第17話「好きなのねー」

「ホントうるさい、シルヴィが起きるだろ。なんで来た村人E」

「俺は猿じゃねえっつーか村人Eでもねえ! お前が勝手にシルヴィ攫ったんじゃねえか!」

「勝手じゃないし。本人の合意の上なんだけど」


ガルシアの一言に、ぐっと言葉を詰まらせたナハト。しばらく無意味に口を開閉させる。

ちょうどその時、シルヴィの意識は覚醒した。フッと何処かから戻ってきたような、そんな奇妙な感覚に苛まれたがきっと気のせいだろう。それよりもシルヴィにとって、今この瞬間置かれている状況こそ大変な事態だった。思いっきりガルシアの胸板を押す。不意打ちだったのか意外と簡単に離れたものの、ガルシアは勢いよく壁に頭を強打する。ナハトがプッと吹くと、魔道士は不機嫌そうに顔を歪めた。


「あああああのっ、すいません……!」

「シルヴィは何も悪くない。君がくれる痛みは何でも嬉しい」

「ドMかよ失せろ」

「お前が失せろ」


シルヴィが起きたところで、第二ラウンドが始まろうとする。二人の横で立ち往生してしまう少女だったが、ふと外が気になってそちらに意識を向けた。


(何がどうなってるんだろう)


「ナハトー、こっち終わっ……わーっ」

「ひゃっ」


ナハトが入ってきた側とは反対の窓からシルヴィが顔を覗かせると、ちょうど馬車内を覗き込もうとしたエスとおでこをぶつけてしまう。結構鈍い音がしたかと思うと、双方静かに痛がり始めた。ガルシアは「可愛いけど相手は何様なわけ」的な複雑な表情を作り、ナハトはといえば「何やってんだこいつら」と眉間にシワを寄せている。

エスは赤らんだおでこをそのままに、窓に上半身を乗っけると朗らかに口角を上げた。馬車の中と外ではかなり高低差があるはずだが、ドア部分にしがみついているのか。


「あははー。ごめんねお嬢さん。痛かったよねー」

「こちらこそすいません」

「オレは平気平気。ところでお嬢さん可愛いねー。王都着いたらお茶しようよー」

「「おい」」


(ここでは意気投合するのか)


まさに異口同音と言った魔道士と村人の言動に、シルヴィは救われつつも何処か悩ましげに口角を歪めた。よくわからない二人だと。

エスはやっとガルシアの存在に気づいたらしい。「あ」と声を上げると、途端に目を輝かせ始めた。


「へー、この人が例の大魔道士さんかー。イケメンだねー」

「そんな事言ってもお前がシルヴィに頭突きした事実は変わらないんだけど」

「ちょっと怖いなー」


ガルシアの睨みが一切効かない。強い、とシルヴィは静かに感心した。私もこのくらい動じなければいいんだ……!と。

ナハトが腕組みをしてエスを見やる。


「魔物退治したってんなら、さっさと出発すべきだろ。シルヴィは行かせないが」

「え?」


シルヴィが不思議そうに声を上げると同時に、ガルシアは整った顔を一気に歪めてナハトを睨む。三人を順番に見て目を瞬かせたスは、ふはりと気の抜けるような笑い声を上げる。


「ナハトはそのお嬢さんが好きなのねー、そりゃあ焦るもんだ」

「なっ⁉ べっ、別にそんな、わけじゃ……!」

「好きじゃないなら身を引けお前ホント邪魔爆ぜ散れ」

「テメーは黙ってろ!」


けたけた笑う兵士に苛つく魔道士に怒鳴り散らす村人。だいぶ騒がしい馬車内で、シルヴィは少し居心地悪そうに影を薄くしたようだ。正直言うと喧しくて耳が痛い。


「そ、そうだ。外で一体何があったんです?」


シルヴィ渾身の質問に、「んー?」とエスが軽く答える。


「小ボスって感じの魔物が居たから倒してたんだよ。もう大丈夫」

「ま、魔物!」

「……で、馬車の上に降ってきたのはなんでだ。答えろ」

「ハッ、そうです! ナハトたちさっきまで居なかったのに」


ガルシアの「邪魔しやがって」と言わんばかりの眼力をひらりと躱し、エスはにこにこ笑う。ナハトが舌打ちをしてから渋々答えた。


「森の真ん中にでかい魔物が居てよ。バルーンみたいな巨大なやつが横たわってたみたいで……エス、コイツがトランポリンと勘違いしたんだ」

「話せば長いねー」


(うわ長そう)


ガルシアは不機嫌ながらも、取り敢えず耳を傾けることにした。

外ではどうやら、魔物の片付けをしているようだ。

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