第4話 素直な気持ち

雲が赤い光に照らされて、いつも通り過ぎるだけの神社は道路と違う風が吹いていた。

「もー!いい加減にして!」

力いっぱい掴んでいた腕を離して、私は久しぶりに思い切り叫んだ。

「あんたはずーっとウソばっかり!」

「俺がいつウソついたんだよ」

「分からないならもう良い!私の名前を呼ばないで!」

「なんでだよ!」

「女の子なら誰でも良いくせに。」

「そんなこと思ってねぇよ。」

「思ってるよ!」

「思ってない!」

「思ってるじゃん!」

「思ってねぇ!」

「ちょっと離してよ!」

いきなり前田に腕を掴まれて、痛い。

熱くて、大きい男の人の手だ。


「俺だけを見ろよ。」

そう言われてじっと見た瞳の中に小さな私が映る。

茶色がかった綺麗な瞳。


目を逸らせずに、いつもの強気な声も出せず、私はただその瞳に見入っていた。

睨んでいたはずなのに、私の目にはもうなんの力も持っていなかった。


「ズルいのはお前だろ。」

つぶやいた前田の顔がふっと消えて、体が引き寄せられるのは一瞬のことだった。

前田の熱が直接伝わってくる。


「素直になれよ。」

首元で吐かれた言葉に、私は全身がゾクッと震えた。

人気の無い神社の隅、暗くなり始める空、こんなに目の前にある現実が嘘のようで受け入れられない。

一瞬が長い。

早く何か言わないと、本気でこのまま前田のペースになってしまう。

前田の心臓の音が聞こえる気がした。

もう、どちらの音か分からない。

私の理性!しっかりしろ!私はそこらにいる軽い女では無いはずだ。


少し力が緩まった手をほどいて、震える口から出た言葉は自分でもどうかしているものだった。

「そういうのは結婚してから!」

思いの外、自分でも分かるくらいに、甘い甘い女の子の声になってしまった。

前田は一瞬キョトンとし、丸めていた背中を伸ばしてわざとらしく上を向いた後「だよな。」と、いつもの明るい調子で頷いた。

その後私は震える足を隠すように、早歩きで帰宅した。

あいつは私が本気で叫んだり逃げないって分かっていてああいうことをしてきたんだろうな、と思った。

ベッドに倒れ込んで、初めて見た前田の男の顔にまた一人でゾクッとし、同時に今までウワサになった女子達の顔が浮かんで少し胸が苦しくなった。

あの時、前田と結婚するとはひとことも言わなかったはずだが、「佐藤が逆プロポーズした」というウワサは卒業まで消えることはなかった。

後藤くんは部活が一緒だったけど、告白を断ってから同じ部活に彼女ができてあまり話をしなくなってしまった。

3年生にもなると、他の小学校から来た女子もあまり前田に近づくことは無くなり、私も嫉妬されるような事も少なくなり、静な学校生活を送った。

「佐藤さんには前田くんがいるもんねー」

という嫌みなセリフは何度も聞いたが、それは大きな勘違いで、結局私と前田は中学時代一度も付き合うことはなかった。

どちらからもハッキリ告白することも無く、なんとなく私の中には「今子どもができたら困る」と、現実的な妄想もあった。

前田は帰宅部で受験勉強もたいしてしている様子は無かった。

私はなんとなく少し離れた女子校を受験することにしていて、相変わらず優等生な生徒を演じていた。

あの日の神社の一件以来、気味が悪いほど前田は私と一定の距離を置き、話しかけてきたと思ったらとどまることもなくすぐ離れるようになっていた。

私は下手に何かを蒸し返さないように、二人きりにならないように気をつけていた。

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