第8話 たびだち

 今日の夕飯は野菜をたっぷり使ったシチューだ。


「ごちそうさまでした。今回のシチューとかいう奴も美味かったのです。」

「作った甲斐があるよ。」


 作ったものをおいしいと言ってもらえるのはやはり嬉しいな。


「博士。この後あの話をするのですか。」

「ええ。しかし、一人で大丈夫なので助手はゆっくり休んでおくといいのです。」


 若干不服そうな顔をしながら助手は大樹へ飛んで行った。


「さて。本題に入りますか。」


 来た。緊張の瞬間だ。


「エルシア。おまえはパークの外から来たと言っていましたね。」

「うん。まあ、その頃の記憶はまだ思い出せてないんだけどね。」

「という事はパークについてあまりよく知らないのですね?」

「え?まあ、そうだけど?」


 何を言われるか全く予想が出来ないのでどうにも心が落ち着かない。


「かばんにサーバル。おまえたちはもう一度パークを回りたいと言っていましたね。」

「はい!また昔見た景色を見たいのと、改めてフレンズの皆さんにお礼が言いたいので!」

「わたしもみんなとゆっくりお話したいから行きたい!」


 偶然とはいえ楽園に辿り着いたのだ。ぜひとも観光を楽しみたいものだ。


「ちょうどいい『おきゃくさん』も来たことですし、一緒にパークを回ってはどうかと思うのです。」

「ふぇ……?」


 今考えていた事をそのまま提案されたので、エルシアは思わず間の抜けた声を出してしまった。


「無理にとは言いません。でもパークには個性的なフレンズたちがわんさか居てとてもいい所なのです。長という立場からも回る事をおすすめするのです。」


 別に嫌な訳では無い。むしろ行ってみたい。この前のパーティーであまり話を出来なかったフレンズも居るだろうし、そんな子達とも色んな事を聞けるだろう。


「何を話しているんですかぁ?」


 すると、陰からふらふらとスナネコが現れた。


「スナネコはさばくちほーに帰る目処は立てているのですか?」

「いえ。特に考えていません。」

「ならばかばん達と一緒にパークを回るのはどうですか?きっとここに居るより楽しいですよ。」

「いいですね!ボクも行きます!」


 快く了承してくれたようだ。


「問題はどういった回り方で回るか、ですね。かばん、地図はありますか?」

「はい!」


 かばんが白い鞄から地図を取り出した。地図の中心に描かれたでこぼこした島がパークだろうか。島の内部には川や湖と思しきものが確認できる。


「おお。何ですかこれ?」

「これは地図って言って、ちほーの場所が分かるようになってるんだよ!」

「なるほど。」


 ここに暮らすフレンズならこれを見ただけで分かるのだろうか。パークの全体像を知らない彼にはさっぱりだ。


「僕はどこから回りたいという希望は無いのですが、スナネコさんはありますか?」

「こっちだとすぐさばくちほーに着いてしまうのでこっちはどうでしょうか?」


 そう言ってスナネコは右回りに地図をなぞった。


「エルシアさんはそれで構いませんか?」

「うん!俺はあくまでついていくだけだから!」

「決まりですね。明日の為にも早めに寝ておくとよいのです。」


 鶴の一声ならぬフクロウの一声により各々寝床へ向かい、しばらくして図書館に静寂が訪れた。






 そして、旅立ちの朝を迎えた。心地良い風が吹き、優しい朝陽が全身を照らしてくれる。旅立ちにはぴったりな天気だ。


「いよいよですね。」

「りょうりとしばしの別れなのです。」


 エルシアはどんだけ料理好きなんだと呆れていたその時、昨日発見した本の事を思い出し、例の本を持ってきた。


「あの、この本について何か知らない?」

「何ですか?何だかぞわぞわするのです。」

「見た事無い本ですね。博士の言う通りぞわぞわしますね。」


 長はこれを知らないようだ。他の皆はどうだろうか。


「僕も知りませんね。」

「わたしも知らないよ!」

「ボクも知りません。」


 とりあえず中を見てみるか。何か情報を得られるかもしれない。


『タ@トル:無名 製作/:煙nk一


 この-は*導の/#携わ%者にのみ#用/$がありま=。@限の,い者は直€に指〆_箇所にmし-く¥さい。


 ……権限#確&。起=sます。』


 ……ん?昨日と書いてる事が違うような……?それに所々文字化けしているけど読める様になってる。てか、何で本が文字化け起こすんだ?変わった本だなぁ。


 不思議に思いつつも次のページをめくった。


『同胞よ。我の指示に従うのだ。さすれば救われるであろう。』

「ん?」


 やはり読めるようになっている。それに文字化けも起こしていない。ページをめくったと同時に声が聞こえたような気がしたが気のせいだよな……?


 エルシアは不審がりながらページをめくった。


『これから旅に出るのだろう?我がそなたを導こう。』


 気のせいじゃなかった……!?こ、これはつまり……!?


「喋ったァァァァ!?」

「本を投げちゃ、めっ、なので…す……?」


 驚いたエルシアは本を投げ出した。そのまま落ちるかと思われたが、何と本はそのまま宙に浮かび上がり、ひとりでにページがめくれた。


『まあ、そう騒ぐな。本が喋る事がそんなに不思議か?』

「いや、どう考えても変だろ!ってか何で浮いてんの!?」

「い、一体これは何なのですか、博士!」

「ほは、ほ、本が浮いているのです……!」


 博士と助手は完全に怯えきっている。博士に至っては体が細くなっている。


「ほ、本が浮いてる……!?」

「すっごーい!」

「おお。面白いですね。」


 混乱する一行をよそに再びページがめくられた。


『浮こうと喋ろうと何ら疑問は感じぬが?』

「とにかくおかしいって!」

『そうなのか?』


 何で当たり前のように本と会話してんだ!?ここじゃ当たり前なのか!?


『怪奇に満ちたこの世においてこれくらいは細事に過ぎんと思うがな。……おっと、本題から逸れてしまったな。そなたの旅に我を連れて行くのだ。困った時は遠慮なく頼ると良い。絶対に我の存在を忘れるでないぞ。最低でも二日に一度は我を開くのだ。くれぐれも頼んだぞ。』


 何か話を終わらせようとしてる……?


「ちょ、ちょっと待った!」

『何だ?』

「まだ名前を聞いてない!ちなみに俺はエルシア!」

『我に名など無い。エルシアか。覚えておこう。』


 やっぱり終わらせようとしてる?


「まだ聞きたい事があるんだけど!」

『それは後程聞かせてくれ。我も数十年ぶりの覚醒で本調子がでないのだ。急ぐ用ではないのだろう?』

「確かに後で聞いてもいいような気はするけど……。」

『では、さらばだ。』


 声が聞こえなくなったと同時に本は浮力を失い落下したので、エルシアは本を傷つけぬよう落ちる前に受け止めた。


「あ、あの本は一体何なのですか!?」

「ほ、本……本が浮いて……。」


 突然の怪奇現象がよほど恐ろしかったのか、長はお互いを抱きしめながらプルプル震えている。


「地下室に行った時に見つけて来たんだけど、その時は全く読めなかったのに今日は読めるわ浮くわ喋るわでこっちも訳が分からないんだ。」


 エルシアは事のいきさつをありのままに話した。


「あんな恐ろしいものが地下に眠っていたというのですか!?」

「地下室に行かないの?」

「我々が読める本は上に置かれている本のみなのです。一度地下の本を覗いた事があったのですが、我々に読めるものが無かったのでそれ以来向かっていないのです。」

「以前地下室を訪れた時に何やら嫌な気配を感じたのも地下室を覗かない理由の一つでしたが、おそらくその気配はソレが発していたのでしょう。」


 やけにこの本は嫌われてるなぁ。確かに妙な威圧感を感じるけど俺は平気なんだよな。そういえば、さっき『我を連れていけ』とか言ってたな。勝手に持ち出す訳にもいかないし試しに聞いてみるか。


「この本が一緒に行きたいって言ってるから連れて行ってもいいかな?」

「別に構わないのです。むしろ願ったり叶ったりなのです。」


 良かった。問題無く連れていけるぞ。


「怖がらせてごめんね?」

「なっ……こ、怖がってなどいないのです!そんな事はいいから早くソレをしまうのです!」


 ぞわぞわする感覚が辛いのだろうかと頭の中で考えながらリュックサックにしまった。






 しばらくしてようやく二人の震えが止まった。


「旅の安全のために渡しておきたい物があるのです。」


 博士は図書館の中に戻り、何かを取って戻ってきた。


「これを持っていくといいです。」


 博士は一冊の本を抱きかかえていた。


「これは?」

「これは『せるりあんずかん』というもので、今までにパークに現れたセルリアンの情報が載っている価値ある本です。旅には危険は付き物ですが、自分の身は自分で守るのがパークのルールなのです。これをしっかり読んでおくときっと役に立ちます。ありがたく受け取るのです。」


 エルシアはそれを受け取り、リュックサックにしまった。


「忘れ物はありませんか?」

「大丈夫!」

「大丈夫です!」

「だいじょーぶだよ!」

「はい。」


 持ち物の確認を済ませた一行はバスに乗った。運転席にかばんが座り、腕に巻きつけたラッキービーストによりバスのエンジンがかけられた。


「それじゃあ、行ってきます!」

「旅が終わったらたまにはりょうりを作りに来るのですよ?」

「もちろん!短い間だったけど、ありがとうございました!」

「セルリアンには気を付けるのですよ?」

「わたしがやっつけちゃうよ!それにスナネコも居るからだいじょーぶだよ!」

「はい。」

「ジャア、出発スルヨ。」


 黄色いバスは、少年の期待を乗せてゆっくりと走り出した。

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