きみに会うための440円

@chauchau

居そうなところを30分ほど探し回って


「何してん」


「煙草吸ってる」


「いや、そうやなくて。……今日デートやったんちゃうん」


「それな」


 コンビニの前でヤンキー座りのまま煙草を吸っている姉のどや顔が鬱陶しくて、とりあえず無視して店の中に入ることにした。





「まだ居ったん」


「そっちもえらい時間かかったやん、うんこ?」


「外で下品なこと言うな、立ち読みしてただけじゃ。そっからも見えてたやろうが」


 30分ほど時間を潰したというのにまだ店の前に屯って居た姉の姿に、隠す気もないので思いっきりため息をついてやる。


「うわ、読むだけ読んで買わへんやつや。お店の人に謝ってこい」


「ちゃんと缶コーヒー買ったわ」


 諦めた俺は、壁にもたれ掛かりながら買っておいた缶コーヒーの1本を姉に投げ渡し、もう1本の蓋を開ける。


「ふぎゃッ」


 狙い通り姉は顔でキャッチし、変な悲鳴をあげているが知ったことではない。

 それにしても……、


「今日のデートさ……、中止になってん」


 新商品というラベルに釣られて買ってしまったが、この缶コーヒーイチゴオーレスペシャル……、まっず。


「てか、正確にはフラれたんよな……、はは……」


 しかも微妙に飲める味なせいでまず過ぎての笑いも取れへん微妙なレベル。開発者まじ出てこい。


「何があかんかったんやろうな……、すっごい好きでな、お姉ちゃん頑張ったんやで?」


 やっぱり缶コーヒーはいつものがええな。浮気をしてしまった罰としてこれは最後まで飲もう。喉も乾いていたし。


「向こうがマイナーバンド好きぃ言うから、色々調べてみたりその人らの曲何回も聞いたりさ」


 結局こうなるんが分かりきってるのに新商品と見てしまうと手に取ってしまうあたり、人間ってのは簡単に出来てんねんなと思ってしまう。


「付き合ってから一緒にゲーセンも行ったし、海も山も遊びにいったし……、海はまだ入られへんかったけど」


 きっと商品開発の人の手の上で転がされてねんやろうな。


「博物館とか、映画も行ったんやで……。向こうかっていっつも楽しい楽しい言うてくれててめっちゃ良い雰囲気で、やっと……、やっと今回こそは、って思ったのに」


 あー、なんて俺は馬鹿な奴なんやろうか。


「何が、あかんかったんかなぁ……」


「……、強いて言うならやけど」


 普段の様子とは打って変わって、雨の中捨てられた子犬のように弱弱しく見上げてくる姉の顔をげんなりと見つめ、俺はメンドクサイと思いながらも仕方なく言ってやることにした。


「その人と付き合ったんって2やなかったっけ」


「せやで?」


「ゲーセン行って、海行って、山行って、博物館行って、映画行ったん」


「あとごはんも一緒に食べた」


「多いわ」


 人が心底メンドクサイという気持ちを押し殺してせっかく言ってやった分かり易い一言アドバイスだというのに目の前のこのクソ姉はきょとんとまったく理解している様子が見られない。


「帰ってええか?」


「ええと思う?」


「思う」


「思うな」


 所詮身体能力に大きすぎるほどの差があるため、無駄なことに体力を使う気はない。


「付き合ってまだ2日なんやろ? のくせになんでそんなにイベント経験してんねん、多すぎるわ」


「なんでよ」


「なんでよがなんでよ」


「いやいやッ! 恋人同士やで? 一緒に遊びたいと思うのが普通やん!」


「遊ぶ量が異常や言うてんねん」


 昔からこの姉は体力馬鹿で有名だったが、大学生になったいまでも、というより年々体力系のステータスだけが勝手にどんどん成長していく。


「今回の人にはなんてフラれたん」


「もうついていかれへん、って」


「今まで姉貴何人と付き合ったっけ」


「8人」


「ついていかれへんって言ってフラれた回数は」


「8回」


「10割やんけ」


 伝説のバッターかよ。


「てか、姉貴って煙草なんか吸ってたっけ」


 一緒に暮らしているが、姉から煙草の匂いがすることなんかほとんどなかったはずで、していた時もヘビースモーカーの友達と遊んだあとくらいだったはず。


「ああ、うん。フラれたあとだけやけど」


「なんで」


「これな、440円するねん」


「……はあ」


 この時点でもう意味が分からへんが、この姉にそんなことを言うても仕方がないのでしょうがなく最後まで聞いてやることにする。


「で、今日のデートやねんけど電車片道220円やねん」


「つまり往復で440円やな」


「せやから吸ってんねん」


 誰かこいつにせやからの使い方を教えてやってほしい。


「もう少し分かりやすく頼むわ」


「ええとな? なんかテレビで言うてたんやけど、海に水を落とすと混ざりあうやん。それでな、どこででもええから海水を掬うとほんまに小さい量やけど、絶対にその落とした水が入っているんやって」


「あー、どこかで聞いたことあるようなないような。……で?」


「せやから、ここでホンマは会いに行くはずやった440円を使って買った煙草の煙を吐き出すことで、どこかであの人も私が吐いた煙を吸っていることになるかもしれ、なんで帰るん」


 聞いて損した。ていうか、まじで気持ち悪い。


「待って待って!? どないしたん!」


「うっさい、離せボケッ」


「可愛い女の子にボケはひどいやんか!」


「可愛いと女と子に謝れ!!」


「せやったら、のだけで生きろって言うんかッ!」


「勝手に生きろやッ!!」


 家で心配している母に、ちゃんと姉貴を見つけましたと連絡だけ入れてとっとと俺は家へと帰るのだった。うるさい姉を連れて。

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