第15話 げーむ

 部屋に戻るといつの間にか布団が敷かれていた。このまま寝ようかと思ったが、何も食べていないので思い出したように腹が減ってきた。


 カロ〇ーメイトなら即座に食べられるがこれは非常事態用だ。下手に消費すれば後で痛い目を見るに違いない。リュックサックに伸びた手を下ろしどうしたものかと頭を捻っていると、障子が静かに開きギンギツネが顔を出した。


「何も食べてないだろうからお腹が減ったんじゃない?」


 なんてタイムリーな言葉だろうか。そう思いながら首肯した。それを見たギンギツネはこっちよ、と手招きしながら部屋を出たのでそれに続いた。






 彼女に続いて辿り着いたのはいわゆる憩いの場であった。木製の長椅子や卓球台などが置かれている。何より目に留まったのは大きなテーブルの上に置かれた籠だ。中には例のパーティーでたらふく食べたジャパリまんがこれでもかと詰まっていた。あの時と違う点は色とりどりの宝箱ではなく、雪景色のように澄んだ白一色のみという所だ。


 中心に刻まれた「の」の文字は雪原を彩る幸福の花と名高い福寿草を彷彿とさせる黄金こがね色だ。もっとも、福寿草は食用ではないが美しい事に変わりない。


「これ、食べてもいいんですか!?」


 やたら食い気味で聞いたからか引き気味に首肯された。


「え、ええ。でも、私達の分も入ってるから食べ過ぎないでね。」

「分かりました!」


 あの時は半ば苦しみながら食べていたが、今ならゆっくりと味を堪能出来る。これは楽しみだ。


 ほとばしる高揚感を抑えつつジャパリまんを口に運んだ。


 以前食べたものはまんじゅうの上位互換そのものであったが、これは非常に柔らかく粘り気が強いあんこ入りの餅だ。しっかり噛まねば喉に詰まりそうだが、その分味がしっかり口内に広がり心地よい幸福感に包まれた。


 やっぱりこれ美味しいなぁ!なんかみなぎってくる感じがたまらん!


 ギンギツネは一個食べて一息置いていたが、エルシアは既に二つ胃に収め、三個目を頬張っていた。


「さっきも言ったけどあんまり食べ過ぎないでね?」

「ええ!分かっています!」


 本当に分かっているのかという呆れ顔で見られている事にも気付かず幸せそうに食べ続けた。


 四個目を食べていると、視界の端に黄色い影が映った。


「ねえ、今からげーむやろうよ。」


 今のなんかみなぎってる俺なら負ける気がしないね!


「いいよ!」

「もうちょっとで寝る時間なんだから程々にね?」


 確かにそうだな。まあ、あんまり遅くまでやり続けないように俺が気を付ければいいでしょ!


「うん。」

「分かりました!」


 食べかけていたジャパリまんをしっかり噛んで飲み込み、廊下を歩きだした彼女に続いた。






「これやろうよ。」


 彼女が指差す先にはハンドルの付いたゲーム台が並んでいた。


「え……これって……!」


 こ…これはッ!ブォンブォンと音を鳴らした後に赤い帽子を被ったヒゲ面の男が何か喋って起動するアレじゃないか!


「これ、知ってるの?」

「知ってるも何も俺の好きなゲームだよ!」


 爆弾の兵士とかバナナの皮で前後に惨劇をもたらしたり車にとりつけられた風船を奪い合ったりした思い出がある。あれは面白かった。


「じゃあこれで勝負しようよ。」

「いいよ!」


「手加減無しでやってね。」

「分かった!」


 今ここに、キタキツネとエルシアのレースバトルが幕を開けた。


 どうやらコレは割と前のバージョンらしい。あの飛ぶやつが無いっぽい。しかしこのバージョンはひたすらに楽しんだんだ。負ける気がしないね!


 彼が操作するキャラクターはハンドルを握っていないのに何故か運転できるファ〇コンのような色合いのロボット。たまに胴体が回転する。一方、キタキツネはトゲの付いた緑の甲羅を持つ黄色いヤツだ。彼女曰く、顔回りが柔らかそうで好きらしい。






「あと一周!あと一周だ!」


 全三周のうち残り一周、現在一位はエルシア、二位にキタキツネ、三位から八位にNPCが並んでいる。


 すると突然イカが画面の前に現れ、視界がイカ墨まみれになった。


 出た!ゲッ〇ーだ!……でも、今の俺には効かん!


 左上に表示されているボックスの中には、墨で見えにくくなっているが顔がついたキノコが入っていた。彼はそれを使った。すると、視界を覆っていたイカ墨がみるみるうちにきれいさっぱり無くなった。


 間髪入れずに先程まで彼が居た所に緑色の甲羅が飛んできた。


「……外したか。」

「へへっ!当たらないね!」


 油断していると、背後から青い閃光を引き連れた羽付きの青い甲羅が現れた。


「げっ!青甲羅!」


 青い甲羅はエルシアの操る車に突撃し、独走を食い止めた。


「お先~。」


 失速したエルシアの横をキタキツネが通り過ぎて言った。


 負けじと緑の甲羅を追いかけているとキャラクターに雷が降り注ぎ、豆粒ほどの大きさに変わった。その勢いで先行していたキタキツネがアイテムをまき散らしながら大きく失速した。


 誰がやったか知らんがいいセンスだ!今のうちに追いつこう!


 雷の影響で失速しながらも勝利を求め車を走らせた。キタキツネが所持していたキノコが地面に落ちているのが見え、ニヤリと笑った。


 あれで一発逆転を狙うぞ!


 キノコに向け走り、獲得した瞬間に一気に加速しキタキツネを追い越した。


「おっ先~!」

「くっ……!ボクが負けるなんて……!」


 ゴールは目前だ。この勝負、俺の勝ちだ!


 すると、背後から爆弾が飛んできた。それも進行方向に急に現れたものだから避けられるはずも無く、見事にぶち当たり車体が宙を舞った。彼は舞い上がる車体の下を颯爽と駆け抜ける元の大きさの緑色の帽子の男を見逃さなかった。


「ル〇ージイイイィィィィィィ!!!」


 帽子の男はキタキツネも追い越し、緑色の帽子を被ったヒゲ面の男が一位、キタキツネが二位、エルシアが三位という結果になった。


「ねぇねぇ、もう一回やろうよ?」

「もちろん!次は風船取りする?」

「うん!」


 ルールは至極単純。手持ちの風船が全て無くなった時点で負けとなり、最後に残った者が優勝となる。


 戦いの場は幽霊屋敷のような空中に浮いた場所だ。細かくフロアが分けられており奇襲に打ってつけだが、操作を誤れば落下する危険もある油断出来ないステージだ。


 序盤は八人居たが、現在残っているのはエルシア、キタキツネ、キノコのような頭を持つ少年、そしてエルシアの因縁の緑色の帽子の男であった。


「俺のドリフトを舐めるなあぁぁ!!!」


 キノコの力により彼の操るロボットが急に加速しトゲ付きの緑の甲羅に突撃した。甲羅を背負ったモンスターはその勢いで右の壁にぶつかり、おまけに何故か風船が一つ減っていた。代わりにロボットの青い風船の中に黄色い風船が一つ増えていた。


「ああ、ボクの風船が!」


 そう、彼が風船取りと呼んでいたように、相手の風船を割るだけでなく奪って自分の持ち分に出来るのだ。


 残機が一つ増えてすっかり舞い上がっていたが、後ろから赤い甲羅が出現し、風船を一つ失ってしまった。彼を煽るように横を過ぎ去った者はやはり緑色の帽子を被っていた。


「〇イージイイイィィィィィィ!!!」


 何だ!?そんなに俺が嫌いなのか!?


「やられたらやり返す!倍返しだ!」


 背後に警戒しながら虹色のアイテムボックスを割った。今回は爆弾兵だ。この場所で前方に投げれば天井につっかえて自分が被弾するはめになるが、後ろ向きに発射すれば最悪被弾してもどうにか相手を巻き込む可能性がある。


 そう考え狭い屋内を抜け落ちる危険の高い外に出ようと角に向かった。ここならば天井が無いのでつっかえずに発射出来る。


「……ッ!危なかった……。」


 部屋を出た所の角にバナナの皮が放置されていたが、間一髪の所で踏みとどまり事なきを得た。安堵している背後にキノコ頭が迫ってきた。前方にはバナナの皮、後方にはキノコ頭。これはまずい。


 どの道ダメージを負うくらいなら巻き添えにしてやればいい。そう思い、車体に爆弾をせっとし、そのままバックして自分もろとも攻撃を受けた。


 どうやらキノコ頭は風船を一つしか持っていなかったようでそのまま退場していった。


 それと同じ頃に遠くから緑のヒゲの悲痛な声が聞こえた。これで残りは二人だ。こちらの残機は二。あちらは不明。気を引き締めねば。


 アイテムボックスを慎重に取りに行った。肝心の中身は緑色の甲羅だ。赤のような追尾機能は備わっていないが、十分有効活用出来る。そんな事を考えていると、後方から赤い甲羅が現れた。


 出たな!だが、俺には効かん!


 車に甲羅を装備し、打ち合わせて無効化した。


 すると、更に赤い甲羅が現れた。


「な、何ィッ!?」


 回避する手段が無いので一撃食らってしまった。残る残機は一つ。彼にはこの後何が起こるか分かり切っていたので一目散にアイテムボックスへと向かった。アイテムボックスのシャッフルが収まる前にトゲ付き甲羅が屋内から現れた。車体の後方には赤い甲羅が装備されている。


「ボクの勝ちだよ。」

「ちくしょおおおお…………!」


 勝ち誇った声と共に投げられた甲羅により残機がゼロとなり、バトルは終了した。叫ぶ声と裏腹に、彼は心の中でキタキツネの計算高さと運を称賛した。


「もう夜も遅いしここまでにしよう。」

「え~?もうちょっとやろうよ~?」

「もうやめとかないと明日ちゃんと起きられないよ?」

「う~ん、そうだけどいつもより楽しいからもうちょっとやりたい~!」


 嬉しい事言ってくれるねぇ。本当はまだ遊び足りないけど明日寝過ごす訳にもいかないし、どうしたもんかなぁ……。


 頭を抱えていると通路から紺色の服を着たフレンズがこちらに向かってきた。


「ほろ、もう寝るわよ?」

「え~もうちょっとやりたい~!」

「私と一緒じゃないと寝れないのは誰かしらねぇ~?」

「ちょ、それ言っちゃダメだよ!」


 へえ、思ってたより仲がいいんだなぁ~。素晴らしい事だと思います。存分に誇ってください。


「それじゃあ、おやすみなさい!」

「おやすみ~。」

「おやすみ!」


 俺も部屋に戻るか。体が冷えないうちにさっさと寝よう。


 先程通った通路を通り部屋に戻り、ぼんやりと照らす灯りを灯し、布団にくるまり瞳を閉じた。






 誰もが寝静まった真夜中。彼の部屋に怪しい影が動いていた。薄暗い為姿ははっきりと見えないが、黒い服を来ている事は分かる。


『ピピッ……魔*@論を%構築……再構#……』


 黒い服に身を包む何者かは、彼のリュックサックから例の本を取り出し細工を始めた。開かれたページが淡い光を発している。


「おいおい、この世界にゃァまともに”魔術”すら使えるやつも居ねェのかァ?こんなんで”魔法”を再現しようなんて片腹痛ェぜ!」

「……誰ぇ?」

「おっと、起きちまったかァ?いや、寝ぼけてるっぽいな。こっちも用は済んだしここらでおいとまさせてもらうぜ!あ~ばよっと!」


 何者かは影すら残さずに姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る