第36話「泣かないで」

「____というわけで、この度少年の家に居候することになったのさ! よろしくね」

「ナハト兄ぃが居なくなったと思ったら」


 兄弟の末っ子、リヒトは大きく目を開いて女性を見上げる。胸で隠れて、バムの顔はよく見えない。自分の服の両端を握ると、頬を赤らめて鼻を鳴らした。


「バム姉、僕はリヒトって言うんだ。よろしくね!」

「ああ、リヒトくん!」


(子ども同士、って感じ)


 見た目と中身がなかなか一致しない。まあ、そこが彼女らしくて良いんだろうけど。


 固く握手を交わしてはぶんぶんと振る二人の姿。おたまを片手にそう思えば、ソワレは近くのカーテンを閉めた。外はすっかり暗くなっており、この村では街灯が無い為何も見えない。


「そろそろ晩御飯できるから、お皿出しておいて」

「うん!」

「任せてくれたまえ!」


 リヒトと共にトテトテとキッチンに向かうバムだったが、ふとテーブルに置いてあった新聞紙に目を向けた。興味深そうに目を光らせて手に取ると、適当に真ん中のページを開く。その場に立ち止まり、ぐいっと新聞紙を顔に近づけた。


「文字がわからんな……」

「バムさんそれ反対」

「そうか」


(でも、バムさんって今の文字読めるのかな。旅の間で学んだり?)


 ソワレがじっと見守る中、難しげに眉根を寄せたバムはたまらないと言ったように両手を上げた。片手で握った新聞紙は、持っているところにかけてくしゃくしゃだ。


「うーん、やっぱりわからん!」

「ああ、うん……後で読んであげるから」


 だから晩御飯食べよう。その言葉が紡がれなることはなかった。


「あっ!?」


 新聞の一面に堂々と掲載された一枚の写真。固まった彼女の後ろからソワレが覗き込むと、そこには見知った少女と話題の黒魔道士の姿があった。後ろではピンボケしているものの、ナハトの姿が垣間見える。城に入っていく所だろうか……と少年は考え込むが、バムの表情を視界に入れた途端にピタリと思考を止めた。

 ぽろぽろと涙を零す白魔道士。品も何もあったもんじゃない泣き顔を晒し、新聞紙には涙の雫が模様を描いている。


「うぐっ、良かっ……良かった……」

「……え」

「もう、二人とも遅いよー! ミューデ兄ぃも起きて手伝ってってばー!」


 二人が同時に振り返ると、お皿を持って憤慨するリヒトの姿が。彼は泣いているバムと戸惑っているソワレに気づき、顔を青くして眉根を寄せた。


「ソワレ兄ぃが女の子泣かせてる!」

「えっ、いや、僕何もしてないからっ」

「女たらし……」

「おいミューデ寝言っぽく言ったってわかるんだからね!」


 目を三角にしてソファに怒鳴るソワレ。そんな周りの状況も見えていないのか、バムは写真から目を離すこともなく泣き続けていた。リヒトに皿を置いておくように指示して、ソワレはバムの肩をそっと持つ。


「ねえ。大丈夫?」

「大丈夫……ずびっ」

「この二人と、何かあったの?」

「……」


 バムは言いたくないのか、返答をしなかった。さっきまでリヒトと同じように笑っていたのに、真逆のギャップを受けてソワレは不安に思ってしまう。バムが見つめる先を共に見ながら、慎重に言葉を選んだ後、静かに語りかける。


「泣かないで。僕、貴女の泣き顔は苦手だ」

「で、でも……!」

「事情はよくわからないけど、笑ってほしいなあ、なんて……」

「なんで」

「好きだからに決まってるでしょ」


(誰だって泣き顔より笑顔の方が良い。ナハト兄さんしかり、ミューデもリヒトも)


 ソワレの言葉は正しい意味で伝わらなかったらしい。「好き」を完全に誤解したバムは、ぽふんと顔を真っ赤にさせた。涙は弾け散り、何かの反動で周りに花が咲き誇る。描写ではなく、彼女の魔法が暴発した結果だ。


「わっ、バムさん!?」

「君なあ、もう……くそー!」

「えっ何何」


 わーわーと荒ぶる女神に対し、頭の上にハテナを浮かべるソワレ。ミューデはとろんとした目を二人に向けて、ソファに寝そべりながら呟く。


「天然ジゴロ」

「本当ソワレ兄ぃって凄いよねえ。シュネー兄ぃとジーク兄ぃから教えてもらったこと、全部身に付いてるんでしょ?」


 街でホスト業を営む長男と次男の姿を思い出し、リヒトはふふっと含み笑いをしながら皿を並べた。ん、と一つ頷いたミューデはようやく身体を起こす。あの女性と五男は頼りにならない。ここは末っ子である六男と七男が頑張りどころだ。二人は一緒に口をへの字に曲げて、とことことキッチンへ歩んでいった。

 一方、バムとソワレの二人。こちらは一緒に、肩で息をしていた。


「お、落ち着いた?」

「うん……すまん」


 こほん、と一つ咳をして気を取り直すバム。ソワレが次の彼女の行動を伺っていると、バムは新聞紙をテーブルの上に戻した。今度はキリッと真面目な表情で、ソワレを見下ろす。


「少年。頼みがある」

「なんですか?」

「私を城まで連れて行ってくれ」

「へっ?」


 ソワレの手から、おたまが落ちた。

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