第43話「怪我してない?」

(見間違いだったのかな。ひょっとして幻覚?)


「お嬢さーん」


(疲れてるのかな……今日は早めに寝ないと)


「お嬢さん!」

「えっ? あっハイすいません」

「大丈夫ー? 今日はやけにボーッとしてるけど」


 昼食の手が一向に進まないシルヴィを気にかけ、エスはそっと眉根を寄せた。シルヴィは必死に口角を上げるが、すぐに諦めたように縮こまった。曇り一つない銀のフォークとナイフが、微かに下に傾く。彼女は気落ちした声でそっと呟いた。


「そっ、そうですかね……」

「うん。あっ、もしかして……ご飯マズいー?」

「それは断じて違います! エッ」


 シルヴィのフォークを拝借し、魚のソテーを一口だけ平らげる青年。ぱく、というオノマトペが付きそうなその行動に、彼女は唖然とする。エスは「うーん」と唸りながらしばらくの間味わい続け、ようやく飲み込んだかと思うとすぐさま発言した。


「兵士の食事より美味しいと思うんだけどー」

「そ、そうですか」


(間接キ……いや、意識したら負けなやつ……?)


 口を真一文字に引き結ぶシルヴィの隣で、ふいっと顔を背けるエス。頬が若干赤らんでいる所からして、決して天然だった訳ではなさそうだ。むしろ不思議そうに首を傾げている。


(ん? なんで食べたんだろ)


 シルヴィは再度フォークとナイフを握り直して、料理を見つめる。

 正直あまり食欲は湧いていない。けれど、せっかく作ってくれたものだから食べなければならない。「よし」と小さく意気込んで、フォークに口をつけようとしたその矢先だった。


「っ……!?」

「お嬢さん!?」


 激しい耳鳴りと、頭痛。後頭部を金槌で叩かれたかのような唐突な痛みに、その場に倒れ込んでしまう。その際にテーブルクロスを巻き込んで、料理の盛られた食器が一斉にシルヴィへと落ちてきた。彼女は頭を抑えながら目を見開くも、避けきれないと判断すると咄嗟に目を瞑る。

 やがて、食器の割れる音が耳朶じだを揺らした。何故かまったく痛みが無い。温かい何かが自分を覆っていると分かると、勢いのままにしがみついた。「わ」という驚きの声が、耳元で放たれた気がする。そうして互いの身体が密着した時、シルヴィはやっと気がついた。


「エスさん!?」

「あー……いたた。お嬢さん、大丈夫ー?」


 ドアップのエスは困ったように笑う。シルヴィが慌てて身を引くと、彼はゆっくりと体を起こした。背中に落ちた皿の破片を払い、シルヴィの無事を確かめる。


「怪我してない?」

「わ、私は全然……ごめんなさい!」

「だから大丈夫だってばー」


 あははー、と呑気に笑ったエスだったが、頭からたらりと血が滴り顔を伝った。シルヴィは顔を真っ青にさせる。ぐるぐるする思考回路の中で、やっとのこと一言をぽつり。


「ひ、人を殺めてしまった……!?」

「オレ生きてるんだけどなー」

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