第15話 同居人と捜索3

 同居人に追い出された。

 理由は私が借りてたお金を返さなかったから。

 突然怒り出して、「夕飯抜きにしますから」とまで言われた。


 彼があんな風に怒ったのは初めて見た。

 いつもはもっと穏やかな声で話してくれるのに。

 何で今日はあんなに怒っていたのだろう。

 私には全然わからない。


 私はちゃんと返そうとした。

 その全部が小銭だったけど。

 でも私はきっちり借りてた分を返そうとしたのに。


 それでも彼はお金をおろしてこいと怒った。

 お札じゃないと受け取らないからと。


 そんなの別に気にすることでもないはずなのに。

 小銭だって立派なお金のはずなのに。


 でも彼は私に怒った。

 顔を怖くして私に怒鳴った。

 それがなぜだか私にはさっぱりわからない。


 わかることがあるなら、それはたった一つだけ。

 お金をおろしに行くのがすごくめんどくさい。


 ただそれだけ——。



 * * *



 家を出た私は、まっすぐ最寄りのコンビニへと向かった。

 お金をおろすだけなら、直接銀行に行くよりも遥かに楽だし、ついでにお酒を買って帰ることだってできるから。


 多分今頃は彼が夕飯の準備を始めているだろうし、今日はそれをおかずにして、美味しいお酒を飲んで寝よう。


 そして明日はお昼くらいに起きて、その後はのんびりゲームでもして。

 どうせ掃除とかは彼がやってくれるから、私は何も気にしなくていいし。


 ——ああ、何だか楽でいい。


 こんなに楽なんだったら、もっと早く彼と暮らしたかった。

 そして身の回りのことを全部やってもらって、私はずっと寝ていたかった。


 それでも彼は真面目で優しいから、多分私を怒ったりしないんだろう。

 その上料理も作ってくれるし、洗濯もしてくれるし、掃除だってしてくれる。

 私にできないことを彼が全部やってくれる。


 こうして考えてみると、彼ってすごく不思議だ。

 普通だったらそんなこと、率先してやらないはずなのに。

 何で見知らぬ私のために、そこまでのことができるんだろう。


 ——んん、やっぱりわからない。

 

 彼はすごく良い人だ。

 不思議で良い人でよくわからない人だ。


 でもちょっとだけ怖い人だ。

 そしてたまにだけ優しい人だ。


 そんな彼の今日は、怖い人の日だった。

 珍しく私に厳しくしてきた。


 だから私は嫌なのに、こうしてコンビニまで歩かされている。

 正直もう帰りたいし、早く夕飯と一緒にお酒が飲みたい。


 今日のメニューは何だろう。

 肉じゃがかな。生姜焼きかな。それとも唐揚げかな。

 彼が作るご飯は何でも美味しいけど、できればお酒に合うのがいいな。


 あ、そういえばさっき、ご飯を炊いていた気がする。

 ならもしかしたら今日の夕飯はチャーハンかもしれない。


 彼の作るチャーハンは、パラパラしててすごく美味しい。

 醤油のちょっと焦げた匂いも食欲をそそってお酒にも合うし。


 おそらく一番はビールだ。

 今日は金曜日だし、発泡酒じゃない良いやつを買って帰ろう。


 アサヒにしようかキリンにしようか。

 それともプレモルにしようか。


 私的にはアサヒが一番好きだけど、今日の気分はプレモルかも。

 あとは追加でチューハイとか買って、ご飯と一緒にゆっくりと——。


「あれ? もしかしてJK?」


 突然にそう声をかけられたのは、コンビニの目の前までたどり着いた頃。

 レジ袋を片手に持った見知らぬ男が、私に向かって何かを言っている。


「何でこんな時間にJK? 家帰らないの?」


 髪は金髪で耳にはピアス。

 顎ひげを少し生やしていて、ちょっとチャラい感じの男。


「え、もしかして1人? ならお兄さんと遊ばない?」


 独りでに喋っているその男は、私の方にゆっくりと近づいてくる。

 よく見ると、年は私と同じくらいだろうか。


 でも別に怖くはなかった。

 ただ何で見知らぬ私に声をかけてくるのか、それがわからなかった。


「君結構可愛いね。高校何年生?」

「え、私高校生じゃないけど」

「へ? じゃあ何そのジャージ、コスプレ?」

「これは部屋着。同居人の借りてる」

「ほぉーん、確かに言われてみれば普通に大人っぽい……」


 そう言う彼の目線は、私の目を離れ下の方に。

 どうやらジャージを見ているらしい。

 まあこれは確かにダサいから、気になるのは自然だ。


「おほほっ、これは良いや! 君、これから俺と飲もうよ!」

「え、でも私コンビニに用があるんだけど」

「そんなのいいからいいから! どうせちょっとだけだし!」

「ちょっとってどれくらい」

「ほんの20分くらい! お酒もほらっ!」


 すると彼は、手に持っていたレジ袋を掲げた。

 その中を見てみると、食べ物の隙間からお酒のパッケージが見える。

 しかも結構種類が多くて、私の好きなものばかり。


「それ、私飲んでいいの?」

「もちろん! 何ならこのおつまみだって食べていいよ!」


 袋から出されたのは私の好きなソーセージ。

 しかもジャガイモとセットになってるやつだから、結構お酒に合う。


「え、じゃ行く」

「よっしゃ! そうこなくっちゃ! 今日は2人でパァーッと飲もうよ!」

「うん、飲む」

「いいねぇ! 俺そういう子大好きだよ! ささ、こっちこっち」


 手招きする彼の後ろを、私は黙ってついて行った。

 無料でお酒が飲めるなら、別に家に帰る必要もないし。

 どうせ明日は土曜日だし、1日くらい帰らなくてもどうってことない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る