超短編 くまモンのススメ 絵のない絵本シリーズ

鷹香 一歩

第1話 くまモンが恋をした

1.白くまちゃんへの恋ごころ


 動物好きのくまモン、秋晴れの日曜日に大人気の北海道の旭山動物園に行きました。会いたかったのは白くま。小さい頭で泳ぎが上手。人懐っこいしぐさにくまモンはひと目ぼれしてしまいました。


野生の白くまを探しに寒い北極に向かったくまモン。すぐに、2頭の女の子を見つけました。くまモンは「あっ!」と両手で口を押え、プロポーズの作戦を思いつきます。


お風呂いっぱいに真っ白なペンキを注ぐと、体ごとザッブーン。全身、真っ黒のくまモンが、見事な白くまに変身しました。ホッキョクグマの女の子に近づいて見ていたくまモンは、ブルブルブルブル。寒さで身体が凍りそうです。お腹も減ってきました。お目当ての女の子は凍りそうな海に飛び込んだかと思うと、黒いアザラシをくわえて氷の上に戻ってきました。

「うわっ!」

くまモンにはホッキョクグマに捕まったアザラシが、自分の姿に見えました。

「ムリ、ムリ、ムリ、ムリッー!」

凍てつく寒さと怖さにくまモンは恋をあきらめ、北海道に逆戻りしました。



2.ヒグマへの恋


 北海道に戻って、世界遺産の知床半島に到着したくまモン。白いままでは怪しいので、近くの温泉でチョコレートのお風呂に入りました。湯上りに鏡を見たくまモン、

「人生初のチャ髪だぜー」

と、まんざらでもない様子。

大股で元気に歩き出したくまモン、石狩川で大きなヒグマの親子にバッタリ出くわしました。子連れの親はメスです。子どもをやさしく見守る母親の様子にまたまたひと目ぼれ。あっという間に、くまモンの目はハート形になりました。


 母親は浅瀬に入って水の中をジーッと見つめていましたが、大きくジャンプして一気に飛び込むと、バタバタと跳ねるサケをくわえては食べ、くわえては食べ。食べ終わる様子はありません。まだ狩りのできない子どものヒグマは岸辺でおなかを減らしてうらやましそう。卵を産むために自分の生まれた川に戻ってきたサケをたらふく食べた母グマは、大きめのサケを捕まえると岸で待つ子グマの前に吐き出しました。“おあづけ”を食った子グマは夢中でむさぼっています。産卵に来て逃げ回るサケと子育て真っ只中のクマ。大自然の厳しい姿です。


 告ろうと決心してヒグマの親子の家まで追いかけたくまモン。プロポーズの言葉を考えているうちに親子はスヤスヤと寝息を立て始めました。勇気を出して、くまモンがチョンチョンと肩を叩いても、ゆらゆらとからだを揺らしても親子は死んだように動きません。そう、冬眠です。告白のためには、くまモンは春まで待たなければなりません。


 とろサーモン大好きのくまモン、食べ物で困ることはありませんでしたが、一冬分のごはんを食い溜めするおなかの大きさもなければ、冬眠自体できません。

仮にがんばって冬眠を覚えても、春まで眠っていたら大好きなスケートも最近覚えたカーリングもできません。気がつくと、チョコレートを狙ってアリの大群がくまモンを取り囲んでいます。

「うーん…」

腕を組んで悩んでいたくまモン。

「ハーッ」

と残念そうにため息をつき、蟻を追い払うとフェリーに乗って北海道を後にしました。



3.花の東京でパンダにビックリ!!


 高さ634メートルの東京スカイツリーの展望台から大都会を見下ろしたくまモン。今度の目的地は上野動物園です。パンダ舎にいたのは、すっかり大きくなったシャンシャン(香香)。身体はすっかり大人ですが、ひとり立ちした今も母親のシンシン(真真)が恋しそうです。


 フェリーの中でチョコレートを洗い流したくまモンの身体は、白くまの状態。パンダ模様になるのは意外と簡単でした。

「ドボドボドボドボ」

お風呂に墨汁を注ぐと、真っ先に足をつけました。次に両手を突っ込んだ拍子に左右の耳にも墨汁が飛び、ビックリしたくまモンが目と鼻をこすったので、あっという間にくまモンパンダが出来上がりました。

突然現れたくまモンパンダに、ガラスの向こうのシャンシャンも目を白黒。ムシャムシャ食べていたササの葉を放り投げると、くまモンの方にゆっくり近づいてきました。


「これは大チャンス!」

念願の両想いに期待を膨らませたくまモン。ところが、動物園の飼育員さんが

「パンダの主食はササの葉で、朝から晩まで竹をかじっているんだよ」

と教えてくれました。どうやらパンダは他のクマとケンカしないように、誰も食べないササの葉を食べるようになったんだって。

「後ね、シャンシャンは日本生まれなんだけど、他のパンダと同様に日本が中国から借りているんだ。月に帰らなきゃいけないかぐや姫みたいに、いつかは中国に帰らなきゃいけないから、離れ離れになるんだよ」

ときつーい一言。

 肉も魚も食べない生活はガマンできないし、別れることが分かっている恋は涙が出るほど辛い。くまモンはまたしても失恋してしまったのでした。



4.レッサーパンダの恋ちゃん


3回の失恋ですっかり凹んだくまモン、トボトボと背中を丸めて故郷の熊本を目指します。しかし、最後のチャンスと心に決めて、和歌山県のアドベンチャー・ワールドに寄り道することにしました。

パンダも多い動物園ですが、くまモンのお目当てはレッサーパンダ。レッサーというのは“小さい”という意味です。レッサーパンダは全身が赤茶色で顔だけ白く、歌舞伎の役者さんの“くま取り”みたいに頬の辺りに茶色の縦線が入っています。おまけに尻尾は長く、濃い茶色と薄い茶色のストライプ。くまモンは変装が難しいので、あきらめました。墨汁もペンキもすっかり洗い流して、元のくまモンに戻りました。


 お目当てのレッサーパンダは木の上にいました。大きい肉食の動物に襲われないように生きるための知恵です。

「よく見ると人間と同じ5本指のほかに“6番目の指”ともいわれる指のようなものもあるでしょ。木の枝をつかみやすいように進化したんだよ。長い尻尾も木の上でバランスを取るのに都合がいいの」

くまモンは、飼育員のお姉さんから教えてもらいました。

「何を食べるの?」

「ササの葉や竹が中心かな。あとは小さな虫とか…。元々はネパールとか中国の山岳部で生まれ育ったからね」

お姉さんの答えに、くまモンは「やっぱりササの葉か」とまた凹みました。


 それに、レッサーパンダは絶滅危惧種っていう世界でもとっても数が少ない動物に指定されているから、くまモンが一緒に連れて帰るわけにはいきません。

「ササの葉はガマンできても、ボクは木登りは苦手だしな。ってか、ここから連れ出しただけで、捕まっちゃうのも嫌だしな」

くまモンの4度目の恋も破れました。



5.くまモンだから、やっぱり熊本が一番


 大阪から飛行機で熊本に帰ることにしたくまモン。シートベルトが大きなおなかに食い込んで少し窮屈そう。座席の窓から見える雲の下には瀬戸内海が広がっています。

「だいじょうぶですか?」

親切に声を掛けてくれたのはキャビン・アテンダントのお姉さんでした。あんまり美人だったので、さっきまで凹んでいたくまモンのハートはドキドキ、バクバク。心臓が今にも口から飛び出しそうです。くまモンは慌てて両手で口を押えました。

「いっしょに写真撮ってもいいですか?」

「まちっと待ってね」

一瞬、んっと思ったくまモン。お姉さんはほかの乗客に毛布を渡すと戻ってきました。

「もしかして熊本の方?」

「そう、私も“くまモン”よ」

「よかよか。じゃ、撮るばい」

それから熊本空港に到着するまで、くまモンは天にも昇る気分でした。飛行機に乗っていたのですからある意味、天に昇っていたのですが。


くまモンは、お姉さんのアドレスを聞いて、空港を出てもウキウキ気分。

「北海道も東京もいいけど、やっぱり熊本が一番たい!」

熊本ラーメンをすすりながら、くまモンは失恋の傷も忘れて上機嫌でした。

その後、熊本出身で美人のキャビン・アテンダントと会えたかどうかは分かりません。


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