第六章 求婚劇・その5

「バトルの最中に何してんだテメー!?」


「逃げようとしてるんだ。じゃーねヒロキくんバイビー♪」


 ゾンビ同士の大決闘なんて、ハナッから魔人はやる気ゼロだったらしい。そのまま魔人が駆け寄ったのは閻魔姫の前だった。この予想外な行動に、誰が対応できただろう。魔人は閻魔姫をボタンからひったくると、そのまま右肩に担いでズラかったのである!


「閻魔姫様!」


 ワンテンポ遅れてから、あわてて止めようとするボタンを足払いでひっくり返し、魔人がスタコラ走りだした。泡を食ったヒロキくんが追う。とはいえ、追いつけっこない。基本的なパワーが違うのは、さっきの殴りっこで立証済みである。このまま、閻魔姫を奪われ、魔人はヒロキくんの前から姿を消す。――そう思われたときだった。


「おっと」


 一〇メートルも行かないところで、魔人が立ち止まった。その前にいるのはアズサとザクロである。ふたりとも大鎌を構えていた。ここでようやく、魔人も周囲を見まわす。


「そうか。いつの間にか、結界を解かれていたんだな。足止めを食っていたほかの死神が入ってこられるわけだ。やられたぜ」


 魔人が舌打ちした。背後からヒロキくんが迫ってくる。それからボタンも。ボタンは、魔人の前方にいるふたりと同様、大鎌を無から生みだしていた。


「こりゃ、さすがにまずいかな?」


 魔人が苦笑した。いくら魔人がヒロキくん以上の格闘技を修得していても、敵がヒロキくんと死神レディースの四人がかりでは話にならない。そもそも、もう死神レディースは大鎌を構えているのだ。構える前に大鎌をふんだくるという先の先も使えない。


「さ、困ったねェ。どうするか――」


「ちょっと! そんなことより、早く私を降ろしなさいよ!!」


 金切り声でわめくのは魔人に担がれたままの閻魔姫であった。言われた魔人が困った顔で閻魔姫を地面に下ろす。ただし、閻魔姫の肩に手をかけたままであった。


「悪いけど、ちょっと、人質になってもらいますよ、閻魔姫」


「あんたってサイテー」


「ま、そう言わないでくださいな。さて、いいかおまえら。閻魔姫を傷つけたくなかったら」


「閻魔姫様から手を離せ!」


 魔人の言葉が終わるより早く、鋼のきらめきが空を裂いた。一瞬置き、魔人の左肩から先が落ちる。肩の切り口から鮮血がほとばしらなかったのは、魔人がヒロキくん以上の不死者であるためだったのか。少ししてから、魔人が自分の左肩を見る。


「わわわ!? 俺の腕が!?」


「パワー勝負は俺の負けかもしれないけど、それ以外の心理戦に関しちゃ、素人レベルみたいだな。魔人さんよ」


 慌てる魔人を見ながらヒロキくんが苦笑した。隣では、ボタンが大鎌を構えなおしている。魔人の口上をさえぎり、問答無用で背後から斬りかかったのはボタンであった。


「人質をとるなら、首筋にナイフの刃を当てるとか、こめかみに銃口を突きつける、なんてことをしなくちゃ意味がないぜ。それも、自分の背中は壁に預けておくのがセオリーだな。女の子を足元に置いて、背中に気も配らないでべらべらしゃべったら、不意打ちでやられて当然だろうが。このお姉さんたちが死神で、本来なら人間の命乞いなんかガン無視で魂を狩る方々だってこと、忘れてたとは言わせないぜ」


「いや、忘れてた」


 と、これはさすがに負け惜しみだが、口元の笑みを崩さずに言い返す魔人であった。


「とはいえ、こうなったら、さすがにひくしかない、か」


「そうしろ。さっきも言ったはずだ。おとなしくズラかれば、俺は見逃してやるぜ?」


「私たちは、見逃すなどと言ってないからな」


 これはアズサの台詞である。言うと同時に、アズサとザクロが魔人ににじり寄った。ヒロキくんがあきれた顔をする。


「あのな。あんたたちの仕事は、閻魔姫を地獄界につれ戻すことじゃなかったのか? 魔人のことは、少しくらい目をつぶってやっても――」


「そうだな。ここはヒロキくんの言葉に甘えさせてもらうとするか」


 ヒロキくんの台詞を中断するように魔人が言い、同時に右手で閻魔姫をあらためて抱きあげた。何をする気か? ヒロキくんはじめ、死神レディースの間にも緊張が走った刹那、魔人が行動をとった。


「「「「わー!!」」」」


 直後に泡を食った顔でヒロキくんが走りだした。死神レディースも大鎌を捨ててあとにつづく。あろうことか、魔人は閻魔姫を上空一〇メートルくらいの高みにブン投げたのであった! しかも斜め上!!


「「「「わわわわ!?」」」」


「今日のところは、これで帰ってやるぜー!」


 声もなく落下する閻魔姫にむかって走り寄る四人の脇をすり抜け、切り落とされた左腕を持った魔人が高らかに宣言した。ぶっちゃけ捨て台詞である。


「けど、俺はあきらめたわけじゃねーからな。絶対に閻魔姫をものにして、地獄界の釜に封印されない自由を手に入れてやるんだ。覚えとけ!!」


 覚えとけ、どころか、聞いてる状態じゃない四人にむかって言い捨て、魔人がズラかった。四人は四人で閻魔姫にむかって猛ダッシュ。地面に激突する瞬間、なんとか閻魔姫を受け止めたのはヒロキくんであった。


「よくやった!」


 この称賛は死神レディースの誰の声だったのか。ヒロキくんが受け止めた閻魔姫の顔を見ると、真っ青だった。当然である。うちどころが悪かったらガチで死んでいるところであった。


「大丈夫か姫!?」


「う、うん。なんとか。ありがとうヒロキ」


 少ししてヒロキくんに礼を言う閻魔姫であった。で、青い顔のまま、魔人のズラかったとおぼしき方向に目をむける。


「私、あんな奴とは、絶対に結婚なんかしないから」


「そうそう。それがいい。俺も本気で反対する気になった」


「わたくしどもが、いまから行って、首を切り落として参りましょうか?」


 と、険呑なことを言いだしたのはアズサである。このへんは、閻魔大王様のご息女に手をあげた不届きものを懲らしめたいという心理でも働いたのだろう。隣に立っているザクロもである。目つきも、かなりヤバいことになっていた。


「やめとけ。俺は、今回は見逃してやるって言っちまったんだ。情け容赦なしでぶっちめるのは次でいい」


「言ったはずだ。おまえと違って、私たちは、そんな約束をしていない」


「だったら止めないけど、勝てるとは思えないぜ? アズサさんもザクロちゃんも、俺と相対したとき、さっさと逃げだしたじゃないか。はっきり言っておくけど、あいつは俺より強いぞ」


 渋々って顔で、アズサがうなだれた。あらためてオッパイ揉まれる気にはならなかったらしい。隣に立っていたザクロもである。あの蹴り以上の打撃を食らうのは誰でも御免だろう。


「とにかく俺ン家に戻ろう。難しい話は、それからだ」

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