1.5章 少女のはじまり と ここまでの補完

1.5=0 捨てられること、拾われること

 日向では小春日和の風が大地に新たな息吹をもたらし始め、日陰ではまだ冬の余韻が残す竜歴一〇〇〇年芽月の二十日。日は既に八つ時を過ぎて、茜よりはまだ柿の色に近づきつつあった。

 紅焔(コウエン)国の首都『紅陽(クヨウ)』から西へ徒歩で約二十分。左手に稲作用の水田が広がり、右手には炎神様が座するといわれる神炎山から続く山脈の山々。その麓の舗装のされていない田舎道の先に広がる竹林の中に一軒の屋敷がある。

「やああああ!!!」

「たあああああああああ!」

 屋敷の中からは、昼間から絶え間なく鳴り響く若い男女の掛け声。乾いた木材が打ち合う音。木造の床を鳴らすヒトの激しい足音。元々は打ち捨てられた神社を、現在の家主が譲り受け、大幅に改築を施した剣術や柔術などの武を学ぶ場所。道場と呼ばれる室内稽古場、硬い土と山から切り出された多くの岩で作られた室外稽古場、学び舎に住み込む者たちの宿舎、山と戦の神に祈りを捧げる改築された小さな社、道場の主たる師範の寝所と必要な物全てが揃った広い屋敷。

「はあああああ!!」

「そこだあああ!!!」

 その中の道場から、今日は一際激しい数々の音が屋敷の外まで聞こえてくる。

 全面板張りであり、山の方角には総見の上げ床が設けられており、更にその後ろに山の神の目の代わりとも言われる大きな丸鏡、供え物の酒、米、塩、砂糖菓子、榊と呼ばれる年中青々しい葉をつける神聖な木を飾る床の間。

 総見の上げ床に一つ、上げ床から見て左右の壁面に小さな人影がそれぞれ五つと六つ。

 そして、中央で激しく動く二つの人影。

「せい、やぁあああ!!」

 女の掛け声と共に、乾いた木材が弾き飛ばされた音が響き、続いて重みのある柔らかい物が落ちた時の音が道場内に広がった。

 部屋の中央に立っていたのは、細身をした片刃の曲剣『刀』を木材で模造した木刀を構え直した少女。胴は白、下の袴は黒の剣道着に身を包み、肩口で切りそろえられた俗に言うおかっぱ型の真紅の髪。髪から覗く鈍い緑の混じる金色の手の平大の角。髪色と同じ真紅の瞳は、目の前に倒れる青年を噛み殺さんばかりの獣のような眼差しで睨みつける。

 目の前に倒れた青年は同い年だが、自分の背丈よりも頭二つ分程高いの異性。体格差を利用されて、上段からの攻撃や馬乗りにでもされたら、簡単にねじ伏せられてしまう。体力もあるために早期決着が望まれる。

 身体の小ささを利用し、低い位置から相手の脇腹を狙った一撃が、思いのほか綺麗に入ったために、青年はまだ立ち上がることができずにいる。

 青年を見下げながら、少女は手にする木刀を振り上げた。

 まだ立ち上がるのか? それとも降参するのか?

「一本。それまでだ、カキョウ」

 逡巡の後、振り下ろすと同時に、自分の名前と共に制止の号が放たれ、猛っていた気が一気に冷め、現実へと戻される。相手を討つ必要が無くなった剣筋を無理やり修正し、振り下ろした切っ先は青年の右頬から拳一つ分ほど先に落とした。

 それまで忘れていた疲れが身体に現れ、ギリギリまで搾り出された空気を急に取り込むように呼吸が荒くなる。気道を確保するべく顔を上げようとした時。

「カハッ」

 胸元に強烈な圧迫感を覚え、肺から空気が一気に抜けた。そして気づけば、背中全体に剣山に押し付けられたような鋭利な激痛が走った。

「あぐっあ!!」

 痛みによって閉じてしまった眼を開けば、そこには竹林の間から見える夕空。

 ここは敷地の入口部分に広がる竹林を持った前庭であり、道場からは約十mほど離れた場所。

 自分は“いつものように”投げ飛ばされたのだろう。

 起き上がろうと手を突けば、前庭に敷き詰められた大粒の砂利石が手のひらに突き刺さる。受身を取ったものの、背中には砂利が大量に突き刺さったために、胴着が衣擦れを起こすたびに背中が悲鳴を上げている。

「何、息を切らせている。そして何故立ち止まった」

 夕空の視界に入ってきたのは、いつの間にか上げ床から降りて、試合を止めた師範の顔だ。今年で五十歳になるはずであるが、元々童顔気味でありながら、師範として肉体作りを欠かさないために皺が少なく、知人からやっかみを買うほどの年齢詐欺顔と言われている。

 蘇芳色の髪に、自分と同じ真紅の瞳。師匠にして、鳳流剣術の師範たる……実の父、紅崎梗也(クレサキ・キョウヤ)である。

「俺は教えたはずだ。常に全力で相手を殺せ。そして即座に息を整えろと」

 鳳流剣術とは、古くから存在する由緒正しい武術というわけではなく、父が作り上げた新興流派である。

 その昔、喧嘩っ早かった父が両手を大きく広げ、着物の袖を靡かせながら、ド派手に大立ち回りをした姿を元に作られものである。名前の鳳(おおとり)は、靡く袖が鳥の翼に似ていることからであり、剣技の殆どは鳥に関係する名がついている。基本思想は『ド派手に』『素早く』『確実に倒す』であり、勝負事に勝つことを目標と掲げる血の気の多い流派である。そんな風情の欠片も無い血生臭い喧嘩から生まれただけあって、他の由緒正しい流派からは馬鹿馬鹿しいママゴトと言われ、嫌われている。

 派手に立ち回るということは、無駄に大振りな動きを必要とするために、体力が必要となるために日頃の体力づくりはもちろん、急速な回復力と無駄な時間を省くための素早い判断力と行動力が求められる。

 つまり、勝てる状況においてトドメの一撃を放つ前に生まれた空白と、終了の合図後すぐに息を正せなかった事に対する指導として、道場の中心から砂利の敷き詰められた庭まで吹き飛ばされたのだ。

「……すみません」

 何事においても全力で指導する。それはいい。

 ただし、血の繋がった我が子に対しては、身体のあちこちに痕の残るような傷を作ろうとも、性別関係なく容赦が無い。

 これでも今年で十七歳となるうら若き乙女に分類される自分の体中には、その辺の同年代の女子以上に生傷が多く、腕や背中の至る所に大小様々な古い稽古傷が残る。

 今でこそ、受身が取れるようになったりと、戦うための体作りが出来ているために、傷も減ってはきているが、このような指導をされてては、治る傷も治らない時がある。

 今日の投げはかわいいものだ。時には弟弟子達の居るほうへ投げられたり、屋外稽古場である巨大な岩にだったり、川にだったり、屋根にだったり。女の子の顔とは思えないほど、唇や鼻から何度も血を垂れ流した。

 ただ、真剣で斬りつけられたり、火傷を負わされたり、簀巻きにされて水底へとかいう、本当に人命に関わることはないので、回りの大人たちは指導の範疇だと思っている。

 時々、他人から見ても、虐待じゃないのかというものもあるので、これを見てしまった過去の門下生の親さんが、自分の子供にも同じことをするのではという危機感を募らせ、既に何人も道場を辞めさせられた子達がいる。

 残っている子達は、それでも強くなりたいと願う子達や、身寄りの無い子達。苛烈な指導は実子にしか向かない事を理解している子達である。

「まぁいい。今日はここまでだ」

 踵を返し、道場内へと姿を消す父を見つめながら、体を起こす。

 と言っても、全力で動いた後に吹き飛ばされ、思いっきり地面に叩きつけられた身体であるために、起き上がろうにも体中が悲鳴を上げている。

 こりゃ、今日もお風呂は痛いだろうな。

「姉ちゃん、大丈夫?」

 錆び付いた鉄に似た悲鳴を上げる身体を起している最中に、弟の玲也(レイヤ)が気遣うように近づいてきた。

 自分の頭髪よりも青みががかった葡萄色の髪に、家族の証であるかのような真紅の瞳。まだ声変わりが来ておらず、幼さが前面に出る十一歳の弟は、目じりに汗とは違った雫を浮かべながら、姉の顔を覗き込みながら、固く絞られた濡れ手ぬぐいを渡してきた。

「ありがとう。……ほら、さっさと行かないと、父さんに怒られるよ」

(……アタシが。弟の大事な時間を奪うなって)

 玲也は必ず、アタシの後に稽古をすることになっている。アタシの動きというダメな見本を見てから、父より手厚く丁寧に稽古をつけられている。そのための大事な時間であるために、弟との接触は最低限にするようにと叱られた事がある。だから、アタシはこの子をなるべく遠ざけたいのだ。父の目に入らないように。

 そもそもこの家は……家族関係はいろいろおかしいのだ。

 まず、この弟は異母兄弟である。実母が他界して間を置かずといって言いぐらいの期間で、父は玲也の母である継母を後妻として迎え入れ、翌年には玲也が生まれた。当時は自分も五歳だったために、母の死、継母の存在、弟の存在というのは、とてもあやふやに受け止めていた。

 やがて年齢を重ね、自我がはっきりしてくると、この家族という関係性が酷く歪に感じ始めた。

 母を亡くしたばかりだというのに、すぐに新しい女を後妻として迎え入れたのは、母の他界前から逢引をしていたのではないか? 母の死を見計らっていたのではないか? それとも母を含めた三人は、既に何か決めていたのか?

 しかし、父も継母も何も言わない。ただ、黙って稽古に励めとしか言わない。

 そして実母が他界した翌年に生まれた弟の存在。十月十日の逆算をすれば、父と継母が交合いあったのは、母の葬儀直後付近。自分の記憶の中にあった父と実母の仲睦まじい姿は偽りだったのか。

 十数年前までは王族や貴族以外での一夫多妻が認められていたために、一般家庭でも正妻と妾が当たり前のように存在していたらしい。法改正の前後であれば自分のような家庭環境は一般的なものだったとのことだ。

 確かに自分の生まれた年からすれば、法改正の移行期にあたるため、可能性があることは一応理解した。

 だが、納得はしていない。そんな妾の存在がいるのならば、母が他界する前から知らされてもいいじゃないか。何故、母の死の直後でなければならなかったのか。父にとって、自分と母の存在は前々から希薄なものだったのだろうか。

 そして初潮を迎えたとき、人生を狂わせる出来事が始まった。

 この国では、一夫一妻制に移行した後も嫡男による家の全相続が主流となっており、弟が生まれたことによって、自分は自動的に後継問題から外れることとなる。

 ……はずだった。

『カキョウ、今日からお前に鳳流の全てを叩き込んでいく』

 ところが、父は自分に鳳流の全て、つまりは師範として、家を継ぐものとしての教育を施すと宣言してきた。

 剣の稽古自体は嗜みや教養程といった基礎を身につけている程度しかなく、免許皆伝なり実戦を想定した訓練や肉体づくりは一切していない。

 つまり、ここから地獄の日々が始まった。

 まず、基礎の叩き込み直し。これまでの基礎練習はママゴトだと切り捨て、徹底的に修正された。それこそ少しでも気を抜いたら、投げ飛ばされ、木刀で叩かれ、時には踏まれたり、食事を抜かれたりと、一般家庭なら虐待と言ってもいい指導が毎日行われた。しかも指導中についた傷は、自分の未熟さが生んだ戒めのあかしとして残され、女児の体とは思えないほど、体のいたるところに消えない傷跡が点在している。

 次に肉体改造。走り込みや腹筋、腕立て伏せは序の口であり、重り引きや岩場跳び、激しい打ち込みなど、毎日生傷や筋肉痛を起こすほどの訓練を重ねていった。

 初潮の始まった十歳といえば、成長期とは別に女性らしい体が形成されていく大事な時期であるにもかかわらず、年齢に見合わない程無理な訓練量を与えられたために、女性らしい丸みは確保できたが、背丈の伸びが悪く、コウエン国民女性の平均身長よりも少し小さい。

 また角の成長にも影響し、最終的には自身の手の平ほどの大きさまでしか成長しなかった。コウエン国において角の大きさは、人格の良し悪しよりも先に、家柄と並んで他者との間に生まれる地位的優劣を決定する重要な要素である。たとえどんなに性格的破綻や悪行を働いていたとしても、角が大きいほうが優秀種と判断され、多くの物事の優位性を獲得する。手の平大という大きさは、同じ年齢の同性と比べれば、三分の一ほどしかなく、明らかなる発育不良もしくは奇形として扱われる。

 結局、背丈と角という二つの発育不良を抱えたばかりに、師範として不相応と判断されたのか、弟の玲也にも自分に似たような指導が始まった。とはいえ、玲也は大事な嫡男だからか、年下だからか、継母との子だからか、自分が同年齢の時に受けていた指導に比べたら、明らかに手心が加えられている。怒鳴られることも、投げ飛ばされることも、殴られることもない。門下生たちより少し指導量が多い程度。発育不良を起こしている自分よりも、才能も適正もあるのかもしれない。

 このように、幼少のころからの紆余曲折を経て、現在の自分と弟の関係性は、出来の悪い前妻の娘と、出来のいい後妻との大事な嫡男という構図となっている。

 そのために、目の前で涙を浮かべつつ心配の眼差しを向けてくる弟に罪はなくとも、こうして指導の下で吹き飛ばされた先で見下ろされている状態は、苛立ちを覚える。弟から差し出された手拭をやや乱暴に受け取ると、まだ軋む体に鞭打って、無理やり立ち上がった。

「ね、姉ちゃん!! そんな無理しないで……」

 顔を歪めたいのは自分なのに、なぜか覗き込んでくる玲也のほうが歪ませている。

「ほら、大丈夫だから。……アタシのために行って」

 それでも彼が生まれた時のことは、今でも覚えている。歩けるようになったら、必死に後を追ってきて、その辺の枝を木刀に見立てて、ブンブンと振り回していた。なんだかんだと言って可愛い弟であり、そんな彼に理不尽な苛立ちを向けることはできない。頭を軽く撫でてやれば、弟は顔をくしゃりと歪ませながら、「無理しないで」と一言残して、道場へ駆けて行った。

(……行こう)

 無理をしないでとは言われたが、この後には大浴場の掃除や夕餉の支度など、まだ多くのことが残っているために、そう簡単に休むこともできない。悲鳴を上げる体に改めて鞭を打ち、次の作業のために母屋へゆっくり歩きだした。



 日も暮れ、空はすでに紺から黒へと切り替わった夜十時。廊下の窓から見上げる空は、煌々と輝く月とまばゆい星たちによって彩られた満天の星空だった。

(はぁ……今日も体中、チリチリしたなぁ……)

 結局、夕方の投げ飛ばされた後の小さな傷たちは放置したまま、お風呂を済ませて来たところだ。基本的に指導のある日は、今日と同じく全身がチリチリして、今もそれを紛らわせるために、痛みが伝染している二の腕をさすっている。

 現在は師範家族の寝所である離れへ続く、母屋の廊下。外の国では石レンガや漆喰、布張りの壁や床があると聞くが、あいにくこの道場は純コウエン式の全面木材および畳敷きの造りとなっている。木材の家は呼吸するといわれており、夏でも風通しがよく、床はひんやりと心地よい。しかし、今は冬の肌寒さが残る春の夜。足裏に伝わる床の感触は、早く自室に戻るように促すほど、刺す冷たさを持っている。

「……なんですって?」

 現在、師範が私室とは別に設けられた、師範の執務室の手前に差し掛かった位置。その中から、何か悲鳴を孕んだ驚きともとれる継母の奏(カナデ)の声が聞こえてきた。

「静かにしろ」

 そして続けて聞こえてきたのは、師範でもある父の声。

 わざわざ、自分の奥さんに静寂を促さなければならないほど、周囲は音で満たされていない。遠くから聞こえるフクロウの鳴き声、風に揺れる草の擦れる音。そして、自分が立ち止まるまで発していた足音だけだ。

 夜らしい静けさと言っていい現在において、静寂を促す理由があるとすれば、それは外に漏れ出てはいけない音があるからではないか?

 息をのむ、息を殺す、足音を殺す、気配を殺す。そのうえで、ゆっくりとギリギリ二人の声が聞こえつつ、自分の体が隠れる角に陣取る。

「……だから、計画を早める。……“カキョウを家から出す”」

(っ!?)

 息が、悲鳴が漏れそうになる。自制しているつもりだが、それでも漏れ出ようとする息を必死に手で隠す。

「待って。まだ、あの子には何も言ってないのよ?」

 父の発言から計画という言葉が出てきて、継母の何も言っていないから察するに、自分が何らかの形で追い出されることが、以前から話し合われていたということだろうか。

(家から、出す? 何? なに? 追い出すってこと?)

 そもそも追い出す予定だったのなら、なぜ自分は体中に傷を作り、成長を破壊してまで、武の道を究めさせられたのか。

 頭が鼓動に合わせて、波打つように痛い。首筋から血液が上下する音が鳴り響く。呼吸が荒くなるのを抑えるために、腕を噛み始める。夜の静寂の中だからこそ、自身が発するあらゆる音が、嫌にうるさい。

「ああ、分かっている。明日、俺から話す」

「いや、私が……」

「いい。これは俺の問題だ。それよりも、お前には“嫁ぎ先”の準備をしてほしい」

 もう、訳が分からない。追い出すために、わざわざ嫁ぎ先まで用意するってどういう話なのだろうか。

 嫡子ではあるが女児である自分の価値は大幅に下がる。貴族の家系であるなら、家々の繋がり等のために用いられる存在となっただろうが、新興で尚且つ嫌われ流派の家出身で、角が小さい女にどんな価値があるのだろうか?

(そもそも嫁ぎ先って何?)

 思えば初潮を迎え、後継ぎとしての指導が始まってからは、学校と買い物ぐらいしか、まともに外出したことがない。父から武の指導を受ける傍ら、継母の奏でからは多くの家事や礼儀作法を教え込まれた。今にしてみれば、すでに花嫁修業が始まっていたのだと理解する。

「……分かったわ。いくつか打診してみる」

 いくつか。打診。つまりは、すでに複数の候補が上がっている。完全な零から探すではないということは、相手の返事次第では即座に事が運んでいく。

(私には、何かを選ぶ自由も権利もないの?)

 家を継ぐこともなく、ただの街娘になることもできず、恋することも許されず、実父と継母が選んだ、誰とも知らない男のもとへ嫁がされる。いや、売られていくと思っていい。

 つまり、自分に残された時間は限りなく少ない。

 音と気配を出さないように、ゆっくりと床を滑るように擦りながら、いったん部屋から遠ざかる。あくまでも屋内での最短の道が父の……師範の執務室前であって、自室である離れへは庭から直接行けばいいだけ。執務室から十分遠ざかると、庭へ裸足のまま飛び出す。

 春先の夜風が、湯上りの体を急速に冷やす。温度差に負けて、体中の傷が再び痛みだす。肺が冷気によって痛い。足裏には砂利に小枝が刺さるが、止まるわけにはいかない。

(……出なきゃ)

 どこからが始まりなのか。何がきっかけだったのか。前妻の娘だからか? 発育不良を起こしたからか? ……女だからか? 明らかなのは、この家にとっての“荷物”。“負の遺産”。だからこそ管理し、監視し、最適と判断される時期に、物のように手放される。

 庭を渡り切り、汚れた足を気にせず、そのまま母屋と師範家族の寝所とする家族の区画をつなぐ渡り廊下へそのまま上がり、壊す勢いで自室の扉を開け放った。

 正確には自室ではなく、自分専用の離れ。師範とその家族が寝所としている区画は、師範と後妻と弟の自室がある大き目の離れと、自分だけの小さな離れの二つがある。自分だけが家族ではないと言わんばかりに物理的にも、関係的にも切り離された場所。食事と風呂は寄宿する門下生たちも含めて、全員が母屋を利用するため、本当に着替えて寝るだけの自室ではある。

 それはすなわち、この四畳半の畳、床の間、押し入れと必要最低限の広さだけが設けられた小さな離れが、自分の“個人”としての最後の砦。

(ここから、この家から、この街から、逃げなきゃ)

 あんな横暴な父ではあるが、なぜか周囲の人たちからの人望が厚い。街に出れば、小角と罵られると同じく、父の娘であるというだけで妙に声を掛けられる。

 ……言い換えれば、街はすでに父の支配下といってもいいほど、自分に対する目が光っている。街に逃げ込むだけでは、すぐに連れ戻されることは明白。

(アタシの居場所は、何処にもない)

 戸を閉め、急いで寝間着を脱ぎ捨て、箪笥の中からお気に入りで、且つ動きやすい服を選ぶ。半袖の白襦袢に合うように、鳳凰の刺繍が入った赤襟の袖なし羽織。巫女を思わせるような真っ赤な短袴。差し色として紫の柔らかい帯を選ぶ。体中の傷は隠すために、腕には夕日色の薄布製腕貫(アームカバー)を、足には腕とお揃いで購入した夕日色の膝上靴下を。懐には、心もとないほどの全財産をねじ込む。

 そして最後に、床の間に飾られた一振りの打刀と、手入れ道具を小さくまとめてある巾着を手に取る。

 コウエン国では男女ともに十五歳を迎えると、未成年状態ではあるが法律上、婚姻が許される。これを「半立志」と呼び、男には打刀や太刀といった大き目の刀を、女には懐刀となる短刀を親が贈る習わしがある。一昨年、自分も半立志の際には、慣例通りの懐刀となる短刀とは別に、まだ免許皆伝前の半人前ではあるが一人の「剣士」に対する祝いとしてこの打刀が贈られた。柄と鞘は血潮と表す赤。柄の先には金装飾で描かれた、コウエン国において主神シンエンの眷属である鳳凰の浮彫が施されている。

 しかもこの刀は昨年の秋、弟の玲也が覚えたての剣技を隠れて練習するために裏手の山に一人で入り、冬眠前の熊に襲われそうになったところを食い止め、逆に熊を退治した際に用いた、今では相棒と呼ぶに相応しい思い出の刀である。

 なお、弟は逃げる際にできた掠り傷だけで済んだが、自分は何もしなければ全治二か月の大怪我を負った。娘に容赦ない父でも、さすがに全治二か月の傷を放置することはできなかったのか、すぐに街の治癒師を呼びつけて、治癒魔法による即時回復を施した。それでも、熊から攻撃を受けてしまったということは、教えた技術を生かしきれなかった未熟者の証として、今でも背中には四本線が残されている。

 つまり、この刀は相棒でもあり、自分の技術のすべてを見てきた鏡。そして、“剣士の自分”を形成する証であり、“女の自分”を否定する証である。

「姉ちゃん?」

 突然の声。相棒への感傷に浸りすぎて、警戒を怠っていた。反応は遅れたものの、即座に腰を落とし、相棒を腰の左側へ添えて、鯉口を切る。

 声のほうを向けば、戸から顔を少しだけのぞかせる弟がいた。顔は月明かりということもあり、肌は色白く青ざめたように見える。

「…………何?」

 本当に迂闊だった。必死に、何事もないように、とにかく冷静にと、感情を殺しつつ息を整え、構えを解く。しかし、心臓は早鐘のごとく、うるさく鳴り響いている。それぐらい玲也の登場は心臓に悪く、大声を出したくなるほど無警戒だった。

「大きな音がしたから、心配になって」

 迂闊点その二。先ほどの戸を勢い良く開けた音が、隣接している師範家族の離れにいた玲也にまで届いたということは、さらに向こう側にある母屋まで聞こえていた可能性はある。ならば、父と継母に気づかれるのも時間の問題だ。

「玲也、静かに、よく聞いて。……アタシは今から出ていく」

「出ていくって……まさか、家出?」

 自分たちは異母兄弟であり、しかも後継問題も含め、ギクシャクした関係となってもおかしくない程の特殊な間柄なのだが、熊騒動の際に彼を熊から助けた時から、自分を姉として慕ってくれている。そのために、こちらが小さく反応してほしいと願えば、驚きを必死に抑えながらも、その眼には涙を溜め始めている。

「そ、家出。しかも帰ってこない。だからさ、あんたにコレ、渡しておくね」

 コレと言って弟に手渡したのは、貝殻の裏の光沢面を利用した装飾である螺鈿で、打刀の鞘に描かれたのと同じく鳳凰の模様が施された、黒塗りの短刀だった。

「これって、姉ちゃんが半立志に……どうして……」

 弟の動揺はさらに激しくなり、今にも眼に溜めた涙があふれ出そうである。それも当然だ。この短刀は、まるで娘を嫌っているかのように振る舞う父が、わざわざ用意したものだ。弟にとってみれば、尊敬する父が姉の存在を認めたように見える、非常に大きな意味を持つ一品に見えているのだろう。

「いい? アタシは死んだの。だからこれは、アタシが一応ここに居たっていう証。それに死んだ自分を持っていきたくないの」

 だからこそ、“女の自分”と“紅崎家の自分”である短刀を置いていき、“剣士の自分”として打刀を持って出る。

「……分かった。でもこれは、僕が“預かる”だけだからね。姉ちゃんが帰ってきたときに、返すから」

 まだ声変わりが訪れていないが、背丈はすでに自分に迫るものであり、あと数年もすれば、目線は見上げなけれならず、角も何倍以上に大きくなって、この家の後継者にふさわしい男の姿となるだろう。預かるといった言葉には、そんな大人になった彼を想像させるほど、力強い響きが乗っていた。

「……そうね。帰ってきたら、ね」

 その時は、もっと低くなった声で呼び方も姉さんに代わっているかもしれない。帰るつもりは一切なのに、この子の成長を見たいがために、帰ってきたしまうかもしれない。そんな気持ちを呼び起こさせるぐらい、この弟に対する家族の愛は深いものだったのだと、今更悟った。

 それでも……この家に“カキョウ”という存在は必要ない。

「じゃ、行くね」

 最後にと弟の頭を優しくなでれば、短刀が音を立てるぐらい力いっぱい握りしめながら「武運……長久を……」と囁いてきた。彼がわざわざ武人に対する言葉を選んだ当たり、彼なりの覚悟が見えてくる。

 ゆっくりと頭から手を放し、もう彼の姿を見ることなく、部屋の入り口ではなく、対面の大きな障子戸から再び庭に出る。なるべく音を立てずに庭を駆け抜け、敷地境界の唯一の穴となる門までたどり着いた。

 この屋敷は打ち捨てられた神社を改装しただけはあって、門は梁の上に小さな屋根と瓦を乗せた立派な造りとなっており、誰でも迎え入れるという意味を込めて、扉は常に開きっぱなしである。

 門を越えることは、境内という神域や結界の外に出るということ。言い換えれば、加護や庇護から外れ、自分一人で立たなければならない世界へ旅立つこと。街へ買い物に行くのとは意味が異なる。

 そのために、踏み出した途端の空気の変化は顕著であり、夜ということもあって、肺を満たす空気は意味を伴って刺さるように痛い。

 一般的には嫁ぐなりして、発する言葉なのだろう。親不孝と罵られるだろう。

 それでも、自分はこの家を狂わせる歯車。不要な存在。取り除かれる前に、自分から出ていく。

「お世話になりました」

 振り向き、一礼。そして全てを置き去るように、暗闇の中、全速力で石段を駆け下りた。



 そこからは、一心不乱だった。時刻は深夜十一時。周囲は十mにも達する大竹の竹藪であり、月明りすら通らないほどの黒い闇が左右に広がっている。また、私道の石段に常夜灯という公共物は存在せず、ただひたすら竹藪の切れ目から注がれる月明りが頼りとなっており、もはや肝試しと言っていい情景の中をたった一人で駆け抜ける。

 石段も終わり、竹林を抜けると、視界は一気に暗闇から深い青がくすんだ紺鼠色の柔らかい色に切り替わった。目の前には、地平線と言ってもいい程のだだっ広い水田地帯が広がっている。水田と言っても、まだ三月下旬に差し掛かった現在では、土づくりの真っ最中で水は張られておらず、田畑と言ったほうが正しい状態である。

 その向こうには、まだほんのりと明かりがともる横長い影――首都の紅陽が映る。

 しかし、あれは終着点ではなく、通過点。行先は、あの街からさらに東にある港町の水蓮(スイレン)だ。

(最低でも、紅陽から遠ざからないと……)

 剣術道場の師範であるからか、父の顔は妙に広く、首都の青年会や商家の者がよく訪ねてきたり、街では師範の娘として声を掛けられることが多々あった。昔は相当なやんちゃ者だったとか、漢気の熱い奴だったとかで、街の男衆との交流が厚いらしい。

 つまり、首都は父の勢力圏と言っても過言ではなく、住人に見つかれば間違いなく、光の速さで父のところに情報が行くだろう。

 なればこそ、あの街を経由せず、その先の港町までひたすら歩く必要がある。

 とはいえ、首都ですら徒歩二十分の距離。水蓮までは考えたことがないが、基本的には馬や荷車を使っていくような場所。

 代わり映えのない田畑が延々と続く。

 時折走っては、歩いてを繰り返す。

 カエルの鳴き声と自分の息切れだけが木霊する。

 それこそ、心が折れそうになる。

 時折、頬をなでる春先の冷風が心地よく、体を醒ましていく。

 進まなければ、自由は得られない。

 そんな浮き沈みを繰り返して心が擦り減る中、朝日によって田畑が輝きだした時、ようやく水蓮に到着した。

 コウエン国で最大の水揚高を誇る水蓮は、他国と行き来することができる定期船が発着する唯一の港町であり、国の玄関口である。

(そっか……国の、外……)

 首都自体が父の勢力圏となれば、もはや国全体に父の目があるといっても過言ではないだろう。どこまでも、自分の人生を邪魔して、手のひらで転がそうとしてくる忌々しさを感じる。

 幸いにも、港にはコウエン国の船の様式とは異なった、いかにも諸国を回りそうな船が停泊している。もはや、乗るしかないだろう。

 しかし、腹の虫を見過ごすことはできず、ひとまずは食糧の確保を優先して、朝市で有り金全部を水と食料確保へ回した。

 ただひたすら逃げたい一心と、一人で延々と歩き続けたことによる心身の疲弊は、理性を簡単に奪いさり、先ほど見かけた定期船に「隠れて乗ってしまえ」と短絡的かつ危険な行動をあっさりと促した。

 早朝の積み込み作業中、船員の目を盗み、荷物の陰に隠れながら船倉へ潜り込む。あとは、出航するまで見つからないよう、ひたすら物陰に入るこむように身を屈める。女性の平均身長よりも小さいことが幸いしたのか、その後は見つかることなく、眠りこけている間に無事に出航した。

 しかし、これが第三の迂闊点であり、この船が何時に出発したかが分からない。船倉に備わっている小さな窓から外を見れば、すっかり日は登っており、その太陽がまだ登り切っていないのか、落ち始めているのかが分からない。現在がどこを走っており、どこに向かっており、何日かかるのか分からない状態で、買い込めた食糧も四食分と少なく、なるべく節約していきたい。それでも、腹の虫はここぞとばかりに合唱してくる。とにかく今は水でしのぎ、日が落ち切った段階で改めて食べるとした。

 二回目の夜明けの後に、どこかの港へ停泊したようである。どこに停泊したのか知りたかったが、抜け出す前に新たに荷物の搬出と搬入が始まってしまい、まずこの荷物の移動の中で自分の身を隠す任務が始まった。いくら小柄だからとはいえ、さすがに接近されてしまったら、見つかってしまう。

 これが第四の迂闊点であり、見つかったときの対処を一切考えておらず、逮捕や強制送還などに気づいたのは、この時だった。

(いやだ……いやだ、いやだ、いやだ……見つかりたくない)

 ただひたすら、できる限り身を小さくしながら神頼み。指が、掴んでいる二の腕に食い込む。それが通じたのか、見つかることなく、船は再び出航した。

 今度の積荷の中に、興味を惹かれる物があった。それは壁面の積込口に入るギリギリの大きさのとても大きな木箱。この箱の後ろや横なら、自分の体を船倉の入り口から完全に隠せてしまうだろう。これ幸いと、その箱のそばに移動して、改めて体を小さくし三食目を食べた。さすがに三日連続で一食ずつの食事は、成長期の体には辛いものがあり、階上から時折漂ってくる食事の匂いによって、飢餓状態が加速している。早く何とかしなければとも思うが、密航している身分と合わせ良心の呵責からか、まだ周囲の積荷を漁る気にはなれず、木箱に身を預けつつ目を閉じた。



 次の日。行程にして四日目の朝に、最後の食糧を食べた。水も無くなった。いよいよ、本当に危険な状態へ入っていく。

(このまま……死んじゃうのかな?)

 四日間で分かったことは、食料専用の倉庫が別に設けられており、この船倉には食べ物らしき物はあるかもしれないが、乾物やイモ類などの加工が必要な物たちに限られるだろう。そのために、取りに来る必要もないためにか、船員の見回りが無い。

 それは、自分を発見してくれる者がいないということだ。

 はじめこそ、密航者として逮捕や強制送還されるかもしれないという恐怖があったが、今は発見されずに餓死してしまう可能性が出てきている。

(いっそ……、外に助けを求めたほうがいいのかな……?)

 朦朧とする意識の中、強制送還されて永遠に父の駒として扱われる人生か、このまま餓死するかの二択が脳裏を支配している。

(……誰か……助けて)

 もう流す涙すら出てこないほど、先ほど飲んだ最後の水が、まだ浸透していない。とにかく今は目を閉じて、少しでも長く生きなければ……。


 ゴソッ


「!!!????!??!?」

 耳元で、正しくは預けていた木箱の中から、音が聞こえた。飢餓による幻聴かと思い、再び木箱に体を預ければ『痛っ……』『なんだこれ』と人間の声と衣擦れのような音が聞こえてくる。

 今まで身を預けていたこの大きな木箱、中に何か生き物、否、人間が入っている。

『ハ……ハハハ……ハハハハハハハハハハハハ……』

 極めつけは、急に発せられた高笑い。急激に緊張が走る。心臓が痛いほど、早鐘を打つ。停止しかかっていた体の機能が、強制的に呼び起こされる。立ち上がり、刀を腰の左と思ったが、ここは木箱や荷物のひしめく船倉。刀を抜いても、振り回すことができない。しかも本体と鞘とを分けてしまうと、行動空間が大幅に削れてしまう。

 あまりやりたくはないが鯉口は切らず、刀ごと胸元に抱えて警戒するように、荷物の間を縫って、数歩下がる。

 そこからは、何が箱が小刻みに揺れる。恐らく動き出そうとしている。もし人間だとすれば、声的には男性であり、最低でも声変わりが完了している年齢。

 そして、小刻みはピタッと止まり、沈黙が船倉を支配する。箱の中で何が起きているのか分からない以上、緊張状態を解くわけにもいかず、何度も息をのむ。

「……せぃやぁ!!」

 掛け声とともに、箱が内側から破壊された。心臓が止まるかと思った。無いはずの水分が、全身からあふれ出てくる。

 後ろ姿ではあるが、木箱の中から出てきたのは、やはり男の人。光沢のある香華茶色の頭髪。群青色よりも深みのある青の外套の上から、銀色の光沢がある総金属の鎧をまとっているが、それを差し引いても肩幅が広く、かなり背が高い。しかし腰回りはやや細めであり、全体的に絞りつつも、上半身を鍛え上げた体形とみていい。おそらく何か重いものを持つことが多いはず。

「……船の中か?」

 板越しではなく、初めて聞いた生の声は、体躯に見合うように響きが重く、耳の奥に重みを残してくる。

 さて、男は船内を見渡しているようだが、こちらに振り向く様子もなければ、気づく様子もない。怪しさ極まれりという存在に対し、このままじっとしていてもいいが、その異様な現れ方は好奇心を刺激される。

「……ちょ、ちょっと」

 とうとう声をかけてしまった。

 振り向いた男は、遠目からでもわかるほど輝く深い藍色の瞳。有角族(ホーンド)は比較的平坦気味な顔に対し、この男は堀が深く、鼻筋も力強い。見た目の年齢は自分より年上には見えるが、一回りというほどではない。総じて整った好青年顔と表現してよい。他に角や鰭(ヒレ)、動物的な耳がないために、恐らくは純人族(ホミノス)ということだろう。

「小さい」

 こちらが注意深く見ていると、男は一言発した。その言葉が背丈に対するものかと思えば、背が小さいことは誰が見たところで分かり切っていることだ。ならば、見下ろす視線の先にあって、一般的に大きさが比較されやすいもの……胸のことだろう。なんて失礼な奴だ。

「っ!!!! こ、これでも普通にあるわよ!!!」

 背丈と角の発育は芳しくなかったものの、胸や尻などの女性的な要素は平均的な育ち方をしており、背の傷さえなければ、一応は女として大手を振れる程度はある。

「すまない、背丈のことを言ったんだが……」

 しかし、相手は何やら急に申し訳なさそうに眉を下げ、比較対象そのものを訂正してきた。これではまるで、こっちが自意識過剰みたいな反応になってしまったではないか。余計に腹立たしい事案である。

「わわわわ悪かったね! それでも“普通より”やや小さいって程度なのよ! むしろ、あなたが大きすぎるんでしょう!」

 こっちは空腹はほんのりと解消されてるとはいえ、慢性的な状態であるために、苛立ちの積もり方が激しく、一つ一つの言葉や所作が癇に障る。特に角と背丈については、自分としても強めの劣等感を抱いており、指摘される度に血管がざわめく。

「……ん? 普通より?」

 ところが、こちらの心の火山が噴火間際だというのも気にせず、まだ問答を続けてこようとする。

「そうよ!!! 何よ! どうせ、アタシは平均以下よ!」

 もう泣きたくなってきた。そりゃ、この男からすれば自分は明らかに小さいし、俯瞰視点ではこの小ささも見えづらいだろう。だが、そう何度も指摘されれば、さすがに心の傷が表面化してくる。

「……すまないが、聞きたいことがいくつかある」

 これまでも、人の表情や言動を無視するそぶりが多いが、今度はとりわけ重い口調で、妙に真剣味を持たせ、苦悶にも近い神妙な表情で話しかけてきた。

「な、何よ……」

 整った顔の異性が、そんな重苦しい表情で話しかけてくれば、さすがに心が急速冷凍され、爆発寸前だった火山も見事に引っ込んだ。

「まず、その角と服装なんだが……もしかして、コウエン国の者か?」

「……そ、そうだけど、何よ」

 一応、小さいながらも角は持っているために有角族として証明できる。また、着ている服装も、国民のほとんどが有角族であるコウエンでは一般的な服装である。一般的な成長を経た有角族の角は、主幹と呼ばれる一番太い角の長さがおおよそ三十~四十cmであり、外の国で着用される“頭を通して着る服”を着用することができない。このためにコウエン国民の服はすべて前が開かれており、胸襟を胸元や腹部で重ね、帯や釦で留める構造となっている。

 この辺りを踏まえて、自分は見た目としてならコウエン国の者だといえる。

 しかし、目の前の男は、何者なのだろうか? 自分のように確たる識別要素を持たず、まだ名乗りなどもなく、ひたすら疑問符を頭に浮かべてばかり。そのうえ、身なりは素人目に見ても良い品質だと分かり、その上どれも新品に見える。木箱から現れただけでも怪しさだらけのに、全身高品質の新品をまとった好青年風の男。ますます怪しい。

「あ、いや、その不快にさせたのなら謝る」

 こちらの訝しむ目線を察したのか、それとも先ほどまでの非礼も含めたものなのかは、いまいち判別しづらいが、地面と水平になるぐらいまで頭を深々と下げ、謝罪の意を表した。

「べ、別にいいよ、これぐらいの軽い質問……。んで、次は?」

 さすがにここまでされると、先ほどまでの件が含まれていなくとも、水に流してあげようと思った。それぐらい、現状の彼は一定の好感が持てる。

「その、コウエン国では、君や俺ぐらいの身長が割と当たり前なのか?」

 先ほどと同じく背丈についての質問ではあるが、明らかに内容の意味が変わってきている。まるで、彼自身やこちらの背丈の人間を見るのが初めてと言わんばかりであり、まるで多くの『当たり前』な情報を欲しているように思え始めた。

「そう……ね。大人の男性は、貴方よりも少し小さいぐらいかな。女性はそれより頭一個分ぐらい小さいね。もちろん、もっと小さい人や逆に大きい人もいる。

 でも、“隣の国の巨人族”は、港で見かける以外いないよ」

 あくまでも自分が知る限りではあるが、コウエン国の港には時折、外の国の船が停泊するために、様々な地域の種族を見ることができる。

 基本的には巨人族(タイタニア)を除いたすべての種族は、そこまで極端に背丈が離れているわけではない。各種族内にも詳細な分類が存在し、その中には長身になりやすい者もいるが、巨人族だけは他の種族のおよそ一.五倍~二倍の背丈を持ち、身長帯は二~三mほどである。

「隣の国の巨人族って……それはコウエン国の人々が俺みたいなワイ……小さい者達ばかりという事じゃないのか?」

(わい?)

 何か単語のようなものを言いかけたが、すぐに別の表現に言い換えた。まるで、それを認めたくないような、くしゃりと歪んだ顔で。

 しかし、どうも容量が得ない話だ。彼は自分のことを小さいと表現し、コウエン国民だけが小さいのではと疑っている。

「え? むしろ、巨人族のほうが珍しいと思うよ」

 学び舎で受けた教育の話でいえば、この世界には五つの王国が存在しており、その中で故郷のコウエン国は有角族が、隣国のティタニス国は巨人族が、そこからさらに南下した海にある島国ミューバーレンでは魚人族が興した国であるために、それぞれの種族の大半は自国に暮らしている。そのために、国の外へ出る者たちは商人や旅人ぐらいしかおらず、世界的に見れば該当地域に行かない限りは、まず見ることはない。

 ……とはいえ、自分も学び舎で得た知識と港町に行ったことがある程度でしかなく、国の外の実情については知らないといってもいいが、今彼が望む情報でいうなら、これぐらいでも許されるだろう。

 ところで、情報を受け取った青年は何やらブツブツと小さく独り言を発しながら、深く考えて混んでいるようである。この情報はそんなに驚くべき点があったのだろうか?

 考え込むのはいいが、答えたら放置とは如何なものだろう?

「ねぇ」

 しかし青年は耳を傾けない。無視しているというより、自分の世界に入り込んでいるように見れる。

「ねぇって」

 それでも反応しない。完全に自分の世界に入り込んでしまっている。本人的には意図としていないにしても、この放置という状況に怒りが沸々と湧き上がってくる。

 それもこれも、自分の背が小さいからか? 相手の視界に、意識に入りこまないということなのか? 改めて、青年を見れば、身長差は〇.三mもあるのではないかというぐらい、相手はデカい。その背丈の十分の一でもこちらの角に分けてくれれば……!

「ちょっと、あんた!!!」

 先ほどの小さい発言を思い出し、さらに空腹による苛立ちが再爆発。体中の血が頭のほうへ一瞬で上り詰めるほど、青年の非礼はまさに怒髪天をついた。

「す、すまない……! 決して、君を蔑ろ(ないがしろ)にしたわけではなく……本当にすまない」

 さすがの青年も、この声は聞こえたようであり、こちらを見ると、みるみると青ざめていく。

 目の前の青年はデカい図体の割には、どこか威勢がない。その巨体によって相手を脅したりする様子もない。むしろ……。

(何この、大型犬)

 はしゃぎすぎを怒ったら、尻尾と耳を下げて、明らかにしょんぼりする大型犬の姿を彷彿させる。

 その上で見た目も良く、高身長とくれば、世の女性陣は黙っておかないと思われる相手に対し、もはや不機嫌に当たり散らすだけの惨めな癇癪女という構図でしかなくなっていた。

「はぁ……もういいよ。それより今度はアタシからの質問。何で箱から出てきたの?」

 向こうも一応の誠意をもって謝っている様子ではあるので、ここを落とし所とするしかない。この呆れのため息は彼に対してなのか、それとも自分に対してなのか。それすらも判別したくないほど、ドッと疲れが出た。

 さて、相手からの質問に答えるのも疲れたので、今度はこちらの疑問を解決してもらいたいものだ。

「信じてもらえないだろうが……俺自身もよく分からない。起きたら、既に箱の中に閉じ込められていた」

「……は?」

 言葉が出ないほど、訳が分からなかった。トンチキな人間なら、ただの乗船に飽きたということで積荷に化けることも、まぁ考えられなくはないが、本人が知らぬ間にとなれば話は別。

 青年が破壊した箱の蓋となっていた板を見れば、びっしりと釘打ちがされており、しっかりと梱包した痕がある。

「え、あー……う、うん? んー、誘拐でもされたの?」

 とは言ったものの、この意見は若干遠いと思っている。誘拐であるなら、相手が暴れるなり脱走なりをさせないために、拘束しているだろう。しかし、彼にその痕は見受けられないし、実際に目の前で箱を破壊したのだ。装備品もしっかり着込んでおり、まさに自由な状態で入れられていたと見ていい。

「いや、それがな……」

「それが悲しい事に、彼、勘当されちゃったんですよ」

 怪しさと不可解さに加え、青年から伝わる申し訳なさがあふれる空間に、新しい声が入ってくる。声の発信源である船倉の入口には、晴天の空色を抽出したような淡い水色の長髪を持つ、中世的な顔立ちの青年が立っていた。金糸雀色を基調とする半袖前びらきの短い外套。黒い刺繍が縁の施された袖なしの上衣。髪色よりも深く菫色に近い膝丈の外着用猿股。足は草履の形に似た露出の大きい履物をしている。

 何よりも顔の横には魚のヒレと同じ、細い骨と薄い皮膜で先が伸びた特徴的な耳があり、この青年が魚人族(シープル)であることが分かる。

 魚人族の青年は、箱から出てきた長身の青年にラディスと名乗った。また、長身の青年のこともダインと呼んだことで、この場にいる人間の名前をようやく把握することができた。

 ところで、ダインという青年は、実は先ほどまでの問答中も含めて、自らが破壊した木箱からは動いていないのだ。そのうえで、今、ラディスがダインに近づいてきているのだが、そのまま挨拶を交わすつもりなのだろうか?

「あのさぁ……まさか箱の中から握手するつもり?」

 こちらが指摘すれば、文字通り「ハッ」という驚きと気づきによって、ダインはようやく箱を破壊しつつ、外へ出た。

 さて、この二人は一応、今知り合ったということらしいが、何やらこの出会い自体が計画されていた様子であり、二人は今後の予定について話を進めている。他人の話なので、あまり耳を立てては失礼にあたるかもしれないが、この三人しかいない空間で、普通の話声の大きさでは、どうしても話の内容が聞こえてきてしまう。

 最低でも、この船が今は隣国ティタニスの港町から、海向こうにあるグランドリス大陸西端の港町ポートアレアに向かっていることは分かった。ダインはポートアレアの街で、まーせなりーず・ねすとという場所に案内され、お仕事を紹介してもらう予定である。聞き覚えが無いということは、コウエン国には存在していない組織の可能性がある。

(しかし、勘当ねぇ)

 ダインは自分とは違い、家側から一方的に追い出されたという立場。

 だが、極めて整った身なり、礼儀正しく、見た目も悪くはない。それなりに重量のありそうな鎧をまとっていても、様になるほどの体躯から見ても、良家の次男三男にある婿養子先なんて、それこそ選び放題に見えるのにと、勘当されそうな要素は現段階で見受けられない。

 そもそも、本人の意識がないうちに箱詰めとなれば、犯罪の臭いのほうが強くなるような気がするのに、彼が箱から出た後の手立てまで用意されているとか……。

(彼、何者なんだろう)

 いや、今であったばかりの他人なのだから、気にしても仕方のない事なのだが、これだけの不思議要素の塊には興味が引かれる。

「さて……僕からも質問したいんだけど、彼女は御付の人か何か?」

 思い出した。自分はただの密航者。そしてラディスはちゃんとした乗船客。ダインもラディスの手引きによって正規の乗客として扱われるだろう。

 つまり、この場において犯罪者は自分一人であり、彼らが自分を船員に通報すれば、たちまち逮捕や強制送還の未来が待っている。

 息が詰まる。身体が強張る。身体を守るように腕を組み、ゆっくりと立て掛けてしまった相棒のところまで戻ろうと、後ずさる。

「いや、俺もさっき会ったばかりだ。というか、既にここに居た」

「……確認するけど、乗船券は持ってる?」

 ああ、ダメだ。ダインが事実を言ってしまった。ラディスがこちらに向ける視線が、徐々に獲物を見定めるような鋭いものへと変わっていく。これはいよいよ、味方がいなくなった。

(どうする? 二人を倒して逃げる? どこへ? ここは海の上。飛び込めば? 海の藻屑。海の魔物の餌。船長を脅す? 無理。多勢に無勢。てか、これ以上罪を重ねたくない。え、アタシ、完全に詰んでない?)

 今思い浮かぶだけのありとあらゆる選択肢を出しては、消えていく。そうしているうちに、身体は痙攣に似た強烈な震えを覚え、足から力が無くなり、その場にうずくまった。

「………………お願い、突き出さないで。アタシ、帰りたくない」

 選択肢がない以上は、突き出されるにしても、最後の足掻きとして自分の意思を伝えておく。

 ここで送り返しになった場合は、折檻のために体に傷を増やし、その上でどこかの家へ売られるのだろう。逮捕の場合は、停泊予定となるポートアレアが属するサイペリア国の法律に従い、罰せられるのだろう。どこに行ったとしても、自分の存在は消されるだけだ。

「……ラディス、いくらだ?」

(何の話だろう? いくら? 金額? ……もしかして、人身売買したらいくらになるか聞いてる??)

「ん? ……もしかして、乗船料? ダイン、払うの?」

(へ?)

「ああ、こんな危険を冒してまで船に乗ったからには、それなりの事情があるんだろう」

(んんん???)

「……君は優しいね。なら基本乗船料として一人六〇〇〇ベリオン。あ、ダインの分は前払いされているから問題ないよ」

 ダインはラディスに金額を聞くと、腰についている小さな革鞄から長財布を取り出し、札を六枚抜き取るとさらりと彼に渡した。ラディスは札を受け取ると、「説明してくる」と一言残し、颯爽と船倉から出て行った。

(は? いや、何の料金? アタシの乗船料? そんなわけないよね?)

 目の前で流れるように行われたやり取りに混乱が生じている。

「あ、あの!!」

 ダメだ、居ても立っても居られず、おもむろにダインへ声をかけてしまった。振り向いた彼は、無表情とも平然ともいえる読み取りづらい顔で、まるでさも当たり前と言わんばかりだ。

「これも何かの縁だ。気にしないでくれ」

 はい、これアタシの分の乗船料だ。縁と言われても、本当に出会ったばかり。偶然を縁と捉えるにしても、今自分は彼によって『生かされた』。

「いやいやいや!! せめて何かお礼させて! ……お金持ってないけど」

 食糧を買った段階で、懐は完全にすっからかんである。ちなみに、今回持ち出していたお金は、約二〇〇〇縁(べり=ベリオン)しかなく、基本の乗船料にすら足りていなかった。

 それでも、こうして生かせてもらたのなら、せめてのお礼はしたいものの、何を差し出せばいいかなんて、見当もつかない。

「その刀は?」

 ダインが指差したものは、背後に立て掛けていた“相棒”の刀だった。

 ソレダケハ、ダメ。

 脳は一瞬で担保という言葉をはじき出し、同時に体が脊髄反射の勢いで相棒を手に取ると、守るように抱え込んだ。

「こ、これはアタシのだけど……ごめん、この子は渡せない」

 そう、絶対に渡せない。弟の命を救い、アタシの道を指示してくれた、自分の半身。

「……取り上げるつもりはない。君のなら、扱えるということでいいか?」

 頭上から降り注がれた声は、出会ってから聞いた中で、最も柔らかかった。見上げれば、ダインは一瞬だけ驚いたように見開くと、すぐに平然……いや、少しだけ柔らかい緩みを持った顔をしていた。

 そして彼からの問いは、アタシの剣の腕。

「まだ、ヒトを斬ったことはない。でも、熊や猪とは殺り合った。この子は相棒なの」

 幾つもの傷を刻み、幾つもの時間を重ね、何度も体を壊して、何度も地を舐め、何度も獣たちと戦った。そんじょそこらの同年代の町娘とは、一緒にしないで欲しい。恐らく殺れと言われれば、何をと問わずに殺れるだろう。それぐらい、アタシは"自分"を殺してきたのだから。

「なら、礼は“旅の仲間”になってもらうで、どうだ?」

「なか……ま?」

 新たに降り注いだ言葉は、まさに救いの手そのものだった。

 体が震える。体が熱い。その震えも熱も、相棒が受け止め、さらなる暖かさとなって自分に返ってくる。そう感じてしまうぐらい、彼からの言葉が体と相棒を廻っている。

 今、彼が何か言っているようだけど、そんなのはどうでもいい。

 今、自分は“必要”とされようとしている。

「あと、君の剣の腕を見てみたいというのもある」

 ならば、自分が取る選択肢は、すでに決まっている。

「アタシなんかでよければ! お礼はしたいし、行く宛てなんてないし」

 この恩は、腕と、背中の傷と、相棒で返させてもらう。

「なら、決まりだな。改めてまして、俺はダイン・アンバース。ダインでいい。これからよろしく」

 そう言って、ダインははっきりとした柔らかい笑みを浮かべながら、こちらに手を差し出してきた。元々整っていた顔が無表情から笑みに変わっただけで、こんなにも破壊力が上がるものだろうか。

 別に異性に対する免疫がないというわけではない。門下生のほとんどが男であり、ある意味で男に囲まれた生活をしてきた身なのだから、普段ならこれぐらいの笑みは受け流せるはずなのだ。

 しかし全くの初対面で種族も違う、明らかに今まで自分の身近にはいなかった分類の異性というのには、免疫がなかったというべきだろう。また身近な異性とは基本的に競い合い、蹴落としあう仲であるために、このように助け合いのためや必要という意味での接触自体がなかったのだ。

 そのために、彼から向けられる笑みは、誰からも受けたことのない初めての笑みであり、初めての感覚に心が追い付かない。

 それでも必要と差し出してくれるその手を遊ばせておくわけにはいかないので、ざわめく心を抑え込みながら、彼の手を取った。

「こちらこそ。アタシはカキョウ。紅崎華梗っていうんだけど、こっちだとカキョウ・クレサキかな?」

 彼の手は、とても大きい。自分の手の約一.五倍ぐらいはあるのではと思うほど大きく、優しい握り方をしてくれる。

 彼も、どこか手の大きさの差が気になるようで、時折じわっと力が強くなったり、逆にふんわり弱くなったりと、握り方をわずかに変えながら確認しているようだ。

 しかし、握ってから体感で一分ぐらいだろうか。自分たちはまだ握手を続けている。さすがにもう長いのではないか?

「え、えっと……ダイン?」

「ん?」

「いや、その……い、いつまで握ってるんだろって」

「あ、あああ、すまない」

 彼がずっと握っていたのは、半ば無意識だったようで、指摘したら照れ臭そうに、だけど名残惜しそうに手を離した。

 その時。

 まるで地響きに似た巨大な軋む音と共に、船体が大きく傾いた。体がよろめき、このままでは周囲の荷物に体を打ちそうになった。まさにその時、まだ近くにあった大きな手が自分の手をつかみ取ると、力強く引き寄せてきた。一瞬、ダインの大きな体に受け止められたが、追い打ちをかけるように再び揺れが発生し、固定されていなかった腰ぐらいの高さの木箱が衝突してきて、二人とも無様に床に叩きつけられてしまった。弾かれたときの衝撃は思いの外激しく、相棒を手から離してしまった。

「いっつぁ……何なのよ、これ」

「まったくだ……」

 揺れは徐々に収まりつつあったが、それでも船体を動かすほどの揺れは長い余韻を残していたために、互いに肩を寄せ合いながら、周囲の荷物を警戒した。揺れがさらに収まると、先ほどの衝突によって手放してしまった相棒をつかみ取る。ダインは自身の武器があるとのことで、寄せ合っていた肩を解くと、自身が収まっていた大きな木箱の元へ移動した。

「二人とも大丈夫!?」

 ダインが彼の背丈と変わらない程の巨大な剣を発見した時、船倉の入り口からラディスが慌てて駆け込んできた。息が上がっており、腕や足、顔などに擦り傷が見える。先ほどの大きな揺れによって転倒したか、壁に打ち付けられたか。

 すると、ラディスは自分たちの無事を確認すると、急いで自分の後をついてきて欲しいと叫び、ダインと共にラディスの後を追うことになった。



――少女は、青年から『生きる』権利を貰った。

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