っ払っちゃった?」

「うーん。わかんないけど多分」


 確かに言われてみれば、顔が少し火照っているように感じる。

 身体とかもすごく暑いし、このままだとちょっと居心地が悪い。


「クーラーつけたい」

「クーラーかー。クーラーね、どうやら壊れちゃってるみたいなんだよ」

「え、嘘。私暑いんだけど」


 クーラーが壊れてるなんて聞いてない。

 このままだと私、多分暑くて死んじゃう。

 何か涼しくなれるものが欲しい。


「扇風機とかないの」

「さすがに扇風機はないかなー」

「じゃあ暑いままじゃん」


 とりあえず襟元をパタパタさせてるけど、全然涼しくならない。

 それどころか一度暑いと思ったら、余計に暑く感じてきた。


「ねえ、どうしたらいいの」


 早くこの暑さをどうにかして欲しい。

 私はその一心で、彼に解決策を尋ねた。

 すると彼は。


「じゃあそのジャージ脱いじゃおっか!」


 声のトーンを一つ上げ、そんなことを言ってきた。

 暑いなら今着ているジャージを脱げばいいと。


「え、でも私この中に下着しか着てないんだけど」

「いいよいいよ! 俺は気にしないし!」


 それに彼は、私が下着姿になることを気にしないと言う。

 うちにいる時はあれだけ同居人に口うるさく注意されていたのに。

 この人は同居人と違って、そういうことに無頓着なんだろうか。


「脱いでいいなら脱ぐけど」

「うんうん! 脱いで脱いで!」


 この人が気にしないと言うのなら、このままジャージを着る理由もない。

 何よりもこれは長袖なので、着ていると余計に暑く感じてしまうし。

 下着姿の方がよっぽど涼しくて動きやすいから楽だ。


 そう思った私は、すぐさま着ていたジャージを脱いだ。

 最初は上だけにしようと思っていたけど、やっぱり下も邪魔だし暑いので、下も一緒に脱ぐことにした。


「うん、やっぱりこっちの方がいい」


 そしたら彼の言う通り、着ている時よりもだいぶ涼しくなった。

 服を着ていた時には感じられなかった開放感もあるし、やっぱり部屋にいる時はこの格好の方が過ごしやすくていい。


 ——これなら暑くないし、もっと飲める。


 見たところ、まだ空いていない缶がたくさんある。

 私の分のお酒はもうないので、次はこれをもらっちゃおう。

 そう思った私が、チューハイの缶に手を伸ばそうとした。


 その時——。


「蓮見ちゃん。おっぱい大きいね」


 突然にそんなこと呟いたのは、目の前に座る彼。

 私は思わず伸ばしていた手を引っ込め、すかさず彼の方を見る。

 すると彼は、どことなく不吉さを感じさせる笑みを浮かべていた。


「え、なに、急に」

「蓮見ちゃんさ、それ何カップあるの」

「何カップって。Fだけど」

「Fかー。いいなー、それ」

「なんなの」


 私が気にせずチューハイを取ろうとしても、彼はずっとこちらを見ていた。

 それも私の目を見るとかではなく、ずっと私の胸元だけを。


 ——なんか、思ってたのと違う。


 うちにいる時はこんなんじゃなかった。

 もっと居心地が良くて、何も気にせずこの格好で居られた。

 なのに今はなんだかすごく居心地が悪い。


 同居人とは違って、この人の目は少し不気味だ。

 私じゃなくて何か別のものを見ているような気がする。

 それに今の言動も明らかに普通とは思えない。


「なんで見るの」

「なんでって、いいじゃんか少しくらい」

「よくわからないけど、やめて」

「ええー、もう少しだけだってばー」


 私が言っても、彼は一向に視点を変えようとしない。

 それどころか今度は、追加でこんなことを言ってきた。


「ねえ、少しだけ触っていい?」

「え、いや」

「お願い、少しだけだから」

「いやだってば」


 嫌と言っているのにもかかわらず、彼は私にどんどん近づいてくる。

 息遣いも荒いし、視線も未だに私の胸元から動いていない。

 正直とても気持ち悪い。


「ちょっと、なに」

「少しだけ、少しだけだから……」


 そして気づけば彼の手は、私の胸の上に置かれていた。

 生ぬるい、そしてくすぐったい感触が私の肌の上を走る。


「はぁぁ……やっぱり大きいなぁ……」


 嫌がる隙も与えず、私の上に覆いかぶさる彼。

 無造作に胸を触るその手は、まるで悪魔の手のように恐ろしかった。


「すごい……すごいよ蓮見ちゃん……」


 終いには耳元でそんなことを呟かれる。

 一度は抵抗しようとしたけど、思うように身体が動いてくれない。


 意識もはっきりしないし、身体の感覚も鈍い。

 もしかしたら私、結構酔っているのかもしれない。


「はぁ、はぁ……それじゃこっちに来ようか……」


 そう聞こえたかと思えば、彼は私をベットへと引っ張り入れる。


 無理やりに腕を引き、そのままベットへと押し倒された私。

 仰向けになる私の上に、彼は躊躇なくまたがってくる。

 お腹が服に擦れて痛いし、何よりもすごく息苦しい。


「この邪魔なの取っちゃうから」


 そして私の下着を剥ぎ取って、今度は直接胸を触ってくる。

 首辺りを舌で舐めながら。そのまま両手で強く。


「い、痛い……」


 とても乱暴で。とても痛くて。そしてとても嫌で。

 それでも私は何もできなくて、彼にされるがまま身体をいじられる。


 ——こんなことならここに来なきゃよかった。


 今更そんな後悔をしても、状況が変わるわけはない。

 いくらうちに帰りたいと願っても、誰も私を迎えには来ない。

 だって私は同居人である彼を置いて、この人について来たんだから——。


「それじゃ次、下触るからね」


 すると彼の手は、私の胸から下腹部に。

 やめてと言いたいけれど、全く言葉にはならなかった。


 ただこの人にされるがまま。

 もうどうにでもなってしまえばいい。

 そう思い、私は静かに目を閉じた——。



 * * *



「——蓮見さん!」


 そう聞こえて来たのは、私の幻聴なのかもしれない。

 でもなんだか安心するような、私を気遣う優しい声。


 きっとその声は、私の部屋に住んでいる同居人。

 真面目で優しくて、時に厳しい年下の彼——。


「はぁ、はぁ……み、見つけました——!」

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