第6話 路地裏



 一度そらしかけていた視線を、ふたたび店主へ向ける。


「誰? その人」

「知らないんですか? この世界を統べる神にひとしき存在ですよ」

「そんな人、本当にいるの?」

「面会を許された選ばれし者によると、『なんとも清々しい爽やかな方』だったと」


 抽象的すぎてよく分からないわね。

 あごに指を添えつつ、様子をうかがっていると、彼女がまた気になる情報を落としてく。


「あの方はそれはもう、すごい戦士でした。私もう、憧れちゃいます。なにより、杖一本で、世界を創造したというくらいですから、伝説的です。そんなお方がこの世界に実在しているだなんて、胸がときめくお話じゃありませんか?」


 ほお薔薇ばら色に染めて、身を乗り出してくる。

 瞳は照明の光よりも輝いていて、今にもビームが飛び出してきそうだ。


「えーと、その……」


 そっと、後退ずさりする。

 ひょっとしたら店主、女王に恋をしているのかしら。声音も甘かったし。

 と、とにかく、貴重な情報が得られたのは事実だわ。彼女は使える。さらにくわしく尋ねなきゃ。


「ねえ、杖とはこういうものじゃなかった?」


 小さなバッグのふたを開けて、真っ二つに折れた杖を取り出す。

 店主は目を丸くしたものの一瞬で真顔になって、ガラクタと化した武器を観察する。

 やがて、女性は顔を上げて、にっこりと笑む。


「ええ、そうです。こんな感じです。ですけど、レプリカですね。本物ではありません。本物はもっとこう、おごそかといいますか、神々しい雰囲気がただよっているのです。まさしく、ええ、まさしく。女王本人の化身のごとく。こんな真っ二つに折れたしょぼい杖なんかよりも、立派なのです」


 ああ、そう。

 悪気はないのだろうけれど、所有物をバカにされたので、カチンとくる。

 店主から伝わってくる熱量も強いし、疲れてきたわ。

 真っ赤な太陽が沈んでいく様を横目に、無表情になる。

 冷めた目をした私とは対照的に、目の前にいる女性はノリノリで、語りを続ける。

 いい加減にしつこいので、離れよう。私は背を向けた。

 扉の前まで進んでも女性は一人で解説をしている。高らかに響く声を後ろに聞きつつ、扉を開けた。


 外へ出ると、急に涼しげな風が吹き付けていく。

 なんだか気温が下がっていない? 顔を上げる。

 なるほど、太陽の上から厚い雲が垂れ込めて、光をさえぎっているのね。

 おかげで村全体が薄暗くなって、陰鬱いんうつな雰囲気もただよい始めた。

 そろそろ帰らなきゃ。


 ざっと村を確認して、ミラージュの家の位置を特定する。

 ところが、私の足は自然と、本来向かうべき場所とは別の方角を向いていた。

 帰りたくないわけではないのよ。むしろ早く休みたい。

 私が茜色と鈍色が混じったような世界に留まっているのは、『まだやり残したことがある』と心の奥底で、自分自身が訴えてくるからよ。

 南側をくまなく捜索するような形で、てきとうに歩いてみる。


 村自体は広くはないようで、端にたどり着くまで時間はかからなかった。

 いつの間にか狭い路地に迷い込んでいたようで、薄暗さが増す。早急に光のある方へ進みたいところだけど、足はさらに奥へと向いている。

 奥へ進んでみたいという好奇心が胸の底から湧き出して、止まらなかった。


「どうした? おい、なにか言ってみろよ」

「ビビっちゃって口も聞けねぇってか?」


 厄介事の匂いがするわ。

 声のしたほうへ足早に近づいて、『予想通りかよ』と内心でこぼす。


 村のすみの日の当たらない場所で、数名の若者がたむろしている。

 灰茶色・褐色・羊羹ようかん色――全体的に地味な色の服を着た少年たちが、白い服の子どもを囲っていた。


「金だよ、金。お前、持ってんだろ?」

「持ってないよ」

「ウソつけ。出し惜しみしやがって」

「早く出したほうがいいぜ。こういうのはな、俺らみてぇな強ぇやつに搾取さくしゅされるのが基本なんだ。お前らに自由に使わせる金はねぇんだよ」


 あちゃー、カツアゲか。かわいそうね。

 自分の中の良心が『飛び出せ』と叫んでいるものの、なかなか動けない。


「おい、そこのお前」


 そして、これは全くの不意打ちだった。

 荒々しい声を背中に聞いた瞬間、私は背後から口を押さえられていた。

 目だけで後ろを見る。前方にいる者と似た格好と髪型をした若い男たちが、狭い路地を塞いでいた。


「お前。金、持ってんだろ?」


 じりじりと男が詰め寄る。

 持ってるわけないでしょうが。私は勢いよく首を振って否定する。

 相手は舌打ちをするだけで、信じてくれない。


「こうなりゃ力づくだ。おい、やっちまえ」


 背後で冷たい音がした。

 ナイフだ。

 背中に冷たい戦慄せんりつが走る。

 鉛色の雲の下、かすかに絶望を感じたとき、唐突に上から声が降ってきた。


「派手にやってるじゃねぇか」


 聞き覚えのある声に、心が波立つ。

 見上げた先――鮮やかな黄色をした屋根の上に、一人の青年が立っていた。

 純白の鎧を身に着けた彼は、サラサラとした金髪を風になびかせながら、深い青色の瞳で地上を見下ろす。


「なんでこんなことになってんのかね。まあ、いい。片付けるか」


 彼は屋根から下りて、ふわりと着地をする。手にはなにも持っていない。

 あっけのとられていた若者たちも、相手が一人だと分かるや、襲いかかる。

 危ない。柄にもなく心配した。


 しかし、全ては杞憂でしかない。

 不安に揺れる視界の中、真っ赤に染まった空を背景に、若者が舞う光景を目の当たりにする。

 シュールだ。

 さながら、コメディ小説に出てくるシーンのようでもある。


 まばたきをした瞬間には、周りにはたくさんの若者たちが転がっていた。

 なにが起こったのか理解できない。

 白い服を着た子どもも隅っこで、立ちすくんでいる。

 二人でぼうぜんとしていると、彼がこちらへ近づいてきた。


「なによ?」

「助けてくれ」

「なにが?」

「迷ったんだ」


 急に熱が冷めた。


「どうしたら迷うのよ、こんな狭い土地で」

「うるせぇな。俺はどこでも迷ってんだよ。心の中でもな」

「そんな、自慢のように言われても困るわよ」


 とりあえず、合流できたようでなによりというところじゃない。

 さあ、さっさと日の当たる場所へ行くわよ。

 移動を開始しようとしていたとき、急に見知らぬ声がした。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 白い服を着た子どもが、目をうるませて青年を見上げていた。


「ヒーローみたいでかっこよかったです。あなたなら盗賊にも勝てるはず」


 邪気のない無垢な瞳で見上げられて、青年――ルークもややたじろぐ。彼はやや後ろへ下がったあと、口の中でなにかをつぶやいた。

 相手は構わずに話を進める。


「どうか、力になってくれませんかね?」

「俺が? なにをすればいいんだ?」

「盗賊っす。みんな、その被害にあってるんすよ。だからどうか」


 ああ、つまり、そういうことね。

 なんとなく読めていたわ。


「困ってるんすよ。盗賊があるとき現れて、村のものを盗んでいって。俺たち、もうなにもないすよ。隠しているものがあったら、片っ端から……。ほしいものも買えなくてさ。だから、だから……」


 うつむきがちに、つらい記憶でも語って聞かせるように、子どもは眉間にシワを寄せる。


「そうか、いいよ。やってやる」


 あまりにもきっぱりとした宣言。

 嘘でしょ……。メリットとかなくない? 

 私の困惑とは裏腹に、目の前にいる子どもは顔に希望を色を宿す。


「本当すか? 今から会議が開かれるんすよ。ついてきてくれますか?」

「ん? まあ、いいけど。って、おい、はえーよ。どこへ連れてく気だ?」


 子どもはルークの腕を引っ張って、どんどん先へ進んでいく。

 私もあわてて後を追う。

 なんというか、蚊帳かやの外ね。私って必要なのかなしら

 気分は沈んでいる。頭上に広がる雲もなかなか晴れてはくれなかった。

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