第35話「本気で言ってるんだけど」

 何百年と世界中を歩き回ったと思う。

 城で何か起きたことは、遠征先でもわかった。すぐに戻ろうとしたけどできなかった。部下たちが一瞬にして消えたからだ。

 ……私の方向音痴さを心の底から恨んだのは、言うまでもない。


「うーむ」


 そして時が経つに連れ、人はみな神を忘れていく。恵みを受け取るだけ受け取ってさよならだ。

 私の身体には人々の"願い"が必要不可欠。信仰されない神はこの世にいらないのだ。魔力はみるみる減って、体力も気力も全盛期の一割程にまで落ち込んだ。

 仲間も部下もあの方も居ない。自分もいつ消えてしまうかわからない。正直溜まったもんじゃなかった。それでも、少しでも信仰者のいる場所を目指さないといけない。


「ん〜?」


 少年と出会えたのは偶然か、はたまた私自身の導きか。少年が私の髪を整えて奉仕をし、貢物バームクーヘンをくれた時。私の元に莫大な量の魔力が戻ってきた。ああ、やっと会えた。信仰してくれている人に。あまりに嬉しかったから、すぐにちょっとだけ魔力を消費してしまったが。


「駄目だな」


 更に嬉しいことに、少年は私をここに置いてくれると言うじゃあないか。とりあえず、今はお風呂から上がったところなのだけども……服が入らん。胸の部分が苦しいのだ。


「少年〜、どこだーい?」


 白いバスタオルを巻いただけの身体で家中を歩き回る。少年が置いておいたのであろう替えの衣服を小脇に抱え、ひたすらうろちょろしている。


「っ……」

「わっ」


 ぐに、と何かを踏みつけたような気がして、すぐさまそこから飛び退く。少年と同じ色の髪だが、彼よりも少し背丈が小さい。蚊の鳴くような声で呻いたと思うと、ピクリとも動かなくなった。

 ____まさか!


「私が殺してしまったのか!? うおおおい起きろ君! 起きるんだほら!少年助けてー!!」


 駆け寄って揺さぶると、嫌そうに顔を渋くさせた子ども。それにしても何故床に転がっていたんだ、その時点で瀕死の重体だったのか!?

 私自身がバスタオル一枚の姿で居ることなどとうに忘れ、子供を抱いて叫び続けた。しばらくして玄関が慌ただしく開かれると、バタバタと少年が駆け込んでくる。手には買い物袋が下げられていたが、床に激しく落下した。


「なっなな何これどうなってるの!? っ、バムさんは服着て! ミューデ起きて!」

「むっ、この子どもはミューデというのか!? すまない、私が踏んづけたばかりにこの子はもう……」

「……ぐう」

「へっ?」


 私の胸の中ですやすやと寝息を立てているミューデ。落ち着いて見てみると、目立った怪我は無いように見える。ということは死んでない! 本当に良かった。


「はい、バムさん。大きい服持ってきたから」

「ああ、助かるよ少年。ミューデはどうする?」

「そこのソファに横たえるから」


 少年は一度も目を合わせることなく指示をすると、私からミューデを引き取った。そそくさと動く彼はどこかぎこちなくて、少し不服に思う。話すときくらいこちらを見ろと言うものだ。

 よっこらしょと服で身を包んで、私は少年に呼びかけた。


「少年」

「貴女には恥じらいって無いわけ?」


 怒気をはらんだ声変わり前の声。ミューデの方を向いたまま言われたので、顔は見えない。


「え、えー。でも別に、私の裸なんざ誰も興味無いだろう」

「あるよ!!!」


 ぐいっと首をこちらに捻って叫ぶ少年。首から上が真っ赤に火照り、瞳が潤んでいるようだった。ぽかん、と口を開けたまま固まる私を見て、彼はすぐに自分の言ったことを自覚したようだった。眉を下げて口元を手の甲で隠すと、「やっ、ちが、」と極度に狼狽え始める。


「そうじゃなくて! ……バムさん美人なんだから、もう少し自覚持ってよ」

「あっはっは、面白い冗談だねえ! 自慢じゃないが、今まで一度たりともモテた試しはないぞ!」

「本気で言ってるんだけど僕」


 少年の声音があまりにも真剣すぎるから、返しに戸惑ってしまう。幼さを残した顔は赤みを帯びたまま引き締められて、私の顔をじっと見据えてくる。


「バムさん超美人だから、しかもかわいいから」

「へっ、へえ」

「だから! もっと自覚してください!」

「あ、はい……」


 や、やはり、褒められるのは慣れない……。

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