さすらいの白魔道士様

第33話「うちにおいで」

 城での一日はあっという間に過ぎ去った。真夏の太陽は未だにぎらぎらと熱を放っており、夕焼けの色がそのまま温度を表しているかのようだ。戻ってきたエスと共に、早足で自室へと帰るシルヴィは、大きなため息を吐く。


「お嬢さん、猫背」

「うっ、はい!」

「あとちょっとだから。頑張ろー」


(大変だなー)


 ふらついた足取りはさながら千鳥みたいだ。これから先を思いやるエスは、心なしか遠い目をしている。


「あーっ!?」

「え、どうしたの?」

「バ、バイト! 無断欠勤しちゃった……

 !」


 両手で口元を覆って地面を見下ろすシルヴィ。わなわなと震える少女に、エスはやれやれと息を吐く。彼女の横から顔を覗かせれば、優しい笑みを見せた。


「大丈夫さー。お嬢さんのバイト先の店長さん、きっとわかってるだろうから」

「え? 何をですか?」


 きょとんとして自分を見上げてくるシルヴィに、エスは「だって」と人差し指を立てる。


「君たちの記事こと、国中でバラまかれてるからね」




 ーー★ーー




「ほええ、そうなのかあ」


 ふむふむ、と王国新聞を読み耽る店主。幼児体型で童顔、一見見ただけではシルヴィよりもずっと幼く見えるその女性は、名前をンーという。深緑の髪の先っちょを両サイドにちょこんとまとめ、サイズの大きな瓶底眼鏡の奥には青い瞳が隠れている。雑貨や菓子など揃えている便利屋コンビニといえど他店には劣っているのが現状だ。客足は少ない方なので、レジの前で脚の長い椅子に腰を掛け、まったりとしている最中である。


『天災を薙ぎ払いし黒魔道士現る!』


 ンーの目に止まった大きな見出し。よくよく記事を見てみると、知った名前が一つ。んー? と瞬きを繰り返した後に凝視してみても、やっぱりシルヴィ・ミラーの名前だ。


(同姓同名?)


 にしては彼女についての記述があまりにも似ている。とはいえざっくりだが……黒魔道士が天災を薙ぎ払ったのはここら一帯だったらしい。この近くに住んでいるミラー家など、彼女の他に思い当たらない。


「バイトはお休みしてるしなあ」


 王様に呼び出されたりしてるんなら、もしかしたらお休みを言う間もなかったのかもしれない。どうせ客も来ない店だから、怒るつもりは毛頭ないけども。ンーは大きく口を開けてあくびをし、瓶底眼鏡をおでこに追いやって片目を擦った。


「あの子も大変だなあ」


 ちょうどそう呟いた時、入り口の鐘がチリンと鳴った。久々のことに、ンーは新聞を奥の方へ投げ捨てると速やかに立つ。窓から聞こえる雀の鳴く声に負けないよう、声を甲高く張り上げた。


「いらっしゃいませー!」

「あ、えっと……」

「うおおっ!?」


 よぼよぼとした足取りで現れたのは、毛むくじゃらの何か。優しい春の光を閉じ込めたような金色の髪が異様に長く、ボサボサと身体全体を覆っている。その中からひょろひょろと薄汚れた白い手が突き出ていて、最早ホラーでしかない。

 瓶底眼鏡に、ピキッとひびが入った。顔を引きつらせたンーは肺いっぱいに空気を取り込む。


「ぎ、ぎにゃあー!?」

「こんにちはンーさん……あれ、どうしたの?」


 タイミングよく入り口から顔を覗かせた数少ない常連の姿に、ンーは必死で両手を振って涙目で訴える(眼鏡で隠れて見えないが)。


「ソワレくーん! ヘルプ!」

「? なんだこの人……」


 ソワレが目を細めると同時に、もソワレの方を向いた。沈黙が場を支配する中、ンーだけがプルプルと震えている。


(この間は何!?)


 数分ほど経った後、ようやくソワレが動く。一つ息を吐いて、金髪の毛玉に近づくと髪を一房持った。


「こんなに長いと邪魔なんじゃない? お姉さん」


(お姉さん!? 何それ性別女だったの!?)


 "お姉さん"もンーも固まる中、ソワレはやんわりと微笑んだ。


「うちにおいで。僕が切ってあげる」


 橙色の髪は柔らかにカーブを描き、一種の花のように煌めいた。メロンソーダみたいに綺麗な黄緑の瞳は爛々と輝く。健康そうな肌に村人らしい簡素な服、擦り剥けた膝に貼った絆創膏。活発そうな風体だが、その顔つきには知性も感じられる。

 ソワレ・ロペス。彼はナハトの弟であり、リヒトの兄。教会に通う十五歳の少年である。

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