第23話 心を伝える

 俺は、克己先輩の言葉に思わず目まいがした。足元が不意に揺らぎ、先輩に倒れかかってしまう。俺は目の前が真っ暗な思いだった。無力感が胸を刺す。それなら、部紹介でも新歓でも何をやっても無駄じゃないのか? 先輩が手をやって支えてくれた。少しでも解決策はないか。先輩の暖かさを感じながらまずは質問していく。

「あの、先輩、世間的に敬遠されてるっていうのは、なんでだと思いますか? あ、変人どうの以外で何かあるとしたら、なんだと思いますか? 」

「なんだよ? さっき、変人の集まりだとでも思われてるって言ったよな。それじゃだめなのか? 」

「はい……。自分の中で、皆さんがそうだって実感もわきませんし、何か敬遠されてることを解決できるのならばそうしたいなと。」

「そっか……。うーん。」

少し間をおいて、先輩はつぶやくように言葉を紡ぐ。

「確かに、うちにはそんなやつはいないっぽいからお前がそういうのもわかる。敬遠理由としてはな、多分演劇ってのの特質上、ある程度入るような人の性格とかも限られてくるんだ。入る人は、好きか嫌いかは別として、人の前に出て話すことに抵抗があんまりないとか、そういう共通点がある。だから、そういうのが苦手な人が引いてくるのは間違いない。」

やはり受け手の意識の問題になるんだろうか。でも、それだけで新歓の客席がガラガラになるはずは無い。記憶が正しければ、俺が行ったときは10人もいなかった。他にも理由があるはずだ。

「他にはなんか無いですかね……僕らで解決できそうな問題点……。」

「まだ言うのか!? 」

先輩は驚き、少し呆れた様子ながらもどことなく嬉しそうに見えた。

「他か……解決できそうな問題点は無さそうだな。やっぱり基本的に演劇部は運動部が優遇されがちな部活の中で、文化部のそれもマイナーな方だ。下には下がいるかもしれないが、俺達はいわゆるマイノリティーで、知名度が低い。マイノリティーだから存在を知られず、偏見が独り歩きしてさらに人が来なくなる。だから、敬遠以前に客が来ないのはそういう理由もあるだろう。」

「ほんとにないですか? さっき無いって言ってましたけど、知名度の低さをカバーするためにポスターとか作ってるんじゃないんですか? 」

「それはもうやってるだろ! お前はその先を知りたかったんじゃないのか? 」

「それは、確かにそうですけど……。」

「でも、これで分かっただろ? 客の意識の問題だから俺達にはどうしようもない。けど、知名度に関しては宣伝でなんとかしてるし打てる手は打ってる。これ以上は如何ともし難い。最初も言ったけど、俺達は周りの目なんて気にしないで、自分のできることをやればいいんだ。客を増やすのも大事だけど、せっかく来てくれた客に喜んで、楽しんで帰ってもらえるようにするのも俺達の仕事だ。」

「それってあくまで本番の話ですよね? 今日の部紹介ではどうしたら……」

「国之、まさかお前心配性か? 同じだよ。所詮偏見やら何やらは相手の持つものでしかない。なんなら俺達も演劇部は先輩と後輩のつながりが深い楽しい場所だって偏見を持ってる。とにかく、美智の書いてくれた台本に沿って、それをアピールしていくんだ。何も無力なんかじゃないさ。」

「はい!! そういえば、克己先輩主人公的ポジションでしたよね。頑張ってくださいよ!! 」

「ありがとう。でも、あれはあいつが適当に決めたキャストだしなぁ……」

苦笑しつつも嬉しそうな先輩。かなり気持ちが楽になった。ふと時間を確認した先輩が驚く。

「おい! 始業まであと5分じゃないか!! 急いで帰るぞ!! 」

「え!? はい!」

確かに、校門の方に目をやるとなんとか時間内に駆け込もうとする黒い影がちらほらと見受けられた。俺達は若干移動してはいたものの、ほとんど下駄箱のところだった。急ぎ向かう。壁にはいつの間にやら公演のポスターが貼ってあった。しかもちゃんと生徒会の印も押してある。とても頼もしいことだし、素直に嬉しい。1点、凄まじく心惹かれるところがあった。言いようのない感情が襲う。始業のチャイムがなっていることも忘れ、俺は少しの間眺め続けた。

 6時間目、授業の一部を使って行う部紹介は順調に進んでいる。俺達、2年3組の6時間目は古典で、幸い自習なようなので勉強の心配はない。心置きなく部紹介に専念できる。

「それでは、演劇部の皆さん、ステージの袖の方に移動して待機、お願いします。」

3つ前の部活が終わり、俺達は生徒会の人の指示で袖に向かう。ちょうどステージの右側。舞台の上手(かみて)に当たる位置だ。袖に入ると、懐かしい光景が広がった。そういえばここに入るのも高校演劇のデビュー戦となった学祭以来だ。静かに緊張を高めていく。

「それでは、演劇部さん、お願いします!! 」

司会の合図でまずは主役あたりとなる克己先輩が洋々と舞台に出ていく。普段はスタッフしかしていない先輩が舞台に立つのは異例で、少し楽しみでもあった。先輩は今まで見たことのないような生き生きとした演技で演じきり、俺のは出番も特に問題が無く演じきれた。すべての出番が終わったラストシーン、ここからは台本はあるものの素の感情、克己先輩の言うとおり全力で魅力を伝えに行こう。

「私達は2年生3名、3年生6名の、計9名で活動しています! 部活は世代間の壁がなくみんな仲良しで、部活が一番自分らしくいられる場所です!! 」

役割を果たし、少し安堵して他が終わるのを待つ。全員が話し終わり、礼をすると会場は思ったよりも7割増の拍手に包まれた。やはり、こういうことは見てもらえるものなのだろう。最初ひいらない心配をしていた自分が少し恥ずかしく思えた。1年生の何人かは目を輝かせてみてくれていた。退場の際にも、幾人もの1年生と目が合った。もしかするとここの何人かは実際に演劇部員として一年間をともにするかもしれない。

 午後の陽光がカーテンの隙間から細く部室を照らし出す。今日の雲量は3といったところか。この日の部活は、部紹介の影響もあってか最近にしてはやけににぎやかに始まった。基礎のストレッチをやっている時でさえ、話し声は止まない。しかし、やはりミーティングが始まると気持ちが切り替わるようで、みんな一気に真剣な顔になる。糸が音を立ててビーンと張った。

「今日は昨日までにできなかった確認事項、中盤の握手のシーンからを返していきます。それから、音響さんと照明さんにお願いがあります。」

奏先輩の少し硬めの声が二人を呼ぶ。

「克己と佳穂には、今の段階でできるだけ照明と音響のキュー合わせを返しの時とかを使ってやっててほしいです。今回はあまり使わないので優先度は低いかもしれませんが、重要なのできっちりとやっておいてほしいです。」

「はい。」

音響と照明にも仕事がまだまだありそうだ。「キュー合わせ」は確かタイミング合わせだったはずだ。二人の呼吸と芝居の間を合わせる作業は慣れるまでが至難の技らしい。二人を内心労いながらも、俺は自分の言うべきことを言う。少し水を差すことになるかもしれないが。

「広報のポスターをやっていただいた皆さん、誰かは把握しきれていませんが本当にありがとうございました。ただ、きちんと作業の進展とかを報告してもらえるとやりやすいです。こういう大きなことはみんなで共有したいので、しっかり報告の方をよろしくお願いします! 」

今日も部活が始まった。きちんと目的意識を持てているし、演技の方も細かいダメこそあれ全体的に調子は悪くない。芝居と部活自体はなんの問題もなく過ぎていった。

 しかし、良事魔多しとはこのことだ。その日の終わり、俺が大道具のロッカーを動かしているときだった。全く気づかぬうちに照明器具の乗ったキャスターとロッカーが交錯し、照明のコードに引かれてロッカーが音を立てて倒れた。

「あ……ごめんなさい!! 」

思わず視線が集中する中、倒れたロッカーを直しに行くとき、俺はまたやってしまったことに気づいた。照明のキャスターを持っていた佳穂先輩が右膝のすねあたりを押さえている。

「佳穂先輩!? ごめんなさい……大丈夫ですか!?」

先輩のひざからは少し赤いものが見えた。どうやら擦って血が出てしまったようだ。また、目の前が回りだす。咄嗟に救急バックから絆創膏を出してきた由香里先輩の機転で何とか収まったものの、俺はどうしようもない胸の痛みを感じていた。薄手とはいえ、怪我をさせてしまった責任の一端は俺にある。

「佳穂先輩……ほんとに申し訳ないです。僕の不注意でした。」

「気にしないでいいよ。次から気をつけなさいよ。」

「はい。ちゃんと周り見てから動きます。」

先輩はこう言ってくれたからには、これ以上いいすがる必要はない。俺はまだ熱く鳴る胸を抑えて言葉を紡いだ。こういうのが俺の悪い癖だ。ともあれ、次にこういうことをしたらいよいよだ。絶対にしてはならない。熱く照る太陽の下、少し隙間風が入ったようで俺は身震いをした。

 翌日、13日の金曜日という響き的にはなんとも演技の悪いこの日。

「すみません、ここ、演劇部の部室ですよね……? 清水先生いらっしゃいませんか……?」

ミーティング終わりの、公演一週間前の部室に一人の男子生徒が入ってきた。彼の靴のラインは俺たちの赤でも、先輩達の黒でもなかった。そして、手には無論チェンソーなどではなく、一枚の紙が握られていた。

「僕、演劇部に入りたくて、入部届出したいんですけど、先生はどこにいらっしゃいますか? 」

一瞬戸惑うように、でも芯の通った名も知らぬ後輩の声が響く。心の中は水を打ったように静まり、凍りつき、ついで一気に湧いた。

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