第八章 魔人同士の対決・その3

 これは予想外の魔人の言葉だった。一瞬置いてから、ヒロキくんが目を剥く。


「何ィ!?」


『どうやって俺の居場所を突き止めたのか、昨日の夜、いきなりやってきて、おまえの魂を返せなんてほざくから、とっ捕まえておいたんだ。な? 魂質じゃなくて、ちゃんとした人質だろ?』


「それを言うなら、せめて死神質と言え」


『あー。それもそうだな。すまんすまん』


 電話のむこうでケラケラと笑う声がした。で、いきなり声のトーンに重圧がかかる。


『さて、どうするよ?』


「まずはザクロちゃんの声を聞かせろ。いまの話、フカシじゃないって証拠が欲しい」


『いいぜ。ちょっと待ってろ』


 むこうで、ごそごそと音がして、


『あ、ヒロキ! いい? 私のことなんて気にしないで――』


 これだけザクロの声が聞こえた。


『はい、終了。ほら、暴れなさんなって。――待たせたな。さるぐつわを噛ませるのに、少し手間取った』


「正直に言え。ザクロちゃんに乱暴を働いたのか?」


『いや、いまのところは、まだ、な。ただ、これから先は「テメーの態度次第」だぜ?』


「人の言葉を真似しやがって。まァいい。いま、俺が大ピンチなのはわかった。それにしても、よくザクロちゃんを死神質にとれたな。瞬間移動ができるはずなのに」


『死神の超能力には、独特の腕のフォームが必要なんだよ。だから、腕を縛り上げたら、それで動けなくなっちまったんだ』


「へェ。そういえば、ボタンさんもアズサさんも、姿を消すときは腕を振ってたっけ。それを抑えつけられたんじゃ、大鎌もだせなかったんだろう。どういう状況なのか、なんとなく想像はついたぜ」


 言いながらヒロキくんがセカセカと廊下を歩いて行った。後ろからユウキちゃんが風に吹かれたみたいな足どりでついてくるが、例によって気づきもしない。


「じゃ、こっちも奥の手をだそうか。実を言うと、昨日、俺は閻魔大王様と話をしてる。閻魔大王様が言ってたぜ。牛頭だの馬頭だのって鬼や死神軍団を人間界に差し向けて、ローラー作戦でおまえをとっ捕まえるってよ。一応断ったけど、あれ、もう一回電話したら、喜び勇んで死神軍団を派遣してくるだろうな」


 今度は魔人が一瞬置いてから目を剥く番であった。


『何ィ!?』


「なんせ、俺の魂なんざ、どうでもいいってほざいてたからな。そんなことより娘の安全が第一らしいし。ま、親なら、そうなって当然だと俺も思う。ただ、あの剣幕だと、ザクロちゃんを死神質にとっても、お構いなしにおまえを捕まえにかかるはずだ。数にものを言わせて、両手両足を滅多斬りにすれば、いくら魔人でも動けなくなる、なんて物騒なこと言ってたぜ」


『おまえ、そんな台詞で俺を脅迫しても』


「嘘だと思うんなら、そこにいるザクロちゃんに確認してみろ。一緒になって聞いてたから。いまの話、閻魔大王様は確かに言った」


 魔人がおとなしくなった。電話のむこうで、何か話してるらしい。少しして、あらためてつながる。


『わかった。閻魔大王の話は信用しよう。それで? どうしたいんだ?』


「取引と行こう。まず、想像してほしいんだがな。もし俺が閻魔大王様に密告すれば、人間界に死神軍団が押し寄せて、おまえは捕縛。しかも、人間界の目撃者からは記憶を消すって言ってたから、人間界に騒動は起こらない。一応、メデタシメデタシってことになるんだけど、おまえはヤケクソになってザクロちゃんに危害を加えるかもしれないし、俺の魂を踏み潰しにかかるかもしれない。そりゃー俺にとっておもしろい話じゃないわけだ」


『かもしれない、じゃなくて、完全に踏み潰してやるぜ』


「威勢のいいこったな。そこで、だ。俺は閻魔大王様に密告しない。代わりに、おまえはザクロちゃんを解放して、俺の魂も返す。この路線で手を打たないか?」


『それ、アンフェアじゃないか? ザクロちゃんを解放するか、おまえの魂を返すか、どっちかだろ?』


「ザクロちゃんを死神質にとってアンフェアって、どの口に言わせてるんだおまえは」


 昨日、閻魔姫を人質にとると閻魔大王様に啖呵を切っておいて、どの口に言わせてるのはヒロキくんも同じであった。


「まァいい。提案のやり直しだ。一、俺は閻魔大王様に密告しない。二、おまえに会いに行くとき、ほかの死神さんに話をして、一緒につれてくるってこともしない。おまえとは一対一で会う。これを約束しよう」


『で?』


「おまえは、だ。一、俺と会ったとき、ザクロちゃんを解放する。二、俺の魂も返す。これを約束しろ」


『なるほど。それなら、飲んでもいい条件だな。それで? そのあと、どうするんだ?』


「決まってるだろう。一対一で会うんだ。昨日の続きだよ」


『――そういうことか』


 電話のむこうで、魔人の笑い声が聞こえたような気がした。


『それで、対決で俺が勝ったら、あとは俺の好きなように行動していいわけだな?』


「本当はよくないんだけど、負けたら、俺はとめようがないからな」


『それでいい。じゃ、落ち合う場所なんだが、時刻とか、そっちから注文はあるか?』


「時間は、いますぐでも夜でも、俺はべつにかまわないぜ。場所は、人目につかないところがいいな。これはおまえも同意すると思うけど」


『よし。そうだな――』


 少し話を聞き、ヒロキくんがうなずいた。


「おまえがそこでいいって言うなら、それでいい。じゃ、いまから行くから。ザクロちゃんと俺の魂をセットで用意しておけよ」


 スマホを切り、階段を駆け降りて下駄箱まで行こうとしたヒロキくんに、


「あの、ヒロキくん、どこへ行くの?」


 声をかけてきたのはユウキちゃんであった。ヒロキくんが振りむく。


「あれ、ついてきてたのか。気がつかなかったぜ。悪いな。俺、午後は授業さぼるから。用ができた」


「用って、どんな?」


「二、三日前から言ってる、地獄界やら閻魔大王様やら死神やらゾンビやら魂やらの問題で、ちょっとな」


「――あのね? ヒロキくん、最近、その冗談、ハマってるみたいだけど。それってマイブームなの?」


「ま、そんなところだ。個人的には、こんなブームに縁のある自分が恨めしいよ」


「ふゥん? ひょっとしてヒロキくん、何か困ってるの? 私でよかったら、相談に――」


「ヒロキ!」


 ここで第三の声が入った。ヒロキくんとユウキちゃんが同時に振りむくと、さっきまでいなかった、死に装束で、ボン、キュ、ボーンの美人さんが立っている。


 アズサであった。

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