泣き虫破壊神と女神達

桜華 夜美

第1話 ボクの名前はユーリだよ♪

 

 一



 巨大な【パンゲア大陸】中央付近にある、小さな国である【ハポネ王国】の王都セダイ。

 普段であれば、街道を王都へと向かう旅人や商人、その商人が商売に使う馬車や、更には冒険者といった通行人でごった返している事だろう。

 巨大な城壁に囲まれた王都の周りには田畑が延々と美しく広がり、農作業を生業とする農夫の姿も見られる筈だ。その、農夫の居なくなった田畑を時おり吹き抜ける風が、力強く成長する稲穂の香りを優しく運び、本格的な夏の到来を予感させてくれる。

 白を基調とした城壁を誇る都市と、長閑な風景や青々とした田畑が作り上げる見事な調和が美しい王都セダイだが、しかし今は見渡す限り人の姿は見えない。

 何故ならば、王都セダイへと魔物の軍勢が迫って来ているからだ。その為、セダイの巨大な城壁門は魔物の軍勢が押し寄せて来るという報せが届いた途端、ガッチリと閉じられている。魔物の軍勢を前にそれだけではいささか心許ないが、一応障壁も張ってはある様だ。城壁から展開される障壁が、半円を描く様にドーム状に薄らと見えている。……見えるのは俺だけだろうがな。


 それはともかく、とりあえずは迫り来る魔物の軍勢に集中しよう。セダイを守らなきゃ話にならんからな。

 何故かって? もちろん、その王都を滅ぼされちゃ俺の目的が果たせなくなるからだ。だから魔物達を消滅させる事にした。

 それで俺の目的とは、女神達を探す事だ。かつて俺はその女神達と……あぁ、その話をしてる暇は無いな。

 だが簡単に言うとだな、その女神達とゆかりのあるこの王都に、もしかしたら女神達の誰かが戻ってるかもしれないだろ?

 だったら、守るしかない訳だ。そういう事だ!

 そんな訳で俺は今、そのセダイを背に魔物の軍勢を前にして立っている。



「貴様はいったい……何者だ? 何故、ワシの邪魔をしおる」


「……俺か? お前ら如きに名乗るべき名前など持ち合わせてはいないが、まぁいい。冥土の土産に教えてやろう。俺の名は『ユーリ』。【破壊神ユーリ】だ」


「破壊神……だと!? ふざけおって! どう見たってではないか!」



 そんな説明をしてる内に魔物の軍勢は俺の目の前、凡そ百メートル程の場所まで迫っていた。俺からセダイまでも丁度百メートルくらい。これ以上は進ませない。俺の攻撃で被害が出るかもだからな。

 それで、だ。進行方向に待ち構える俺の事が邪魔だと思うのは、当然その魔物の軍勢を率いてる奴だろう。そしてその、目の前の魔物の軍勢を率いている、如何にも頭の悪そうな奴がそう吠えてきた。

 名乗れと言ったから名乗ってやったのに、失礼な奴だな……全く。

 だが、俺だけ名乗ったんじゃ不公平だ。奴の名前も聞いといてやるか。



「そんな事はどうでもいい。それよりお前の名は何て言うんだ?」


「ふ、ふははははははっ!! 確かに一理あるな。聞いて驚け! 貴様みたいな下等な魔族なんぞに名乗るのは勿体ないが、このワシの名はダーレイ。この世界を滅ぼす魔王様であるぞ!!」


「ふーん。あ、そう。ダーレイだかユーレイだか知らんが、そろそろ飽きてきたから終わりにするか」


「貴様如きが我が魔王軍十万に勝てると思うなよ!? 愚か者め。掛かれぇぇ!! あのくだらぬ事をほざく下等な魔族ごと、あそこに見える人間の街を攻め滅ぼすのだ!!!」



 俺の質問に律儀に答えたダーレイだが、根は正直者なんだな。まぁいい。

 そのダーレイだが、確かに見た目は魔王そのものだ。側頭部からは巨大で捻れた角が生えてるし、顔も醜く歪んでいる。腕は二本だが、その腕には鱗の様な物が生えている。その事から、恐らくドラゴン系の魔王なんだな。大きさも四メートル程はあるから、その容姿と相まって迫力満点だ。

 あ、ちゃんと服は着てるぞ? 王様が着る様な豪奢なローブを纏っている。色は赤黒いが。


 ともあれ、俺が奴を眺めてる間に、奴は行動に移した。

 それで奴は配下の軍勢へと号令を掛けたんだが、やはり十万もの魔物の大軍ともなると雄叫びだけで大地が揺れそうな程だ。

 お!? 一斉にこちらに向かって突撃して来たもんだから、本当に地面が揺れてるぞ!?

 なんてな♪ さて、やるか!!



「『我が滅びの神威よ、安らかなる消滅をあの者達へ……! 【滅びの剣ルインソード】』」



 第一右腕に滅びを司る灰色の神威を纏わせ、それを天に掲げる。すると、その神威が灰色の粒子となって辺りに広がり、やがて無数の剣の形を成し始める。



(……こんな物か)



 その後、滅びの力を宿した千もの剣達が魔物の軍勢に剣先を向けた状態で、俺を中心にして宙に静止した。これくらいの本数なら十万の魔物だろうが瞬殺だろう。もっとも、千本どころか無限に増やす事も出来るが、これで十分だから増やす必要は無い。



「……行け」



 天に向けて上げたままだった第一右腕を、言葉と共にスっと下へと振り下ろす。その瞬間、滅びの剣達は一斉にダーレイの軍勢へと襲い掛かり、俺の意思の通りに瞬く間に蹂躙し始めた。

 その、宙を華麗に動き回り魔物を次々と斬り付ける剣達は、さながら踊りを舞ってる様にも見える。

 滅びの剣で斬り付けられた魔物達は、毛ほどの傷を負っただけでも灰色の粒子となり、程なくして消滅して行った。その様子は、まるでインベーダーゲームの敵の様だ。

 それはともかく、僅か数秒の内にダーレイを除く全ての魔物は消滅した。そこで俺はルインソードを解除した。何かの拍子で間違えてセダイに飛ばしたら、セダイが丸ごと消えちまうからな。



「な、な、な……何を……した……? 数百年を掛けて作り上げた我が精鋭達が、この世界をワシの世界へとする為の軍勢が……一瞬で…………」


「だから言ったろ? 破壊神だって。お前だけは他のと一緒に消滅させちゃあ可哀想だから、この俺直々に消してやる。ありがたく思えよ?」


「ふ、ふざけるでないわぁぁぁ!!! ワシを甘く見るでないぞぉっ!! 『天に煌めく数多の星よ……我がマナを糧に地上に破壊の恵みを与えよ……! 【メテオフォール】』」



 ダーレイは呪文を唱え、天空から隕石を呼び寄せた。さすが魔王を名乗ってるだけはある。人間で言う所の神級魔法をあっさりと使ったんだからな。しかしそれは一先ず置いといて、隕石を何とかしないと。

 愚痴を零しつつ、俺は障壁を展開させる事にした。



「……はぁ。破壊神たる俺の前では無意味なんだがな。【滅びの障壁ルインバリア】」



 ダーレイの呪文と共に辺りは暗くなり、空は闇に覆われた。その暗闇の中を、巨大な火の玉が凄まじい速度でこちらに向かって飛来するのが見える。……奴が呼び寄せた隕石だ。

 凄まじい速度で落下してくるその隕石だが、俺はその落下地点を瞬時に特定し、その上空へと小さな障壁を展開させた。それと同時、次の瞬間には俺の狙い通りに障壁へと激突する。

 隕石はその障壁に激突した瞬間から灰色の粒子へと変わり、そして消えていく。辺りは何事もなかったかの様に再び明るさを取り戻すと、緑豊かな自然を太陽が照らし出す。そのいつも通りに降り注ぐ太陽の陽射しを浴びて、植物達も気持ち良さそうだ。



「ば、ば、馬鹿な!? ワシの、ワシの最大の破壊魔法を……あんなちっぽけな障壁で……消滅……させるなんて」


「お前は破壊が好きなのか!? ……まるで破壊神だな。だったら、お前が好きな破壊の力で死んで行け」



 身体を僅かに宙に浮かせた俺は、静かにダーレイへと飛んで行く。第二右腕に破壊を司る漆黒の神威を纏わせながら。

 俺にはゆっくりとした移動だったが、ダーレイからすれば一瞬。奴の目は驚きに見開かれている。



「次に悪さをするんじゃないぞ? 【破壊の握撃ディストラクショングリップ】」


「なっ!? ぐおぉぉぉぉ……ぉぉ……ぉ…………ぉ…………ぉ………………」



 俺が握ったダーレイの左肩から始まり、腕、胴、足、そして頭。内部からと外部から同時に破壊され、緑色の醜い血飛沫を上げながら弾け飛ぶ様に絶命していった。……こう言った方が良いか? ふっ、汚ぇ花火だぜ。なんてな♪



「さて、と。次はコイツらの魂を



 生まれ変わらせるのは良いが、今の姿のままではそれも出来ない。創造神の姿へと変わる必要がある。

 あ、ちなみにだが今の姿を説明すると、腕は四本あって、足は二本。もちろん、二足歩行だぞ? 宙に浮くことも出来るが。

 そして、肌は日に焼けた様な浅黒い肌だ。

 それで髪の毛だが、色は漆黒色で長さは背中の中程まである。正直鬱陶しいんだけど、何をしてもこの長さに戻っちまうから仕方ない。

 それと顔だが、自分で言うのもなんだがイケメンだ。……神だから当然だろ? 神々しい顔だ。

 その神々しい顔の、両目の色は深紅。額にある第三の目は金色だ。

 おっと、いけないいけない。早くしないと魂達が本当に消滅しちまう。


 俺は意識を切り替え、創造神としての姿へと変化した。


 それで、創造神の姿なんだけど……ほとんど変わらないです。変わった所と言えばまずは身長が小さくなった事と、逞しい胸板が美しい形だけど小さなおっぱいに変わった事、それに髪の色が真っ白……新雪色になったくらいですかね。腕は四本のままですね。あ、肌は透ける様でいて健康的な白い肌です!

 しかし、おっぱいが何故大きくないのか。……不思議です。



「危ないです! 早くしないと魂達が! 『身寄りの無い無垢なる魂達よ。我が身に宿り、新たなる輪廻へと旅立て……! 【輪廻転生リーンカーネーション】』」



 その言葉を言うと同時に、ボクは第二右腕、第二左腕を天を支える様に空へと掲げ、次に第一右腕、第一左腕を下腹部の前で組んだです。……このポーズが大事なんです!

 すると、何も無い筈の空間からポツリポツリと眩い光の粒子が浮かび上がり、やがて膨大な数になると……その全てがボクの身体へと吸い込まれていったです。これで大丈夫ですね! ボクの中は母の胎内。安らかな時を過ごし、新しい命として旅立って行くです。



「さて、終わったので元に戻るとするです!」



 戻ると言っても、腕が二本になって額の第三の目が閉じて、そこに目があるとは思えない額に戻るだけですが。

 ……言いたくは無いですが、おっぱいが……更に小さくなったです。ホント、不思議です。

 ともあれ、これで見た目は普通の美少女です!

 ちなみに、服はちゃんと着てるですよ? 【女神の羽衣】という名の、いわゆるローブの一種ですね。色はピンクで、袖と裾、それと背中に百合の花の刺繍が美しい【神々の遺産】と呼ばれる物です。まぁ、ボクが創ったですけどね!



「では、セダイでを探すとするです♪」



 あ、ボクの名前も『ユーリ』だよ? 覚えてね♪

 ちなみに、ボクの出身は地球の日本です。

 そんなボクが、何でこんな魔物やら魔法やらが溢れるファンタジーな世界に居るかと言うと、それは……ある日を境に変わってしまったからです。


 そう、それは忘れもしないあの夏の日――。




 ☆☆☆




 時は西暦二〇一八年、八月某日。埼玉県の某所。ボクは……いや、俺は建築現場で働いていた。



「あっちぃなぁ! 豊! てめぇのせいだぞ!?」


「うるっせぇ!! それよりも、どーだ? この後、呑みに行かねぇか?」



 現場で汗水垂らして働きながら、悪態を言い合ってるが、こいつは俺の幼馴染みであり、親友でもある『諏訪 豊すわ ゆたか』だ。歳は俺と同じで四十三歳だ。


 ちなみに俺の名前は『荒神 勇利あらがみ ゆうり』だ。今言ったばかりだが、豊と同じで四十三歳になる。十五年前に妻を娶り、二人の子宝にも恵まれた。十年前に購入した家の住宅ローンに追われる、貧乏な建築職人だ。

 ……それはともかく、豊の誘いに返事をしねぇとな。



「てめぇと呑むと、最後は必ず俺が払う羽目になるんだから、行く訳ねぇだろ! それに……愛する家族が俺の帰りを待ってるからなぁ」


「今年の夏があちぃのは勇利の所為じゃねぇか!! おーやだやだ。これだから妻子持ちは釣れねぇってんだよな! 昔はギラギラしててよぉ、誰彼構わず噛み付いて、んでもって何かを壊すまで収まらなかったってのによぉ。丸くなっちまいやがって」


「……ほっとけ! おぅ、豊。俺は先に上がるぞ?」


「おぅ! 後はやっといてやる! さっさと帰れ! 勇利がいると暑くてかなわねぇ!」



 俺は現場に豊を残し、一足先に家路に着いた。その際、腐れ縁ってやつだが同級生であり、俺らの上司にあたる『山田 秀夫やまだ ひでお』に嫌味を言われた。

 何て言われたかと言うと「あーあー、ろくな仕事しかしないでまた早帰り。給料泥棒を雇う程儲かってんのかねぇ、うちの会社」などとかしやがった。こいつは昔から俺に、事ある毎に喧嘩を売ってきやがる。その度に返り討ちにしてたんだが、俺が家族を持った頃から上司となり、それで頭が上がらなくなっちまった。まぁいい。こんなどうでも良い奴よりも、さっさと帰って妻と子供達に癒されたいものだ。


 その後、現場から車で一時間程走り、愛する家族が住む我が城、夢のマイホームへと帰った。

 車を車庫に入れ、ドアの鍵を開けて家に入ると……妻と子供達が笑顔で出迎えてくれた。その途端、秀夫の嫌な顔も仕事の疲れも全て吹き飛んだ。……家族の笑顔って、良いよな♪



「おかえり、あなた」


「パパ、おかえりー!」


「おかえり、パパ♪」


「あぁ、ただいま。良い子にしてたか? じゃないと、明日の遊園地は行かねぇぞ?」



 そう。明日は休日だ。以前から約束してたから、例え良い子にしてなくても連れて行くさ。俺も楽しみにしてたからな♪

 ともあれ、玄関で行く行かないの話をしてても仕方ない。さっさと風呂に入って、家族を肴にビールだ!



「あなた……ごめん! ビールを切らしてたみたい! 悪いんだけど、飲みたいなら買ってきてくれる? その間にもう一品おつまみ用意しておくから、ね?」


「……分かった」



 風呂から出てリビングに行くと、妻……『荒神 美代あらがみ みよ』からビールが無いと言われた。

 その妻の美代は俺より二つ歳上で、今年で四十五歳。俗に言う姉さん女房ってやつだ。昔はスマートで綺麗だったんだが、子供を産む度に体重を増やし……今では俺よりも重たかったりする。もちろん、今でも愛してるぞ?



「なぁに、あなた?」


「いや、何でもない。じゃ、行ってくる」



 俺の考えは、どうやら筒抜けらしい。ジト目で見詰められた。

 そんな事より、さっさと買いに行ってくるか。じゃないと、いつまで経っても飲めやしない。



「パパ! ついでにのアイスも買ってきて!」


「僕も僕も! 僕はアイスとポテチもね♪」


「……俺の小遣い少ねぇんだぞ?」



 俺に強請ねだって来たのは、当然俺の愛する子供達。

 上の子が『荒神 小桜あらがみ こはる』で、下が『荒神 大和あらがみ やまと』だ。小桜は今年で十三歳になったばかりの中学一年生で、大和が今年十一歳の小学五年生。家ではいつも一緒に遊んでる仲良し姉弟だ。


 ともあれ、家を出て近所のコンビニへ。コンビニへは歩いて二十分程掛かる。

 ……車で行けって? さっきも言ったが、ローンを抱える俺は貧乏なの! だから歩いて行ける距離なら歩く!

 と、とにかく、街路灯に照らされた夜道を暫く歩いていると、何やら妙に生暖かい風が吹いて来た。それと同時、誰かが犬の散歩でもさせているのか、ハッハッハッハッという犬独特の呼吸音も聞こえてくる。



(こんな時間に犬の散歩か? でも、昼間働いてるってぇなら、夜に犬を散歩させても別に変じゃねぇか……)



 そんな事を思いながら歩いていたんだが、その呼吸音は段々と近付いてきて、俺の直ぐ真後ろにその気配を感じる迄になった。



(まさか、放し飼いか!? だったら、噛まれるじゃねぇか!)



 その事に思い至った俺はそう考え、そして覚悟を決めた。

 だって、噛まれるのは痛いから嫌だ。誰もがそう思うだろう? それに怖いってな。だから俺も、少し恐ろしかったけど噛まれる前に蹴りを一発入れれば逃げるだろうと思い、後ろを振り返りながら足元へと向けて回し蹴りを放ったんだ。

 だが、そこに犬の姿は無く、代わりに居たのは……そう、人間の様な化け物だった。


 今思えば、この時から異変は起きていたのだろう。この世界が変わってしまう、とんでもない異変が――。

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