名探偵VS吸血鬼

主城

名探偵VS吸血鬼

 町はずれの深い森の、そのまた 奥にある古びた洋館。


 その夜。館の主が友人たちを集めて、大広間でささやかなパーティーを開いていた。


 僕、牧駒玲太まきこまれいたは長年の付き合いである彼から招待され、このパーティーに参加していた。



 他の招待客と歓談していると、いきなりフッと照明が消え、辺り一面真っ暗になった。


「何だ? 停電か?」


 数十秒後。電気が復旧し照明がついた。周囲から安堵の声が漏れる。


「きゃああーーっ!」


 が、直後そんな声をかき消すほどの悲鳴が鳴り響いた。

 何だ何だと向かってみると……。


「なっ……!?」


 紅い絨毯の上で館の主が変わり果てた姿になって、うつぶせの状態のままその場に倒れていた。



「ご主人様!」

「駄目だ、死んでる!」


 メイドが主の体を揺するが、首がぐわんぐわんと動くだけで何も反応がなかった。


 先程会った時はあんなに若々しかったのに、彼の顔は血の気が全くなく、何かを吸い取られたようにしぼしぼの顔になってしまった。


「……これってあれじゃない? 吸血鬼の呪い、みたいな……」


 一人の招待客が不意にこんなことをつぶやいた。


 吸血鬼。蝙蝠のような羽をもち、人の血を吸い取ってしまう化け物。その際、首元を噛んで吸血すると言われている。

 確かにこの館近辺では、昔から吸血鬼の目撃証言が多数存在するらしいが……。


「ば、ばか! そんなのいるわけねえだろ! 漫画や小説じゃあるめえし。あんたもそう思うだろ?」

「ひっ!? そ、そうですね……」


 強面の男が隣にいたスーツ姿の男性に話を振ると、顔を小刻みに振って返答した。


 ……この男性なんか怪しい。さっきからやけにおどおどしているし、何といっても口元に赤い液体がでっかく付着している。


 もしかしてこいつ……、噂の吸血鬼では?


「話は聞かせてもらった!」


 と、その時。大広間の扉が開き、外からオレンジ色のパンチング帽とトレンチコートを身に着けた青年が現れた。


「な、なんだお前は!」

「何だかんだと言われれば、聞かせてあげるがこの世の常!」


 青年はコートからカードの束を取り出し、それをばらまいた。

 表面には大きく、『視野六探偵事務所代表・視野六穂無也しやろくほむや』という文字がプリントされている。


「探偵?」

「いかにもタコにも。私立探偵の視野六穂無也であります!」


 視野六はそう言うと、人差し指を天に掲げ、ポーズを決める。

 それを見た招待客たちの気持ちは『めんどくさそうなやつが来たなぁ』一択であった。


「この事件、私が解決してみせる。おばあちゃんの名において!」


 主のもとへ駆け寄り、いろいろと調べ始める視野六。

 周囲から何も言われても捜査に集中するその姿は、さすが探偵と名乗るほどはある。


「むむっ! そうか、そういうことだったのか!」

「何、分かったのか!?」

「真実はいつもニコニコあなたに這いよるニャーKB!」

「よくわからんが、早速推理を聞かせてくれ!」

「いいでしょう」


 視野六は招待客を自分の前に集めて解説し始めた。吸血鬼は相変わらずビクビクしているが。


「まず、被害者はうつ伏せで倒れていた。これは被害者が後方から襲撃を受けたことを意味する」

「「「「「ふむふむ」」」」」

「そして、この事件最大の特徴……、それはこれだ!」


 視野六が主の身体の一部分を指さす。その指さした方向というのが……。


「「「「「あ~っ! 首にかまれた跡が!」」」」」


 ビクビクビクーン! と吸血鬼の体が大きく震える。 

 早くも動かぬ証拠たたきつけられてるじゃん!


「そう、犯人は被害者の首を狙って攻撃し、その命を奪ったのです」


 視野六の言葉に、大広間中から動揺の声が上がる。


「そしてその首には犯人の指紋がべったりついている。言い逃れは出来ない!」

「‼」


 またも吸血鬼の体が跳ね上がる。


「……」


 すると吸血鬼がゆっくりと手を挙げる。

 おおっ、ついに。ついに自白か!?


「この事件の犯人……、それは貴方だ! 乾次郎さん!」

「…………え?」


 犯人として挙げられたのは、僕の予想とは全く違った人だった。


 丸眼鏡を掛け、どこにでもいる普通の男性のはずだが。


「私は最初から気づいていましたよ。貴方が人の姿を借りた狼男だっていうのはね!」

「「「「「な、何だってーーっ!?」」」」」

「ふっ。ばれてしまっては仕方ない!」


 すると乾の身体が徐々に大きく変化し、オオカミの姿になった。


「ああそうさ、あの野郎を殺したのは俺だ! あいつパーティーの時、俺が大事にとっておいた肉を食べやがった! それが許せなくて……、あいつが油断した隙をついて、がぶっと噛み付いてやったのさ」

「大事なメニューを食べられた悲しみは痛いほど分かります。しかし、だからといって人を殺していい理由にはならない!」

「ううっ……、くそおっ!」


 狼男は膝から崩れ落ち、強く床を叩いた。

 その後、すぐに警察が到着。彼はおとなしくパトカーで連行されていった。


「憎しみは悲劇しか生まない……。悲しいですなぁ……」

 視野六は今回の事件をこう締めくくると、その後はすっかり興味をなくしてしまったようで、さっさと帰っていった。

 




 事件がひと段落したため、招待客たちもぞろぞろと帰っていく。


 しかし僕は今回の結果に納得がいかなかったため、そそくさと立ち去ろうとしていた吸血鬼を呼び止めた。


「ちょっと待ってください。聞きたいことがあるんですけど!」

「ひいいっ!? 何ですか!」

「単刀直入に聞きます。あなた吸血鬼ですよね。主の血を吸って殺したんですよね!?」

「そ、そんな……。私はただの人間ですよ」

「嘘だ、ならその服についてる血はどう説明するんですか?」

「血じゃないですよ。さっきトマトジュースをこぼして。着替える暇もなく事件が起こったんです」


「主は血を全部抜かれてるんですよ? あなたが吸ってないとすれば、それは一体どこにいったんです? あれだけの量なら床にドバドバ流れてるはずですけど」

「絨毯の色で見えなかったんじゃないですか……?」


 確かに絨毯の色は燃えるように真っ赤っか。その色に同化してしまって、そこに血がある事は確認できない。


「……じゃあ、ブルブル震えてたのは?」

「トイレに行きたくて……。我慢できなくて、途中で手を上げようとしたんですが……」


 何てこった。あの動作は犯行の自白ではなく尿意の自白だったのか。


「あ、あの。もう本当にヤバいので、失礼しますねっ!?」

「ま、待って! まだ聞きたいことが……!」


 走り去ろうとした吸血鬼(?)の肩を、僕はバッとつかんだ。



「あっ」



 ジョー……と、水が流れる音が聞こえる。


 僕らはその場で立ち尽くし、しばらく経ってから呟いた。



「い、今起こった事は、水に流してもらうって事で……ダメすか?」


――――――――――



 翌日。館近くの森で、男性が首をつって亡くなっているのが発見された。


 その男性の首筋には、何者かに噛まれた跡があったとかなかったとか。


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名探偵VS吸血鬼 主城 @kazuki_isiadu97

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