転生労働者

 

 異世界へ転生したが、おれはいま労働をしている。この世界を支配する魔王を倒してほしい云々の説明を聞いている最中に「魔王が死んだ」という知らせが、世界中を駆け巡ったからだ。

 外世界にてなんらかの不幸により死んだ人間の魂を呼び寄せ、なんらかの能力を与え第二の人生を歩ませるのは、世界の困難に立ち向かう都合よい労働者を、その国家が手に入れるための方便である。誰もやろうとしない事柄をやるために呼び寄せられる存在。それがわたし、転生者だ。ちなみにわたしの転生者番号は「一三四六四一番」で、つまりそれだけその以前に呼び出され、死んでいるということだった。この世界において転生者は、鉄砲玉みたいなものだ。

 最後に呼び出されたわたしは、呼ばれた時点でやることがなかった。転生前も社会の役に立っていなかったわたしだが、結局異世界へ呼び出されても立場が似たり寄ったりだった。行政もわたしをどうするかでかなり困り果てたらしいが、いまわたしは、ひたすらに都合のいい存在として、いろいろの雑用を任されている。召喚された城の清掃、臨終間近の老人の介抱、汚水の汲み取り、その他云々。「あなたにしかできない仕事」という風にして。転生者は魔王と戦うための肉体を天蓋に棲む神が与えているので、ちょっとやそっとの無理をするくらいじゃ死なないようになっている。実に都合がいい。

 正直、かなり面倒だった。が、魔王などというやばい輩を倒したり、仲間と出会い旅をしたり、他人に横暴を働いたりハーレムを形成してくんずほぐれつしたりする、などという度胸も勇気も協調性もないむっつりのわたしには(内心では欲が燻っている)こうした地道な労働をやたらめったら押し付けられることそのものがありがたかった。向こうなら過労死しているだろうがこっちならそういうことはない。ちょっとくらくらっときても、回復魔法をエナドリみたいにキめたらしゃっきり気分爽快だった。そうして毎日を過ごした。

 気付けば一年、二年、十年、二十年と、あっという間に月日は過ぎ去り、その頃ともなるとわたしは「あの人はなにかを頼めばなんでもしてくれる大変気のいい、不気味な男」という存在として、人々に認知され、一応信用されていた。それ自体は良いことだし、ありがたかったのだが、つい先日、国王がわたしへ直々にある事柄を頼んできた。

「おお、転生者一三四六四一番よ。どうかこの世を救ってくれ。二十年前、魔王を倒し、この世を危機から救い出した転生者一三四六四〇番がいま、暴虐の限りを尽くしている。方々で人々を殺し、街を汚染し、人の住めぬ地を産み出している。彼はもう転生者ではない。かつての魔王そのものだ。どうかそれを正してほしい。本来の役目を果たしてほしい」

「どうして今更」

 という言葉が喉元まで出かかったが、

「仰せの通りに」

 わたしは云った。

 王に跪いた。

 以降の旅は極めて面倒なものだった。街をでてひたすら荒野を歩いた。遭遇する魔物どもを倒した。倒すことができた。戦闘経験のないわたしにはこのようなものは到底無理だと思っていたが、どうもこの二十年間、ひたすらに街の人々のために働いた(都合よく使われたともいう)事柄のおかげで、転生者としての戦闘レベルが完全にカンストしていたらしい。おそらくこれは、日々の雑用の云々に、映画ベストキッドでの、ミヤギ先生がひたすらダニエルに課していた修行と同じ効果があった故だろう。そう解釈するしかない。なぜそうなるのだと思ったが、そうなったのだ。仕方がない。

 ハチマキを巻き、チェック柄の衣服を着込んだわたしは、モップとバケツと雑巾を武器に、どこまでも死地を突き進んだ。そうしてとうとう城に着き、玉座に座る、魔王存在に成り果てた転生者一三四六四〇番と相対した。

「ついに出会ったな、一三四六四〇番」

「そうだな、一三四六四一番」

 一三四六四〇番は仰々しいバケツを被り、左手に恐るべきモップを、右手に死の雑巾を有し、玉座に座っていた。

 わたしは察した。

「まさかお前も雑用を」

「いかにも。だから復讐をする」

 奴は云った。

「して、どうだ一三四六四一番。この世界の半分をやると云ったら」

「お決まりの文句か」

「そうだ。どうする」

「―――ほしいさ」

「ほう。だったら」

「おれには経営理念がない」わたしは云った。「だから断る。一三四六四〇番」

「哀れな労働者め」奴が叫んだ。「ならば死ね。一三四六四一番」

「うおおおおおおおーッ」

「おおーッ。………」

 こうしてわたしは奴を倒した。

 王はほくそ笑み、新しき転生者を呼び出した。

 一三四六四二番。

 あなたにしか、できない仕事。

 

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