第六章 求婚劇・その2

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「それで、その男って、どんな感じだった?」


 息も切らせずに夜道を走りながら、ヒロキくんがザクロに訊いた。同じく、呼吸してるかどうかもわからない状態で走りながら、ザクロが口を開く。


「見た目の年は、あなたと変わらないくらいだった。魂の波動は感じなかったわね。いまのあなたよりも。これは確実に魂を狩れないって、すぐにわかったわ。だから、人間じゃなくて、私たちの同類だと思っていたのに」


「死神じゃなくて、しかも、俺と同じく魂の波動を感じないってことは、不死の魔人ってことになるな」


「そういえばザクロ、地獄界の釜から脱走したものがいるって言ってたわね」


 どうやら手ごわい相手らしい。閻魔姫を守るためにやり合うとなったら、苦戦しそうである。死神レディースは、どこまで役に立つのか、今回ばかりは見当もつかなかった。


「その魔人ってのは、何が目的なんだ?」


「私たちにわかるわけもないだろう」


「だよな。じゃ、仕方がない。とりあえず、そいつと出会ったら、俺がなんとかする」


 と、ヒロキくんがアズサとザクロに言いながら角をまがった。もう商店街に入っている。全力疾走系ゾンビ映画の先駆けに「バタリアン」というのがあるが、そんな感じだった。そのあとを音もなくアズサとザクロがつづく。お姫様のために死力を尽くすゾンビなんて聞いたこともない、なんて突っ込みはこの際無視である。姫に何があるか、ガチでわからない状態なのだ。


「「結界が見えたわ!」」


 アズサとザクロが同時に叫んだ。ヒロキくんも目をひそめる。


「確かに見えるけど、なんでだ? 俺ン家まで、まだ、かなりあるはずだぞ。姫とボタンさん、家に帰ってないのか?」


「そんな筈はないけど。これは、さっき私が見たときと違うわ。移動してるわね」


「さては、その魔人が平気で結界に侵入してきたから、泡を食って結界を解いて逃げだして、ここにまた張ったってことか」


 ヒロキくんの判断は正しかった。商店街を抜け、住宅街にある児童公園まで疾走したヒロキくん、アズサ、ザクロが立ち止まる。そこに結界の障壁が輝いていた。


「これは、人払いもしてあるわね。安心して。この公園の周囲に目撃者はいないわよ」


「それでも不死の魔人は入ってこられるってわけか。なら俺も行けるはずだな。わかった。行ってくる」


 ヒロキくんがアズサに言い、目の前の結界に飛びこんだ。アズサとザクロは結界に入れない。あとは、ヒロキくんがひとりでなんとかするしかなかった。児童公園のなかに見まわした先――ボタンと閻魔姫が抱き合って立っていた。その向かいに男が立っている!


「てめえが魂のない魔人って奴か!!」


 きちんとした身元確認もせずに決めつけ、カバンを投げ捨てたヒロキくんが魔人に駆け寄った。問答無用でローキック――のはずが、急に動きを止めたヒロキくんである。ヒロキくんの耳に、魔人と閻魔姫の会話が届いたためであった。


「ね、だから、お願いします。俺と結婚してください」


「フン、何言ってるのよ。私、あなたなんか、全ッ然趣味じゃないんだから」


「いや、そこをなんとか、偽装結婚でもいいんですよ。とりあえず、形だけでも、そういうことにしてくれれば」


「いやだって言ってるでしょ。それとも、何? あんたロリコンなの?」


「そういうわけじゃないんですけど。でも、お願いです。なんだったら、婚約ってだけでもかまいませんから。必ず幸せにしますから」


「私、いまのままでも、充分幸せだもん。ていうか、しつこくない?」


「いや、そう言われるかもしれませんけど、そこは、哀れな人間を助けると思って。お願いします。この通りです」


 魔人と覚しき男が、閻魔姫に土下座までした。あきれた顔の閻魔姫が、ボタンから離れて仁王立ちになる。


「あなたみたいな不死者、私、ほかにも知ってるけど、ずいぶん違うわね。情けない奴。人間を超えたって誇りはないの?」


「そんなもん、俺にだってねえよ」


 話に入ったヒロキくんに、閻魔姫が顔をむけた。


「あら、ヒロキ、きてたの」


「まァな。ザクロちゃんに、まずい奴が姫に近づいてきてるって聞かされて、すっ飛んできた。しかし、想像してたのとは、えらく違うな。これが魂のない不死の魔人かよ?」


 ヒロキくんの言葉に、土下座してた魔人が顔をあげた。割と美形である。着ている服は、そのへんで売ってるようなTシャツとジーンズであった。人間界にやってきたとき、どこかでパチってきたらしい。その魔人が怪訝な顔でヒロキくんをながめる。


「おまえ、閻魔姫のなんだ?」


「姫の家来で、太野裕樹ってもんだ。ヒロキでいい。それより、人にものを聞くときは、自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」


「それもそうだな。じゃ、自己紹介しよう。俺は魔人だ」


「そういうんじゃなくて、名前は?」


「あいにくと記憶にない」


「ふざけてんのか? それとも喧嘩売ってんのか?」


「すまんが、嘘は言ってない。実を言うと、俺、地獄の釜に封印されてたんだが、そのときに、記憶も少し封印されてしまったようでな」


「あ、それはすまなかったな。勘違いで言いがかりつけちまった。で、それはいいとして、おまえ、姫に何を言いよってたんだよ?」


「いや、結婚してほしくて?」


「――何を言ってんだ? この娘、七歳の小学生だぞ。見てわかんねえのか」


「だから、偽装結婚でも、婚約でもいいって言ってたんだけど」


「あー。そういえば、そんな台詞も、ちらっと聞こえたな。なんでまた?」


「もう地獄の釜で封印なんかされたくないんだよ」


 魔人が立ち上がった。閻魔姫をむく。


「もういっぺん、この男に説明していいですか?」


「べつにかまわないけど?」


「じゃ、お言葉に甘えて。――ちょっと自己紹介するけど、俺、不老不死の魔人で、人間界に存在してはいけないってことで、地獄界にとっつかまってたんだ」

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