9.勝ち取るべき残り物

 けたたましい高音の電子音が響く。


 地球で使っていたスマホもそうだったが・・・やはりアラームというものは、人間の不快感を煽るような効果でも付与されているのだろうか?? 明るく軽いテンポの曲にも関わらず、なにを置いても止めざるを得ないほどの不快さ加減を見事に表現している。



《条件が満たされました。命令行使確定より8時間が経過しましたことをお知らせします》


「サンキュー○○クス。・・・よっこらセッ○○」



 本当に8時間しっかり眠ってしまったのか。窓の外も真っ暗じゃないか。


 半目のままソファーにおもむろに這い上がり、モニタに目をやる。・・・画面に2つずつ表示されていた候補地だったが、これ以上は下にスクロールしない。この8時間の内に更に1つの候補を失ったのだ。・・・8時間かけて1つだけ? まぁいい。今残る候補は2つ。



 ●港湾都市ユヌスグウ近郊の高台

 ●地下工業都市ヨウシュの下水道路



 ふむ。地方都市とはいえ人間側の拠点であろう【港湾都市】と、臭い汚い酷い環境の【下水道路】か。まぁ、あまりに不潔なのは勘弁してほしいので、この段階になると【港湾都市】一択ではあるが・・・



 なぜ候補地がどんどん減ったか。



 それは、選んだ奴が他にいた・・・つまりここではない何処かで、俺以外を相手に、同じ転生作業が同時進行的に行われている。もしくは運営側が俺にそう思わせたいから。



 最初に10個あったはずの候補地がリストアップされる時点ですでに2つ減り・・・その後も次々と減り、俺に最後の選択を迫るように2つだけが残る。非常にあからさまだ。なにがあからさまかって、俺に対し「揺さぶってますよ感」があまりにあからさま過ぎる。


 だって、他の候補者の存在を本当に隠したいのであれば、別の時間帯にやればいいだけのことでしょ。同じ時間からよーいドンしたいにしても、それならそれで待機させればいい。この部屋のテクノロジー然り、現状が本当に異世界転生であるならば、死者の転生なんてとんでもないことに関われる存在なんだから、その程度は造作もない事だろう。


 イッシーのマイクのオンオフ音もだが・・・俺が気づいたという時点で状況が恐ろしく歪(いびつ)なのだ。


 先ほどの名前確定の段階で、他の候補者の存在については情報開示を拒否されたが・・・「あくまで明言はしないけど、気づけたならそれを前提に動けるね、良かったね」という意図とも取れる。


 明らかな誘導。しかも、気づけた者に限った誘導。ただ、それにまな板の鯉状態ながらも、管理側の性格がうかがえる貴重な情報だ。



 たしかに魅力を感じやすい候補地から消えていった印象はあった。


 候補地の選定で、魔王という立場として重要なことは大別して2点。「人間側の生物が多いか」「モンスターが多いか」か。簡単にメリットデメリットを整理してみると・・・



 ●人間側の生物が多い


 メリット


 ・搾取対象の供給源が充実する

 ・高い生活基準を用意しやすい


 デメリット


 ・人間からの攻撃を常に警戒せねばならない

 ・配下モンスターの供給源に乏しい



 ●モンスターが多い


 メリット


 ・配下モンスターの供給源が充実する

 ・人間からの攻撃を警戒しなくて済む


 デメリット


 ・搾取対象の供給源に乏しい

 ・生活水準に期待できない



 こんな感じか。



 1つ目の【港湾都市】は「人間側の生物が多い」に属するだろう。ただ、ベッドタウンともなると、スタートで相手するにしては規模が大きすぎないだろうか? 港湾施設が集中するエリアもだが、それらの防衛にはかなり気を使ってるはずだ。


 モンスターが襲う人間の街というのは、俺の認識で言えば「集落」レベルだった。都市を襲うなんてのは、スタンピードイベントくらいなもんだ。どう考えてもスタートで相手に出来る規模ではない。


 気になるのは、高台を境にどういった整備がされているか。高台までの距離を充分取り、高台からの襲撃に備えているならまだいい。高台の上にも防衛ラインを構築しているとなると、かなり活動は制限される。拠点もその場に作れるかどうか。


 かといって、あえてここを候補地にした管理者側の意図を考えると、国外に出る以外の手がありそうだ。身分を隠しての街との交流も視野に入れて考えるべきだろう。


 2つ目の【下水道路】も「人間側の生物が多い」だが、それらは通常環境下にいるとは言えず、精神的にはかなり変質しているという認識は必要だ。


 場所としては下水道路そのものが拠点として利用できそうだが・・・間違いなく汚いし臭い。今ここで配下モンスターを購入したところで、下手したら対応できずに病死する可能性もある。


 とはいえ、現地モンスターを調達するにしても、鼠系、コウモリ系、スライム、ウォーキングマッシュルームといったところだろうが・・・いずれ下水道路の拡張をする際に、工事要員に成り得るかを考えると心もとない。


 となると、地下工場の労働者がキーになるエリアか。餌にするか労働力にするか。どちらにしても、とんでもない会社のようだから、労働者が減ってもろくな調査をせずに追加されるだろう。引き抜くなら会社への抵抗という名目で釣る。場所も配下も用意してくれるとは、UDSR社様様だな。無論、忠誠を誓う者は人間だろうが迎え入れるぞ。



 候補の中で一番手を出すべきでなかったのは【大森林】だろうな。



 属性を見る限りエルフは魔王にそのまま迎合するとは考えにくい。しかも非管理区域とはいえ不法侵入だ。見つかれば確実に、四方八方森の中でエルフと敵対することになる。


 当然、エルフの生活圏で高い生活水準に触れることだって不可能だろし、万が一にもこちらが魔王と知れたら、災厄指定からの全戦力投入なんてこともあり得る。


 おそらくここを選んだ奴は、エルフへの幻想を抱いている地球人ではないだろうか。事実、この部屋に来た際にモニタに映っていたエルフと思しき人々は容姿端麗で、生活水準も高そうではあったが・・・そのメリットにあやかれないままデメリットだけを背負うことになるんじゃないだろうか。


 次点で【リザードマンの島】だが・・・これは交渉次第ではなんとかなったかもしれない。聖域の孤島にいきなり現れた強い存在を見て、リザードマンはどう考えるか。奴らは属性的に魔王側寄りだ。【大森林】よりは充分に楽観視できる。


 と、少し脱線したが・・・


 俺の予想が正しければ、今回同時に生まれる魔王は、俺を含めて少なくとも9人。


 これだけ時間が経っても候補地が2つ残っているということは、もう選択する者がいないか、もしくは俺と同じ考えに至り「9人以上」という数字を更に「10人以上」と確定したがっている奴がいる。


 もしくは、10個全てが選択された後、隠されていた候補地が出てくることを予想している奴なんてのもいるかもしれない。考え始めるとキリがないな。

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