第16話 さんぽ

 朝日が昇り照らされた雪が白銀に輝き始めた頃、彼は起床した。


「ん~よく寝た~。」


 あれ?何でしまったはずの本が外に出てるんだ?


 リュックサックの横に落ちていた本を拾い表紙を眺めた。例のごとく物々しい雰囲気は健在だ。


 ……そういえば、変な夢を見た気がする。どんな夢だったっけ……。


 そう思いながらペラっとページをめくった。


『なぁ!なぁ!そなたは我に何をしてくれたのだ!?』


 開いた途端にまくし立てるように声が聞こえたので、危うく落としそうになった。


「え?特に何もしてないけど……?」

『そんな筈は無かろう!我に何か施してくれたのであろう!?その証拠に我の知識がより深みを増しておる!しかし我の知の探求に終わりなど無い!これからも邁進まいしんしてゆくぞ!』


 なんだかよく分からないが嬉しそうで何よりだ。


「本当に何もしてないんだが……。」

『全く謙遜しおってからに!さすが我が同胞である!もっと誇ってよいぞ!』


 出た。謎多き言葉『同胞』。この本と俺に共通点があるとは思えないが度々口走る。今日こそは聞いてみるか。


「そういえばその『同胞』ってどういう意味なの?」

『何を今更!つくづく面白い奴よ!そなたからは”魔導”の力をひしひしと感じる!それ故の同胞に決まっておろう!』


 へ?魔導?魔法じゃなくて?


『まさかそなたともあろう者が”魔導”を知らぬ筈が無かろう?』

「いや、知らないけど?」

『そうであるな当然のk……今、知らぬと言ったか?』


 何故か本の高ぶっていた語気が急に冷めた。


「う、うん。」

『そんな筈は無かろう?では何故”魔導”の力を宿しておる?知らぬ者が容易く扱える代物では無いのだぞ?』

「何故って言われてもなぁ~。一部の記憶が飛んじゃってるからどうしようもないし……。」


 俺の居た日本は魔法が蔓延るファンタジー国家だったのか?でも、魔法なんて使った覚えは無いし……。


『なるほど記憶が無い、とな……。であれば、これはまだ話す訳にはいかぬ。気を伺わねばな。』


 むむ……。隠されると気になるけど今聞いても混乱するよな?


「そうだね。じゃあ、頃合いになったら教えて。」

『うむ!任された!』







 それから例の憩いの場へ行くと、フレンズ達が各々席に座りジャパリまんをほおばっていた。


「あっ!おはようございます!」

「おはよー!」

「おはようございます。」

「うん!おはよう!」


 朝の挨拶を互いに交わし、席を見渡すとスナネコの横が空いていたのでそこに座った。


 テーブルの上の籠に入れられているのはやはりジャパリまんだ。昨日と同じ品だが美味いのだから何ら問題なく食せる。


 一つ手に取り口に運んだ。あんの優しい主張と溶けそうな程に柔らかい生地の相性は抜群だ。きっと今の表情は間の抜けた顔をしているのだろうが、それがどうでも良いと思えるくらい美味い。


「美味しそうに食べますねぇ~。見てるこっちも幸せになります。」

「そ、そう?」


 そんなに食い意地張ってたかな?ちょっと自重した方がいいかもな……。


「いっぱい食べられるのはいい事ですから自信持っていいと思いますよ!」

「すっごく分かる!ジャパリまん美味しいから食べ過ぎちゃわないように気をつけてね!」


 別に怒られてる訳でもないし気にせず食べるか!


「うん!」


 時折風が吹く音が耳に入ったがここでは普通なのだろうと考え気にせず食べ続けた。






 ジャパリまんを食べ終わりいよいよ出発しようかというその時、吹雪が吹き始めた。


「ラッキーさん、この天気で車は出せますか?」

「危険ダネ、ボクハ推奨シナイヨ。」


 吹き荒れる吹雪により視界は全く良くない。


「吹雪が酷いし、止むのを待ってから行った方がいいわね。」


 果たしていつ頃止むのだろうか。詳しくないので何とも言えないが時間がかかりそうだ。


「またげーむする?」

「もちろん!今度こそ勝ってみせる!」


 やっぱり何もせずに過ごすより楽しみながら待つべきだね!


 二人でブォンブォン言わせている内に吹雪は止み、再び太陽が顔を見せた。


「また来ますね!」

「またねー!」

「またげーむしようね!」

「うん!」


 一行はバスに乗り込み、次の目的地へと向かった。






 森を走りながらろっじに向かっていたが、夜も深くなってきたのでバスの中で野宿する事になった。


 初めての車中泊でどうにも眠れないエルシアは静かにバスを降りた。特に何をしようとは考えていなかったのでどうしたものかと悩んでいたが、ふと見上げた夜空が美しく輝いていたので、眠気を感じるまでと決め、バスにもたれ掛かりながら座って星を眺めていた。


 この先どうすればいいんだろう。パークがどれだけ広いか分からないけど一周する頃にはペレもここに来てるよな?そしたらペレと一緒に帰ればいいかな?でもここでの暮らしも悪くないし……。


 輝く星を眺めながら考え事をしていた所、バスから音が聞こえたので振り返ると、そこにはスナネコが立っていた。少し眠いのか、彼女の大きな目は半分程しか開いていない。


「何してるんですか?」

「眠れないから星を眺めてたんだよ。きれいでしょ?」


 すると、スナネコは肩が触れそうな位置に座った。


 ちょ、ちょっと近いな……。また眠気が飛びそうだ。


「砂漠の夜もきれいですけど、ここから見るのも悪くないですね~。」


 砂漠は滅多に曇りにならないからいつでも美しい星空を見られるという訳か。その代償として未だかつて無い凍てつく夜を過ごす必要があるが、それだけの価値はあるだろう。


 しばし夢中で空を眺めていたが、スナネコの事を思い出し横を見てみると、目はほとんど開いておらず眠る寸前であった。


「ここで寝たら風邪引いちゃうからバスに戻った方がいいよ?」

「まだ……大丈夫です……。」


 そう言葉を返されたが、この状況では寝言のように感じられる。


「眠かったら戻っていいからね?」

「分かり……ました……。」


 夜空に浮かぶ星々を繋いで星座を作っていると、柔らかい何かが首筋に触れた。少し驚きながら横を見ると、視界いっぱいに大きな耳が映りこんだ。


「スナネコちゃん?」


 声を掛けたが全く反応が無い。どうやら完全に眠ってしまったようだ。


 こんな所で寝たら間違いなく風邪を引くだろう。


「……ごめんね。」


 眠る少女に一言断りを入れ優しく持ち上げた。


 思ったより軽いな。起こさないように気を付けながら運ぼう。


 彼女を抱えたままそっとバスの中に入り、空いている場所に降ろした。全く起きる兆しは無く、すぅすぅ寝息を立てている。そのまま他の開いている席に座って寝ようかと思ったが、スナネコの大きな耳が目に留まった。


 初めてあった時も思ったけど、本当に大きな耳だな。日本に居る猫と触り心地も違うのかな……?


 彼の手は無意識に魅惑の耳に伸びていった。しかし、触れそうになる寸前で我に返りどうにか踏みとどまった。


 寝ている人の体に勝手に触るのは良くないな。それ抜きにしても触ったら間違いなく起こしてしまう。


「おやすみ。」


 眠る彼女に一言残して席に戻り静かに目を閉じた。






 翌朝、エルシアは揺すられる感覚により目覚めた。目を開けるとあの大きな金色の耳と瞳が目に映った。


「んぅ~。どうしたの?まだ起きなくてもいいくらいじゃない?」


 夜も更けってから寝たので満足に睡眠を取れなかった彼の目はしっかり開いていないが、同じくらいの時間に寝た筈のスナネコはパッチリ開いていた。


「今から散歩に行きませんかぁ~?」

「え?今から?」


 窓から外を見てみると、未だ薄暗く日も登り切っていない。おまけにまだ少し眠い。


 てかちょっと顔が近いな。結構眠気が吹き飛んじゃった。


「かばんちゃん達に一言言ってから行こう。」

「絶対に言っちゃダメですよ?」

「え?何で?」

「ナイショで行くから楽しいんですよ。」

「内緒……。」

「二人だけの秘密です。ダメですかぁ~?」


 そんな事言われたら言いにくくなるじゃないか……。


「分かった。二人だけの秘密にしよう。」

「それじゃあ早速行きましょう。」


 彼はバスを降りる時にリュックサックが頭をよぎったが、ただの散歩に荷物は不要だろうと思い置いていく事にして、二人はほのかに闇を抱える静かな森へと消えていった。






 しばらく森を歩く内に空は橙から青色へ変わりつつあったが、相変わらず道は薄暗く先がはっきりと見えない状況だ。


 横並びに歩いていた二人だが、彼には気になる点があった。


「どの辺まで行くの?」

「ボクはエルシアの横を歩いていただけですよ。」

「え……。」


 あー、うん。つまり……迷った。

 そのまま引き返そうにもクネクネ曲がった道無き道を進んで来たから無理そうだ。万事休す。


「はぁ……参ったな。……うん?」


 薄暗くて分かりにくいが、丸くて大きな何かがジョギング程の速度でこちらに向かってきている。


「セルリアンがこっちに来てますねぇ~。」

「分かるの!?」

「暗くても見えますよ。」

「と、とにかくどこかに逃げよう!」


 慌ててスナネコの手を掴み、駆け出した。






「はぁ……はぁ……もう追いかけて来てないよな?」


 セルリアンが居た所の反対方向に走り、どうにかまいたようだ。


「結構走ったな……。スナネコちゃんは大丈夫?」

「大丈夫です。」


 とっさとはいえいきなり手を掴んだからな。ちゃんと謝っておこう。


「ごめんね?いきなり手を掴んじゃって。」

「気にしていませんよ。それより……。」


 周囲を見渡しようやくそれに気づいた。


「嘘……だろ……。」


 まいたのは先程見かけたセルリアンだけで、別のセルリアンの群れに遭遇してしまったのだ。おまけに四方を包囲されている。


 武器になるようなものは無いのか?


 そう思いリュックサックの中身を探ろうとしたが、出る前に置いてきたのだ。無い袖は振れない。これでは話にならない。


「く、来るな!」


 足元に落ちていた木の棒を拾い、迫ってくるセルリアン達に向けた。しかしセルリアンは臆することなく向かってくる。


「く……!」


 迫り来るセルリアンの視線を注視して気づいてしまった。狙われているのは彼ではなくスナネコであった。


「やめろ!スナネコちゃんから離れろ!」


 彼の健闘虚しくセルリアン達は着実にスナネコとの距離を詰めていく。


「エルシアはここから逃げてください。」

「ダメだ!一緒に帰るんだ!」

「それは無理です。セルリアンの意識がボクに向いている内に逃げてください。」

「スナネコちゃんから離れろぉぉぉお!!!」


 彼はスナネコの忠告を聞かずにセルリアンをスナネコから遠ざけようと木の棒を何度もセルリアンに突きつけた。


 だが、棒はセルリアンに刺さらずにぶよぶよした表面を撫でるのみであった。


「ぐがっ!」


 煩わしく思ったセルリアンが突進して彼を後ろに弾いた。それでも諦めずに何度も挑んだが、結果は同じであった。


 あの時、散歩に行くと決めなければよかったのか。


 あるいはもっと俺が強ければ……。


「くそっ!」

「……エルシア。」

「スナネコちゃん?」

「ボクはエルシアに会えて、満足です。」


 そう言うスナネコの目は微かに潤んでいた。


 彼は仲間を助けられない自分がとても情けなかった。


 情けないという気持はやがて怒りに変わり、怒りのボルテージは際限なく上がっていく。怒りと共に体の奥からナニかが湧いてくる。


「グルゥゥゥゥゥアアアア!!!」


 抑えきれない衝動に身を委ね、森を震わせる程の叫び声を上げた。

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