第3話:演奏開始 -ヤルダバオト登場-

《まもなく、演奏がスタートします》


 四人がスタートラインに配置されたと同時に、ARメットにインフォメーションが流れる。


 それから数秒後、一斉にスタートしていく。リズムゲームプラスパルクールには一種のフライングと言う要素はない。


 スタートラインを離れたのと同時に楽曲のベースが流れ、最初のエリアに到達したと同時にゲームが始まるのだ。


「スタートがフライングっぽい気配に見えたが」


「それは問題ない。あくまでも楽曲の流れるのと同時にスタートするという仕組みだ」


「楽曲? ギャラリーには聞こえないが――」


「さすがに屋外フィールドで大音量の音楽が流れていたら、どう思う?」


「じゃあ、どうやって聞けば?」


「その為のこれ」


 楽曲が流れない事に疑問を持った一人の男性が別のギャラリーに尋ねる。いかにもサラリーマンと言う外見だが、右目の眼帯に似たガジェットが異色と言うべきか。


 それを疑う様な場所でないのは明らかな周囲のコスチュームを着たコスプレイヤーもいるのだが。


 そして、美少女の外見をした人物が胸ポケットから取り出したのは、イヤフォンと連動した携帯音楽プレイヤーだった。


 何故に美少女なのかは、あえてツッコミをしない。それで話がそれてしまうのを防ぐ為である。


(見た目はARガジェットにも似ている。しかし、これは一体?)


 実際には音楽プレイヤーではなくARゲームのガジェットであり、リズムゲームプラスパルクール専用のICカード替わりのガジェットである。


「このガジェットには楽曲名とアーティストが表示され、イヤフォンかヘッドフォンを連動させれば、楽曲を聞ける仕組み」


 しかし、持っているガジェットにはイヤフォンジャックが見当たらない。どういう事なのか?


 配線も存在しないので、どうやって聞くのか尋ねようとするが――次の瞬間に、何処からか楽曲が流れてきた。


 その場所とは、LEDの電灯が取り付けられている電柱からである。厳密には電柱と言うよりは特殊合金でできた太陽光パネルシステムだろうか。


 この周辺に電線は全く見当たらないので、地中に埋められている可能性が高い。それに、ARゲームエリアでは明らかに非常車両以外の車両が入ってくる気配もなかった。


「そう言えば、そうだった。これがなくても、リズムゲームプラスパルクールのメインフィールドでは流れている楽曲を聞けるのだった――」


 しばらくすると、彼の姿は消えている。目を離した隙にと言う訳ではなく、本当に消えていた。別の話題を聞こうとしていた男性も、気にはなりつつもARゲームを扱うアンテナショップへ向かう事にする。



(成程。あれがバーチャルアバターか)


 姿が消えたのには理由があった。その人物の正体は、草加市を訪れていたバーチャルアバターだったのである。


 近年は動画投稿者も無数に存在するようになり、ある人物が顔を出せないが動画投稿者の様な動画を作りたいという一心で生み出された――とSNSの百科事典にあった。


 しかし、これらには様々なカバーストーリーがあるので真相は不明と言うべきだろう。


 今やバーチャルアバターや仮想現実のノウハウを利用した動画投稿者は一万を超えるという話である。それこそ、こちらが把握できないほどの。


 美少女と思わしき人物に何かサーバーアクセスが不安定な部分が原因と思われるノイズもあったので、もしかすると――近くで不正なチートが検知された可能性も高い。


(まさか、ここまで作りかえられているとは想定外だが)


 この男性は外見こそ一般的なサラリーマンに見えるのだが、どう考えても違う職業なのは明白だ。


 それに、ARゲームフィールドでサラリーマンがいる事自体、ガーディアンからも産業スパイと疑われる要素となっている。


 しばらくして、彼は背広のポケットから一つの小型機械を取り出した。スマホ位の薄さであり、そこに何かのアプリと思われるボタンが表示されているのも気になるが――。


(これ以上、作り変えられる前に――対策を練るか)


 彼は周囲に監視カメラやドローンがない事を確認し、何かのガジェットのスイッチを押す。


 それが機能したと同時に、姿は完全に消えてしまったのである。厳密には消えたというよりは、デジタル機器の目から消えたというべきか。


 実際、通行人には彼の姿は見えており、何をしたのか分からないのが現状だろう。


(しかし、近くにバーチャルアイドルや動画投稿者のアバターがいるのは計算外だった。あのノイズで気付かれる可能性もあったからな)


 彼の正体こそ、SNS上でここ最近の危険人物と警告されていた存在でもある。SNS上では人物の名前は偽名が多く、当てにならない事が多いだろう。その中でも信用出来るソースが存在した事が、この人物の存在を明白にした。



(さっきの人物って、まさか?)


 アンテナショップへと向かう途中、先ほどの美少女バーチャルアバターは、眼帯には気付いていなかった。


 しかし、写真で見覚えのあるような顔を見て何者か、ようやく気付いたのである。その人物こそ、ある特撮番組でラスボスとして登場していた人物、ヤルダバオト。その名前を名乗る人物だった。

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