第22話 ホーンラビットの巣穴……?

 

 二十二



 知っている人もいるとは思うですが、冒険者達の朝は早いです。

 どれくらい早いのかと言うと、時刻にして午前五時頃には既に装備等の準備を整えていると言えば分かるですかね?

 何故早いのかと言えば、午前六時には冒険者ギルドの扉が開き、前日までに依頼された案件の依頼書が掲示板に貼り出される為です。つまり、少しでも良い報酬の依頼を、そして少しでも楽な依頼を得るが為に早く起きるのです。依頼の争奪戦ですね。

 そんな訳で……まだ冒険者資格を持っていないボク達学園生もその生活に早くから慣れさせる為、学園に登園する時刻は午前七時迄に集まる様に決められているです。朝が弱いボクからすれば辛いですが。


 それはさておき、何故冒険者の朝が早い云々の話をしたかと言うとですが、ボクが今居るトキオ草原迄どれくらいの時間を掛けて歩いて来たかを知ってもらいたかったからです。

 午前七時に学園に集まり、そこから一時間掛けて南門に着いて出街手続きを終え、そして南門から街道を南に向かって進み、それから更に二時間掛けてトキオ草原へと到着したです。学園からトキオ草原迄の距離は、およそ20kmです。


 ……何が言いたいのかって?


 正直に言うと、歩くだけで相当疲れたです!

 だいたい、今のボクは女の子の身体です。体力や力だって見た目相応です。つまり、凄くお腹が空いたです……!

 こんな事を思っている今の時刻は丁度お昼時です。

 広大なトキオ草原を、課外授業の課題であるホーンラビットを一頭狩る為に、そのホーンラビットを探しながら更に二時間ほど彷徨っているです。つまり、空腹も空腹。そろそろ限界です。

 しかも、今日いきなり課外授業をやるとは思ってなかったので、お弁当を用意してないです。レイドさんは昨日サバイバル術を学んだのだからお昼は自給自足で何とかしろって言ってたですが、ボクには無理です。作ったとしても、毒の様な激不味スープが出来るのが目に見えてるです。



「はぁ……。お腹空いたです。ホーンラビットも見付からないですし。一応レイドさんから干し肉を数切れ支給されたですけど、干し肉と野草を使ってボクが作れるあの激不味スープは食べたくないです。どうしたもんですかね。……あ!」



 そんな事を呟いた時、この世界でボクが目覚めた山が遠くに見えたです。空気が澄んでいる為か、クッキリと雄大で美しいシルエットを魅せています。



「そう言えば、あの時採った果物がまだ黒神の中に入ってた筈です!」



 目覚めた山が見えたお陰か、ゴリライガーとの激闘(?)があったあの山の麓の森で採って食べた果物の内の数個が、アイテムボックスである指輪【黒神】の中に残っている事を思い出しました。

 あの時は後で食べようと思ってたですが、ダストさんやラルフさん、それにケイトさんと出会って行動を共にした事でその果物には手を出す事は無かったです。その後、トキオに着くまでダストさんにご馳走になったからですが。

 ともあれ、それを思い出したボクは黒神から果物を取り出すと、干し肉をかじりながら一緒にそれを食べ、とりあえずの空腹を凌ぐ事が出来ました。干し肉の塩気が果物の甘さを引き立て、果物の瑞々しさが干し肉の旨味を際立たせていたです。絶妙のハーモニーってやつですね♪


 ……えっ?

 ……果物が腐ってなかったのか、ですって?


 黒神の中は時間が止まっているのか、果物の鮮度は落ちる事なく収納されてました。匂いや味も採った時そのままだったのでその事が分かったのですが、ともあれ。



「とりあえずはお腹が満たされたですね。後はホーンラビットを探して狩るだけですが……」



 お腹を満たした事でヤル気も回復し、改めてホーンラビットを探して草原を彷徨い始めました。



「そう言えば、兎は地面に巣穴を掘ってそこで暮らすと聞いた事があるです……! ホーンラビットも兎の仲間。つまり、どこかに巣穴が掘られていると思うです!」



 お昼を食べてからおよそ30分。果物の糖分が効いたのか、その事を思い出せました。

 となれば、闇雲にホーンラビットを探すよりは、地面に掘られているであろう巣穴を探す方が確実です。



「巣穴……巣穴……っと。あっ!」



 その事が功を奏したのか、更に30分後……つまり、お昼を食べて一時間後、時刻にして午後一時を回った頃に、地面にポッカリと空いているそれを見付ける事が出来ました。



「巣穴を見付けたですぅーっ!! あ、静かにしないとダメですね……!」



 巣穴の発見に嬉しくなって思わず大きな声で叫んだですが、ホーンラビットという魔物であるとは言え、兎とは本来臆病な生き物です。今の声で警戒されたかもしれないですね。ここからは声を潜めて慎重に行動するです。



「ともあれ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うですし、巣穴に近付いてみるです!」



 暫く、巣穴から少し離れた場所で様子を伺ってましたが、一向にホーンラビットが姿を見せなかったので、巣穴へと恐る恐る近付いてみることにしました。

 近くまで近付いて分かった事ですが、巣穴の直径は3m程あり、そのままスロープ状に下へと向かって掘られている事が分かりました。そして、その大きさからこの巣穴で棲息しているホーンラビットは相当な大物ではないかと、元男であるボクは思わず期待してしまったです。


 そうです。元男であるボクはやはり、ほとんどの男の人がそうである様に、大きい方が好きです。

 良く聞く自慢話等で、股間の物の大きさ自慢等があるですが、当時のボクは例に漏れず……自分の股間の大きさを自慢したものです。……今は見る影もないですが。

 話が逸れたですが……つまり、大きなホーンラビットを狩れたなら、みんなに自慢出来るという事です!

 俄然、ヤル気が湧いて来たです!



「これだけの巣穴の大きさです……! 当然、ここに住むホーンラビットも大物に違いないです! レイドさんの驚く姿が目に浮かぶ様ですね♪ いざ! 慎重にかつ大胆に進入するです!」



 ミサトちゃんからの情報によるとホーンラビットは、額から一本の角が生えた子牛程の大きさのある兎の魔物です。大きさはともかく、いや、大きい方が自慢出来るので、より大きい方が嬉しいですが、それでも、まだ見た事も無いホーンラビットを既に仕留めた気になり、意気揚々と巣穴へとボクは突入して行きました。


 ……情報を聞いてただけなのに、巣穴を見付けた事だけで倒した気になるとは、この時のボクはアホでしたね。ともあれ、ですが。



「いくら昼間とは言え、中はやっぱり暗いです……。ならば……! 『灯火トーチ!』」



 意気揚々と入ったホーンラビットの巣穴の中は、今まで太陽の下に居たという事もあって目が眩み、正に闇そのものといった状態に見えたです。

 なので、頭に浮かんだ灯火トーチの魔法を唱え、目の前1m程、高さ2mの空間に宙に浮く柔らかな光の光源を作りました。その灯りは灯火トーチと言うだけあって、ボクの周りを半径4mの範囲で優しく照らしてくれます。

 あ、ボクが移動すると、トーチも同じく移動する様に設定してるです。じゃないと、何度も唱えなくちゃならないので面倒ですからね!



「これなら不意打ちされても何とか対処出来るですね♪ さて、進むとするです! ……しかし、意外と奥は深そうです……」



 トーチによって照らされたホーンラビットの巣穴の中はまるで洞窟といった雰囲気で、その感じからホーンラビットが土を掘って造った巣穴にはとても思えない程でした。ボクの記憶の中では、鍾乳洞と言った方が当てはまるです。

 ともあれ、課題であるホーンラビットを狩る為には、そのホーンラビットを先ずは見付ける事が先決です。



「とにかく、大物をゲットするです!」



 意気込みを口にしながら、トーチによる光源を頼りにボクは巣穴の中をどんどんと奥へと進みます。慎重にかつ大胆に、です。

 そんな感じで暫く進むと、道が枝分かれしている場所に着きました。



「むぅー。分かれ道、ですか。右に進む道と左に進む道。こういう場合、普通の人は左に進むと聞いた事があるです。ならば、ボクはあえて右に進んでみるです!」



 この時ボクは右の道を選択しました。しかし、それが思いもよらない事になるとは、そしてそれを後悔する事になるとは、この時は微塵も感じませんでした。


 右の道を進み、時間にして30分を過ぎた辺りから、ボクはある事に気付いたです。それは……トーチの灯りが必要無い程に巣穴の中の視界が開けたからです。つまり、かなり奥の方まで良く見える様になったという事です。



「これは……壁がほんのり光ってる……ですかね? とにかく不思議ですが、明るくなったのはラッキーです♪」



 改めて巣穴の壁を見てみると、壁自体が仄かに光っていて、それによって巣穴全体が照らされている様でした。もしかしたら、この辺りの地層には発光塗料の原料となる物質が含まれてるのかもしれないですね。

 ともあれ、良く見える様になったのでトーチの魔法も必要なくなり、これでもうトーチの灯りの届かない暗がりを警戒する必要も無くなったです。

 となれば、後はホーンラビットを素早く見付けて狩るだけです!



「どこに居るですかね、ホーンラビットさんは? ――えっ!?」



 後はホーンラビットを見付けて狩るだけ等と思っていた矢先、予想だにしなかった事が起こりました。

 予想だにしない事とは、巣穴の奥から、小さいながらもフレイムボールの魔法がボクに向かって飛んで来た事です。



「うわっ! ――ビックリしたぁ!! って言うか、何で巣穴の奥から魔法が飛んで来るです!?」



 咄嗟の事に、マジックシールドを唱える事も、もちろん避ける事も出来ずにボクの身体にフレイムボールは命中したですが、ボクが着ているローブ……【女神の羽衣】の表面で軽く炎上しただけだったので、ボクはダメージを負う事はありませんでした。ビックリはしましたが。

 そして驚きと共に疑問が口から出てしまったボクでしたが、改めて巣穴の奥に目をやると、小さな人影があるのが見えました。

 その人影は少しずつボクの方へと近付いてるのか、だんだんとハッキリ見える様になり、そして姿形が確認出来た所で立ち止まったです。


 その立ち止まった人物(?)の容姿ですが、身長はボクよりも少し小さい130cmくらいで、手には木を捻った様な長杖スタッフを持っていて、服装と言って良いか分からないですが、服装は何かの動物の毛皮を纏っていました。そしてその人物(?)の一番の特徴は、人間とは言えない程に醜い顔です。

 暗緑色の肌に鋭い目付き、眉毛が無いのでより一層目付きが悪く見えます。そして鼻は醜く歪んだ鷲鼻で、口は耳の辺りまで裂けている上、その耳も大きく尖ってはいますが歪な形をしてました。

 つまり、その人物(?)の容姿は、正に小さな化け物といったものでした。


 しかし、どんなに醜くても人間だと思ったボクは、ボクに向けて何故フレイムボールを放ったのかを訊いてみる事にしたです。



「貴方は誰です!? そして、何でボクにフレイムボールを撃ったですか!」



 と、その様に訊いたボクですが、返ってきた答えは理解出来ない言葉でした。



「ゲギャギャギャギャ! グゲゲ、ギゲェェェ!!」


『『『ギゲェェェ!!!』』』



 その理解出来ない言葉と同時、巣穴の奥から更に複数の声が聞こえ、新たに五つの人影が現れました。

 新たに現れた五つの人影の容姿は初めに現れた醜い人とほぼ同じで、違う所は手に持っている物が長杖では無く、錆びた剣や棍棒等を持っている事です。

 この時になって、ようやくボクはこの人物達が【ゴブリン】である事に気が付きました。


 ボクが目の前にいる相手をゴブリンと認識した瞬間、頭の中にゴブリンに対する情報が浮かんで来ました。これも恐らく、自称神様だと言っていたシヴァちゃんの持つ知識の影響だと思うですが。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 魔物名:ゴブリン

 種族:小鬼族

 ランク:Eランク

 体長:1・5m程

 特徴:ゴブリンの個体は雄しか存在せず、他種族の女性を攫って苗床とし、女性が死ぬまでゴブリンを産ませ続ける。

 基本的に知能は低く、自らより遥かに強力な相手でも襲い掛かる。……が、敵わない事を理解すると一目散に逃げる。

 中には魔法を使用するゴブリンメイジや、群れを統率するゴブリンリーダー等がいる。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 上記の様な情報からも分かる通り、目の前にいるゴブリン達はボクの事を苗床とする為に襲って来たみたいです。

 だからですかね。ゴブリンメイジのフレイムボールの威力が弱かったのは。ダメージが多過ぎると、子供を作る事が出来ない事を分かっているみたいです。意外と賢いですね。


 それはともかく、ゴブリン達にボクの貞操を奪われる訳にはいかないですし、そんな事は死んでも嫌です。徹底抗戦あるのみです……!



「お前らなんかにやられるボクと思うなよ、です!」



 言葉と同時、ボクはアイテムボックスである黒神から【双刃剣ブラフマー】を瞬時に取り出し柄で分離させると、すぐさま双剣の構えを取りました。右手は白刃剣を持ち上段の位置に構え、左手には黒刃剣を持ち切っ先を下に向けた下段の構えです。本当の双剣の構えは分からないですが、ボクは自然に空手で言うところの天地の構えを取っていました。



「ゲゲギギャーーー!!」



 ボクの天地の構えが合図となったのか、ゴブリンメイジが叫び声をあげると、錆びた剣や棍棒を持ったゴブリン達五匹が一斉に襲い掛かって来たです。錆びた剣を上段に構えながら、又は棍棒を力任せに振り回しながら。


 ボクはそれらの攻撃を天地の構えで待ち構えながら、白い革靴……【白神】へとマナを流し、白神の効果で身体強化率を三倍に上げ、そしてゴブリン達との戦闘を開始するのでした……!

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