ライバルララバイトリコローレ


 何か思うところがあったのか、アレクはキュッと口許を力ませて決意したように呟いた。


「あの先輩が言っていた言葉は尤ももっともだ。僕が君に決闘を申し込むなんてきっと烏滸がましいおこがましいことなんだろう」

「辞退してくれるならこっちは助かる」


 ミロードがため息混じりに呟くと、聞きわけの良いアレクはそうだよね、と嫌味のない同情すらしてくれる。何せベストランカーは見ず知らずの上級生(武器所持)からも因縁をつけられてしまうのだという現実を見たばかりだ。


「でも君は僕のライバルだよ。僕はいつか君に追いつきたい」


 キラキラの眩しい眼差しで尻尾を振る『まるで仔犬』。だがお利口に『待て』も出来るからまあ付き合ってやらんでもない。


「僕の騎士団はね、皆の願いを叶える『流星騎士団』にしようと思ってるんだ。まずは僕が、僕に従事してくれる騎士たちの願いを叶えたい。僕が君に勝って皆の溜飲りゅういんが下がるならって思った。でも──別の方法を探すね」

「そうだな。それが賢明だ。あとどうせなら騎士団の名前も流星より星屑のほうがお前にはおあつらえ向きだぞ」


 ミロードの言葉にアレクは首を傾げた。


「流れ星が消える前に3回「Rest in peace(安らかにお眠りください)」と唱えると、霊魂が煉獄から抜け出すことができると信じられた。志は実に崇高だと思う。流星は天国のドームが開く合図とも云うしな。耳触りは良いが」

「宗教的な目的はないけどね」

「だったら尚更やめておけ」


「うーん。今の僕たちじゃあ確かに星屑のほうが無難なのかなぁ」


 素直で律儀で純粋なアレクは見下されたと怒りだすでもなく、ミロードの言葉に簡単に左右され頭を悩ます。今時珍しい逸材だな、と内心思う。


「上辺にとらわれない方がいい。彗星でもない限り『流星は所詮大気圏に突入した摩擦で燃え尽きるまでの一瞬の光』だ。だが星屑は満天に広がる果てない宇宙の恒星、ハルカトオクの自ら光る命だ。過去と、未来がある」


 星屑なんて弱々しくて雑多な小さな光だと思っていた。星の屑だと思い込んでいた。しかしミロードは云う。流星こそがただの塵のようなものなのだと。アレクはきゅるんと自らの目から鱗が落ちるのを感じた。


「ちょっと難しくてよくはわからなかったけど! 帰って天体のこともう少し勉強するね!! とにかく僕は今すごく胸を打たれたんだ。君はすごいなミロード君!」

「……すごくはないが?」


 まだ何ら難しい話はしてないぞ、とミロードは顔をしかめた。


「星屑騎士団! すごく素敵だ」

「そうか。気に入ったなら何よりだ」


「あと、騎士アレクは騎士ミロードに忠誠を誓うよ!!!」


 突然の話題転換とばかりに元気いっぱい叫んだアレクだったが、「あ」ミロードが何かコメントするより先に、アレクのアミュレットがブブーっと音を立てた。


 アレクは自分のアミュレットをみつめた。そして捨てられた仔犬のような目でミロードを振り返る。


「悪い。全面ブロックしてるから。他を当たってくれ」


 すっかり意気消沈したアレクを特に励ますでもなく、ミロードは思い出したように付け加えた。


「これはお節介かも知らんが。身内に敵が潜んでいることもある。お前はなんだかんだ悪い奴ではないし、変なところで犬死にして欲しくはないので一応。気をつけろよ」

「ミロード君……やっぱり僕をとても心配してくれてるんだね」

(それはお前がお花畑だから、な)


「君にはかなわないや」


 アレクはすっきりした顔で微笑んだ。



 その頃セレストは、レオの特訓で木の棒と格闘していた。


「番犬ちゃん、『取ってこい』くらいすぐにできないと」

「いや、あのですね、というか、これ一体どんな意味があるんですか」


 二本の手は使えないように縄で縛られた状態で、足許に落ちている棒を蹴り上げ、あわよくばそれでレオンハルトを攻撃しろ、ということだが。


「いつ何があってもぉ? 対応出来る手段は多いにこしたことはない。手が塞がっている時、あるいは敵の目を欺きつつ、フリーの足を使わない手はないっつーかぁ」


 言いながらレオは自分の足許に落ちているものを次々に蹴り上げ棒でも石でも器用にリフティングして見せた。


「はあ? まじか、クソ」


 あんまり簡単に繰り出される曲芸に思わずセレストの口が悪くなる。


「重さと重心をチラ見で確認してる」

「重心」

「そ。重心さえわかってれば、あとはぁ気合いで何とかなる?」


 そんなわけないだろ、と喉まで出かかっている言葉をこらえた。この人はきっと実際それで何とかするのだろう。


「まあ出来たらいいよねぇ程度の話だから、出来るまでいつでも好きに自主練してもいいし、別にやらなくたっていい」


「けど、何でもいい。奥の手はたくさん用意して。基本は剣槍でもいい。それ以外の攻撃手段をいつでも探して。生きのびるために。守るために」


 不意のマジトーン。セレストは思わず息を飲んだ。


「……わかりました。とりあえず縄解いてもらってもいいですか」

「んじゃ次ぃ。魔導リングの炎でその縄自分で焼き切ってぇ」


 色んな想定を踏まえて実践型の訓練なのだと薄々気付く。


「自分の魔導で自分が怪我しちゃうとかダサいからぁ、使いこなせるよぉになろおねぇ」


 レオがにっこりと手をひらひらさせて「俺そろそろ授業の準備行くからぁ」「は?」「番犬ちゃんは遅刻しないように頑張ってぇ」「ちょ」軽い足取りで立ち去った。


「せめて縄焼くとこ見届けてから行ってください!」

「いや。実際縄切れるまで焼くのって大変だから。無理しないでミロードちゃんに解いてもらったらいいしーwww」


 レオの笑い声が遠のいて行く。


(ミロード君に? すっげえかっこ悪い!)


 もちろん泣きつけばミロードは縄を解いてくれるだろう。だがそこにある情けなさを思うとめらりと闘志が沸き立つ。


(魔導リングの炎で縄だけ焼く。火傷をしないよう、皮膚に触れていない部分だけを)

 せいぜい最大火力を放つだけレベル。威力。箇所。諸々の調整が必要だ。

(イメージ)

 魔導リングが薄紫に揺らめく。ジリ、と音を立てて縄の表面に毛羽立った部分が一瞬で焦げた。鼻につく炭化の臭い。


(…………こええぇ)


 一歩間違えば縄なんてすぐに引火して燃え上がる。燃えはするが千切れるまで手は捕らわれたままだ。ガッチリと編み込まれた密度の高い縄は内部は燃えにくく切れにくい。本来縄は簡単に切れてもらっては困る。そういうものだ。


(恐がっている場合じゃないぞ。しっかりしろ騎士セレスト。場所も威力も間違ってない。もう一度!)


 集中するセレストの首筋を汗が流れた。


(イメージ)



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