第七章 奪われた魂・その6

「アズサ姉様、実は訊きたいことがあるんですが」


 こちらは地獄界。霰や雹がガンガン降り注ぎ、雷がドンガラ落っこちて、悲鳴をあげて逃げまわる亡者どもを赤鬼や青鬼が金棒でシバキたおしてまわってるが、そンなものは日常風景と言わんばかりの調子で、死神寮の窓から、アズサがのんびり眺めながら茶を飲んでいた。それからむかいに座っているザクロwith茶。そのザクロの質問に、アズサが視線をむけた。


「訊きたいことって?」


「アズサ姉様は、あのヒロキという男、どうしてそこまで憎んでいらっしゃるんですか?」


 オッパイ鷲づかみ事件を知らないザクロの、至極当然な質問であった。アズサが赤くなる。


「安心なさい。それは、ザクロが知らなくていいことだから」


「でも、知りたいんです。実は私、あのヒロキという男と話したときに、武道をやっていると教えられたんです」


「え? それで、まさか、あなた、何かやられたの?」


「あ、いいえ。私には、何も。むしろ、私みたいな女には暴力を振るいたくないって、はっきり言ってました。だから、アズサ姉様も、たぶん暴力を振るわれたりはしなかったと思うんです」


「――まァ、確かに、暴力は振るわれなかったわ」


「では、どうして、アズサ姉様はヒロキに追い払われたのですか? 仮にも不死の魔人ですから、アズサ姉様もヒロキの魂を狩れなかったというのは、わかりますが」


「それは、狩れなかったわ。確かに」


「それから、ひょっとして、大鎌を構えたら、すぐに奪われてしまったとか?」


「それは――奪われたわね」


「そこまでは、私と同じですね」


 確かにそこまでは同じである。ザクロが真剣な面持ちでアズサに目をむけた。


「では、どうしてアズサ姉様がヒロキを憎むのかが、やはり私にはわかりません」


「気にしなくていいから。単純に、私はあの男が憎いだけ」


「そう、ですか」


 ザクロがうなだれた。憎いだけだと言われたら、もう個人の好き嫌いの問題だから、何かを言えるわけでもない。というわけで話題変更である。


「では、アズサ姉様は、今回の件、閻魔姫様を閻魔大王様のもとへおつれしたら、ヒロキのことは、どのようにするおつもりですか?」


「それは閻魔大王様がお決めになることよ。できるなら、地獄界の釜に封印とでも言ってほしいくらいだけど、これは私が進言できることでもないから、結果を待つしかないわね」


「でも、ヒロキは、あの魔人に魂を奪われておりますから、下手をすると、魂を傷つけられて、封印以前に、魂ごと消滅する可能性が」


「あァ。ボタンもそんなことを言っていたわね。それが?」


「それがって――」


 ヒロキくんに好意なんか持ち合わせてないアズサと、そうではないザクロである。話なんて噛み合うわけもない。実はヒロキのことが気になってるんです、とアズサに言うわけにもいかなかった。


 元気のないザクロに、アズサが柳眉をひそめた。


「あらためて確認するけど、ザクロ、あのヒロキという人間に、何かをやられたわけではないのよね?」


「あ、それは、大丈夫です」


「ならいいんだけど」


 ザクロの言葉を信用したのか、ほっとした表情で茶をすするアズサであった。このへん、面倒見のいいお姉様の態度である。やっぱりザクロをかわいがってるのだろう。


 で、それとはべつに、ザクロが立ちあがった。


「アズサ姉様、今日は、私、これで寝ますので」


「あら、そう? わかったわ。おやすみなさい」


「失礼します」


 頭をさげて言い、ザクロが一〇畳ほどのアズサの私室からでた。しばらく死神寮の廊下を歩き、周囲に誰もいないことを確認してから、自分の胸元に手を突っ込む。


「よかった。切れてない」


 ほっとした顔で言い、ザクロが手をだした。そこににぎられている、極細の糸。アズサでさえ視認できなかったそれは、ヒロキくんの肉体と、狩られた魂をつなぐ、本来なら目に見えないつながりであった。結界を張れるボタンがいる。人の心を読みとれるアズサがいる。そして閻魔大王様の言っていた、目の利く死神。――ザクロ特有の能力こそが、まさにこれだったのである。


「確か、こっちが、ヒロキの身体から伸びていた端だから、反対の、こっち側をたどって行けば、魔人の持っている魂の場所まで行けるはずだわ」


 ザクロがつぶやき、腕を振る。同時にその姿が掻き消えた。瞬間移動で人間界へ戻ったらしい。

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